コロナ禍だから…
というわけではなく(たぶん…)
どんどん周りの人から離れている自分がいて。
以前のように
寂しくて誰かと一緒にいなきゃ…
という事もなくなっていました。
今や、SNSでいつでも誰とでもつながれて
ひとこと何かを発すれば
誰かが見つけて
レスポンスしてくれるという良さはありますが、
私は正直なところ
SNSの中の自分の人生に反応を求めたりふの
そこでつながっている人の日々を知って
反応していく事に
正直、疲れていました。
しかし、寂しいという想いがないわけではないので
そこを見ないように、感じないようにしているのを
私はセルフヒーリングをする中で
気づきました。
つらい、寂しい、様々な葛藤をなかった事に
我慢している事もなかった事に
その方が楽だと思ったから
隠して隠しまくっていたのだなーと。
でも。不思議とそれに気づいて
少しホッとしました。
そうか、これは私だけの想いではないのではないか?
💡
私と同じように寂しかった父や母もいて
その父や母も…
私の想いはDNAに引き継がれた
私の先祖の想いでもあって
それは細胞のひとつひとつに宿っていて
たくさんのメッセージに溢れている。
ひとりだけどひとりじゃない。
私も、みんなも
ぼちぼちボッチをやめてみたら
そこにはたくさんの家族の声が
賑やかに聞こえる


耳をそっと澄ましてみようと思うのです

