モロッコ マラケシュ リヤドの画家

3月下旬に前立腺肥大の手術を受けるのだけれども、それまでは普通に過ごしてよい

との話だったので、2月下旬には釣りに行こうと計画しています。

また、手術後1ヵ月はおとなしくしている必要があるようですが、それ以降は活動をぼちぼち再開できるようです。(最も手術後にならないと解らない部分もありますが)

そんな訳で、2022年の活動計画を立てて見ました。

カイロのラクダ 高い、安い、、、?

もういい年になって、そんなに活動的に攻めなくとも。。。という感じもするのですが、やはり

昭和生まれ、東京オリンピックも大阪万博(1970年)も経験した身としては、がんばってしまうのです。

いまのコロナ時代も、昭和の学生運動が盛んな頃だったら、全学連あたりが学園ストでもやるのではないかと思います。

私が大学生の頃も、学園紛争の名残で、教壇を占拠して演説を噛ます輩も少しはいたような。

ジョージア トビリシ 中心部から砦方面

〇ダイエット 昨年後から実施しているダイエット記。今年も継続しています。糖質とカロリーを毎食詳細記帳しています。

〇トレーニング 週に3回程度水泳(平泳ぎ500M)とアイソメトリックス継続です

〇スキー 年に1回はスキーに行くつもりです。既に札幌へ1月行ってきました。

〇サイクリング 今年は後半、2.3泊で電動ママチャリサイクリングをやってみたいと思っています。3日で200Km位ー温泉巡りかねて

〇釣り カセ、船、防波堤、投げ、ルアー釣り、広く挑戦です。

〇投資 401Kの投資、国内外株式投資

〇アルバイト 継続して少し

〇海外旅行 制限亡くなり次第、まずは近場?から

〇国内旅行 温泉めぐり主体に何回か

〇本 入院中を狙って単行本数冊

〇フランス語 去年は、フランス語、スペイン語ダブル狙い失敗、今年はフランス語メイン

〇英語 忘れないように、yahooのUSA,UK版、Travel,you-tubeも

ポイントとしては、少し新しい取り組みにもチャレンジしたいと思っています。

サントリーニの朝焼け

南紀 恋人岬

10年以上、投薬で前立腺肥大を抑えてきたのですが、いよいよ手術を受けてすっきりすることにしました。

最近は日進月歩で、今回はホルミウムレーザーによるHolepという手術を受けます。

手術は全身麻酔で受ける予定で、手術後1週間で退院できるとのことでした。

最も退院後、1ヵ月程度は回復に充てる期間として準備しています。

また、入院までは通常通りで結構ですーともいわれました。

そう考えると、2月中にできれば1回釣りに行って、あわよくば、3月にも1回釣りにいけたりして。。。。。。

手術後の4月はおとなしくしているしかない。

紀州路みなべのメニュー

5月のゴールデンウィーク明けから釣りに復帰して、そのころになればコロナも落ち着いているかも。

何となく、捕らぬ狸の皮算用的で、大丈夫かなと思ったりしますが、楽観的に考えるしかないと思います。

あと10年位はこのままでも行けるような気もするのですが、その頃に手術とか、バタバタするのは嫌なので、

いま手術して20年間くらいは、安定して過ごしたいーというのが気持ちです。

実際、入院するのは初めてで、手術も日帰り手術以外は受けたことがありません。

娘が2-3年前に骨折して、全身麻酔で手術受けたことがあるので、その時の注意点を良く聞きました。

スマホの使用可否、飲料を飲むときの曲がるストローなどポイントを教えてもらいました。

2月の釣りはどこへ行くか?

