サラエボから、イスタンブール、サギハ空港へ戻り、そこからアテネへ入ります。
地中海の島は、いつでも素晴らしい。
アテネ空港では、空港から地下鉄でホテルを目指します。
地下鉄は、スリが多いとか、治安が悪いとか、言われるけれども、実際の所、
どうなんでしょうか?
私の拙い経験で言えば、バルセロナの地下鉄よりは、ましではないか。と思います。
しかし、車内のアナウンスでも持ち物に注意とか、しきりに警戒を促す放送はあるし、
ホテルで聞いても、スリに注意しろ、とかは言われます。
ホテルの人に良く聞いた印象、自身の経験なども加味してのポイントは、
1 スリはグループでやっている場合が多い
2 ボーッとしていたら、やられる。
3 暴力的なことはない(アテネの場合)
4 一瞬のスキにスピード勝負でくることもある。
5 誰が怪しいかは、微妙。若い人のグループ(ワイワイ騒ぐ)、旅行者を装った人、
何故か、じっと立って、一方向をみつめているおばさん。二人一組、
バルセロナでは露骨に、前を塞いだり、手を伸ばしたり、二人一組でしゃべりながら、
チャックを開けていたり、そこまでアテネでは露骨なことはなかった気がします。
ジプシーもおりますし、まあ、ヒトは信用するなーということは正しいかと思います。
 
空港で地下鉄を待っているところ
ホテルでの朝食 ホテルは、Metaxourgeioにあり、都心部と住宅地との境目にあるとのことです。オモニア広場には、歩いて10分位で行けます。 
この部屋には、小さなバルコニーがついていました。旅の最後に一人で打ち上げパーティー
をやろう。雨も上がるだろうし、イースターとはいっても、どこか店は開いているだろうし、
あとで出かけて見よう。。。
オモニア広場の方へ歩いて行くと、突然、ショップがオープンしているようになり、
広場前に、BENETHというパン屋さん、ケーキ屋さん、コーヒー屋さんが開いていました。
中は広く、シンタグマ広場で入ったケーキ屋さんより、ずっと大きな店でした。
サイドには、中二階があり、喫茶店風でした。
なかなか、美味しそうだけど、日本には、持って帰れない、なとは、思いました。
 
 
二階に上がって、アイスカフェオーレを頼みました。
その時に出て来た、ミネラルウォーターに感激しました。無料です。
 
これは、日本に買って帰りました。ビスコッティの親分みたいな商品で、結構、後を引きました。
ホテルのベランダで、おみや系です。マカロンも買ってみました。
 
この銀紙に包まれたチョコが、最も美味しかった。評判よかったと思います。
BENETHで買った、サーモンサラダ
サンドイッチも仲間入りです。
小さなバーガー2個も、酒は飲めないので、酒はありません。
ホテルから住宅地方向です。
Monastirakiまで来ると、店は開いていませんが、賑わいはありました。
シンタグマ広場までくると、何となく華やいだ雰囲気も
 
サラエボ、1914年6月28日のオーストリア皇太子暗殺事件(第一次世界大戦の一因)
1984年の旧ユーゴスラビア連邦でのサラエボオリンピック
そして。1992-1996年の激烈なユーゴ紛争。
いまでも、ボスニアヘルツエゴビナは、イスラム教徒とセルビア人との共同国家。
人口30-40万の地方都市が、何故、これほどの歴史を背負っているのか、
この地域の要衝であることは間違いないけれど、いまでもボスニアヘルツエゴビナの
首都というのは、サラエボには重すぎると思う。
山間地区の歴史的街として、静かに過ごすべきだと思う。
1914年のオーストリア皇太子暗殺の博物館
 
 
 
ボスニア 牛カバン、家内に買うよう指示され、いくつか買ってきました。
観光地区はコンパクトで回りやすい。
セビリ(飲用水)近辺
宿で貰った、市内観光案内
セビリの近くのレストランで食べたCEVAPI(牛肉をパイ生地で包んだような)
と炭酸水、あとでライスプリン
 