検討中ですが、自身の整理の為に列挙してみると、

アミエビ 撒きえ

①中紀の寒鯖釣り

中紀の乗合で良く釣っている船があります。非常に興味を惹かれるのですが、難点は、どうしても職漁的になり、

必死になって、サバを釣りまくっている姿がイヤだなーとも思います。

②永遠の串本カセ釣り

2回ほど貧漁で終わっているのでチャレンジしたいのですが、2月は少し季節外れ。それにしても、

自由気ままに釣り糸を垂れるのは最高の贅沢です。

③メバル釣り

季節的には最高ですが、釣果が2-3尾ではさみしすぎる。30-40年前は、鳥羽のメバル船が盛んで、クーラー一杯

釣れたことも。今は全然ダメ。寒中の防波堤で夜釣りをする根性はないし、夢で終わるか。

④温泉メインの釣りは付けたし

これが本命かも、温泉メインで選んで、次の日は軽く釣りをして帰ってくる

⑤中紀共栄丸のタイ釣り

ぼちぼち、タイ釣りの釣果は出ているようなので、のんびりタイ釣りもよいかも

まだもう少し、時間がありますのでよく考えます。

フィンランド ヘルシンキ夜

 

 

 

 

 

 

モロッコ マラケシュ カフェ

先日、電車内でタバコを吸っている輩に高校生が注意して、逆に殴られたり、踏まれたり、暴行を受けたニュースがありました。

周りの乗客は彼を助けず、大変可哀そうな状況になってしまったようですが、ブログでしか書けないような考え方もあります。

私は、武道の有段者ではありますが、ケンカをしたことは殆どありません。

しかし、イザとなったらどうするのか、誰もが考えておかなければなりません。

ケンカの流儀というか、キモの部分を二人の達人の言葉に沿って解説してみたいと思います。

(あくまでも銃器が殆ど流通していない日本の場合です)

淀川

①武道の達人

柔道、空手、合気道、少林寺拳法、ボクシング、プロレス、ブラジル柔術、他、どんな武道、スポーツであれ、達人には達人の

戦うスタイルがあります。達人域の人に対しては、戦っても無駄でしょう。ある柔道の達人は、服を着ている状況であれば、誰が

相手でも絶対に勝つーと豪語しておられました。打撃系の相手に対しても一発入れさせてから捕まえるーと言っていました。

達人が相手の場合は勝負しないことが鉄則です。

②ケンカの達人、ヤクザ

相手が達人でも、強豪でも、ヤクザの場合には勝つことが絶対条件です。人生の中で修羅場を潜ってきたヤクザが教えてくれた

鉄則は、何でもいいから、周りにある物を手に取れ!ということです。

椅子、石、カバン、ゴミ箱、靴、、、何でもいいから手に取れという鉄則です。なかなか一般人は、勝手にそこらの物を取っては

いけないという先入観があるので難しいですが、身近なものを利用することは重要です。

高校生の場合はどうだったのでしょうか?

チュニジア フランス門

ケンカの鉄則の一番は、勝つ相手と喧嘩することでしょう。学校で正義感のようなものを教えられますが、実践するにも

相手を見極めること肝心です。自分が勝てそうな相手に勝負を挑むのは正攻法です。

それと、自分では手に負えないと悟った時は、大声で「助けて」、「help」ということです。

その一言で、迷っていた人が加勢してくれるかもわかりません。

それと。もし注意するのだったら、事前に準備してほしかったとは思います。

ベルトを外して、手にもつーとか。。。

最近、無差別殺人、攻撃とかよくありますが、誰もが事前に少しイメージトレーニングをしておくべきではあるでしょう。

私は、山奥の渓流で野犬3匹と対峙した経験があります。

釣り用のナイフを出す時間がなくて、棒きれを拾って、足を振り上げて、一匹づつ、退却させたことがありました。

やはり、ヤクザが言ってくれた、何でも持って、武器にするのが一つの方法でしょう。

皆さんも、時々、いろんな状況で、イメージトレーニングしてください。

勿論、逃げるが勝ちで、早逃げも方法です。

クロアチア ドブロブニク

 

 

 

 

 

 

ドブロブニク 古地図

 