直ぐ裏手の山には、リフトがかかっていました。
 
モスクがいくつかあり、イスラムとキリストの混在が見られる。
たぶん、この国は(ボスニア・ヘルツェゴヴィナ)、国の主体が定まっていないから
(イスラム、キリスト)不安定に感じるのだろう。
トルコでは、イスラム教徒下でのヘレズニム遺構なのである。
 
ホテルの朝食 ボスニアコーヒーを入れてくれた。
博物館前 オーストリア皇太子夫妻写真
 
市内の飲泉場 確かに、サラエボの水はおいしい。硬度が低く、日本の名水にちかい
透き通った飲泉感覚
 
1992-1996 ユーゴ戦争博物館
 
 
大聖堂
 
 
かばんを買ったお店の人(イスラム系)
 
 
 
 
楽しかったトルコ旅行も終わりを向かえて、いよいよ、ボスニアヘルツゴビナ、
サラエボヘ向かうことになります。
イズミルを出る前日に、地下鉄の駅でイズミルカードの残量を確認したところ、
空港までは、あと10リラ必要とのことで、インプットしておきました。
いつものように、BASMANEからHILALまで乗って、HILALで乗り換えて、
メンデレス空港まで行きます。

空港で荷物も預けて、搭乗口付近で座席に座っていると、おじさん2人組が、
俺たちは、空港の中を歩いてくるので、荷物を見といてくれないか?
と言うのです。
遠い日本から来た男に、そんなこと頼むなよ、と思いながらも、どの位行くのか?
というと、30分位ということで、なんの保証もできないけど、いいか?
というと、OKで、二人はどこかへ消えていきました。
 
万一、危険物、爆発物だったら、いやなので、少し離れたところに座っていました。
だんだん、混んできたころ、30分ほどたったころ、二人は戻ってきて、お礼のサイン
は出してくれました。
 
ターキッシュエアラインの格安版、アナドルジェットで順調にイスタンブールへ
向かいます。サギハ空港では、乗り換え時間があまりなく、心配でしたが、
結構、段取り良く、国内便から国際便へ誘導してくれました。
空港内のファーストフードでは、大好きなバーガーキングがあったのですが、
W.WHOPPERが2500円位したので、あほらしくて、スターバックスで、
カフェオーレ飲んで待っていました。
 
サラエボ行の便は、ありました。満員ではなさそうでしたが、そこそこ待っていました。
サラエボの上空からの写真です。
サラエボ空港では、ATMの稼働はスムースでした。
空港から市内へは、、タクシーで40KM(兌換マルク)、帰りホテルから空港は30KM
公共交通機関あまりないので、仕方ないでしょう。
ホテルは安宿で、日本のペンションのような感じでしたが、非常に使い勝手よく、
お湯もしっかり出て、要所、要所に電灯も多くあったので、便利でした。
 
玄関は、厳重です。二重玄関になっていました。
ホテルからミリャツカ川方面、歩いて2-3分
このホテルの立地は良く、日本大使館の直ぐ傍です。
ホテルから50Mほど下ったところに、スーパーがあること確認。
狭い店内は仕方がないのかも。サラエボ市内は、土地が限られているよう。
山あいの土地に、住んでいるイメージ。
 
 
どうも、パムッカレの湯量が減ったとか、青い透き通った水がないとか、
肯定的な話ばかりではないようです。
自分で確かめたい部分もあり、1泊2日でイズミルからデニズリ経由パムッカレ
ヘ行きました。
まず、BASMANEの代理店で、オトガル発デニズリ行のバスを予約します。
朝10:30のバスがあるとのことで、だいぶ時間があるものの、それに決めました。

BASMANE近くのカフェで暇つぶしをします。やがて、BASMANEからオトガルまでの
サービスバスが到着、乗り込んでオトガルヘ。
イズミルーデニズリのバスは、120リラ。しかもティーとお菓子のサービスまであり、
びっくりしました。所要時間は、正確に言うと、3時間30分。
乗り込んでから、出るまでの準備なども考慮すると4時間でしょうか。
このバスで、途中停車したのは、Aydin(アイドゥン)、Najilli(ナジリ)でした。
イズミルーアイドゥンは高速道路で信号もなく快適でした。
トイレ休憩は、特にアナウンスなく、(トルコ語故解らない?)
運転手のおじさんにトイレ行く旨伝えて、5分位で、大急ぎで戻ってきます。
出発前には、必ず助手の方が、人数確認をしていました。
バスは快適で、間違いなく飛行機より快適です。1列3席で、日本よりしっかりしています。
デニズリに到着です。パムッカレ行のドルムシュを聞いて探します。
デニズリーパムッカレ14リラでした。
パムッカレの中心部あたりで下車します。
早速、パラグライダーと気球の売り込みに遭遇します。
なんぼ、言われても、高度恐怖症、体重超過のわたしが、乗るわけないやろう!
まだ、死にたくないし、気球は高度800-900M位?
ええかげんにせえ!
という感じで、失礼しました。
ホテルは、価格の割には、しっかりしていました。
到着した、その日にパムッカレ観光を終えたく、南門までタクシーで行って、(80リラ)
そこから下る感じで、降りていきました。
ヒエラポリスは、ペルガモン遺跡などの系統なので、私は、今回は流しました。
しかし、壮大で、距離あります。
 
丁度、パムッカレを下るころには、天候が悪化、暴風雨の中を下るような
感じになり、難儀しました。観光客の皆さんは、登りが殆どで、天候悪化の頃には、
登り切っていた方が多かったです。
私は、逆に天候悪化の頃、下りの真っ最中で、足が滑らないように気を使いました。
 
 
 
 
 
 
 
 
晴れて、天候が落ち着いていれば、また雰囲気も違っていたでしょう。
 
 
 
村まで降りて、近くのレストランヘ飛びこみました。
飲めないビールを飲んで、焼き鳥食べて、350リラ。
緊急避難で入った店なので、納得はしています。
 
翌朝のホテル、朝食会場です。
紙切れ1枚ですが、非常に解りやすいホテル情報でした。
 
帰りのデニズリ オトガル
帰りのバス デニズリーイズミル 130リラ やはり1列3席
途中は、オリーブとオレンジの木がよく、目につきました。
 
 
私は、エフィソスの下の写真に憧れて、目的地の一つに選んだのでした。
現物も、世界中の観光客が集まる理由が解るほど、素晴らしいものでした!
但し、観光客の数も半端ないです。

イズミルから、電車でセルチュクヘ行って、そこからドルムシュ(ミニバス)に乗って、
エフィソスへ入るというコンセプトのもと、BASMANEの駅から出発します。
トルコ国鉄の駅でセルチュク行の電車を聞くと、まだ2時間くらい余裕があるので、
地下鉄でHilalへ出て、そこからイズバン(郊外電車)に乗り換えて、セルチュクヘ行く
というアイデアでした。
順調に進んだのですが、セルチュクから4-5駅手前のテペキョイ(Tepekoy)で運転終了
となりました。他にも多数の乗客がいたので、皆で、係員に聞くと、1時間20分後
にセルチュク行の電車はくる。ということでした。
改札口で聞いても、タクシーは電話で呼ばなければならないし、高い。バスはない。。。
しかたなく、テペキョイで待ちました。
ようやく、1時間20分後に電車は来て、無事セルチュクに入りました。
イスタンブールカードと同じく、イズミルカードも使いやすく便利だと思いました。
セルチュクに到着後、すぐに帰りのスケジュールを撮影しておきました。
エフィソスの犬はひまそうにしています。
いきなり、立派な構造物も現れます。
観光客は多いです。犬もヤル気がないので安心です。
 
 
 
 
 
 
 
 
壮大な円形劇場
ネコも登場
やはり犬君も。マークつけています。
帰りのドルムシュ内。14リラ エフィソスーセルチュク