私は第二次先大戦に参加した世代ではない。その世代の子供です。

父が海軍予科練航空隊に志願して、操縦できる飛行機がなくなり、特殊潜航艇に乗り組み、

そして父は生き残って、私は生まれた。

たった3-4年の予科練時代なのに、父は一生、その話ばかりした。戦友ともずっと交流していた。

その父も2年前に亡くなった。

私は世界各地を回って、第二次世界大戦の歴史、遺跡、逸話もたくさん聞きました。

また自分でも結構、歴史を理解しようと文章も読みました。

日本から見た東欧ではなく、直に味わった東欧の香りから、今回のウクライナ危機を考えてみようと

思っています。

日本は第二次世界大戦で多くの死者を出しましたが、それ以上に莫大な死者を出したのが、ロシア、東欧です。

死者が多い少ないで戦争を評価することは間違っていますが、ソ連(ロシア)3000万人、ポーランド600万人

ドイツ900万人、バルト3国60万人、ハンガリー60万人、ルーマニア80万人、ユーゴスラビア100万人、チェコ30万人

などの莫大な死者を出しています。

ドブロブニク 大砲

更に1991年から2000年にかけては、ユーゴスラビア紛争がありました。実際にNATO軍がセルビアなどを空爆し、

大規模な虐殺事件も起こっています。

歴史を整理すると、今回のウクライナ危機も十分発生する可能性あることが解ります。

第二次世界大戦で甚大な損害を受けたソ連が、1990年頃からの共産主義崩壊で失った東欧諸国、ソ連邦内諸国

を取り戻そうとするのは自然な流れです。

また、東欧諸国にすれば、やっと獲得した経済的自由、EU、NATOに加盟しているメリットを失いたくはないでしょう。

30年ほど前に、ハンガリーで農民が、リンゴが収穫できる頃になるとロシア人が来て、全部持って行ってしまうーと

嘆いているのを聞きましたが、ロシアに対する恐怖は普通ではありません。

ポーランドにしても最近は落ち着いていますが、西からドイツ、東からソ連に圧力をかけられて、出てくるのは、ボヤキです。

エストニア タリン

東欧諸国はウクライナを対ソ防波堤にしたいのですが、自らはウクライナを支える力はありません。

イギリス、フランスにしても間接的な援助は試みますが、自ら先頭に立ってウクライナ防衛に参加することはないでしょう。

アメリカに至っては、協力するポーズを出すのが精一杯です。

結局、ドニエプル川より東を東ウクライナ、西を西ウクライナとして分割されるのが最も可能性が高い将来でしょう。

ウクライナが戦っても圧倒されるだけで、死者を出すだけ無意味のように思えますが、歴史においては戦争確率が高い

のだろうと思います。

チュニジア フランス門

 

 

いよいよ、札幌最終日。

大阪へ戻る日ですが、フライトは夕方18:00.

時間は十分あるので、千歳空港へ向かいながら温泉を楽しむ方向性で活動開始です。

ところが、大雪で、札幌から北広島までの快速が遅れています。

 

ようやく乗車したものの、今度は途中の駅で扉が閉まらないとか、、、

またまた、大雪障害を体験できました。

ようやく北広島の駅へ到着。クラッセホテルまでの連絡バスの乗り場を探しますが、

あたりは、手稲駅よりも壮絶なホワイトアウト状態。

駅前なのにこの雪、難易度高いです。

どうしようと家内と途方にくれかけていましたが、何とかバス乗り場を発見、あとから

年配の女性の方も来られて一安心です。

それにしても雪が厳しく、ホワイトアウトのような状態は厳しかったです。

ようやくバスが到着し、救われた気持ちでした。

 

20-30分でクラッセホテルに到着。クラッセホテルには、スポーツクラブも併設されており、

先ほどの年配の方も、スポーツクラブへ来られていたようです。

クラッセホテルロビー

我々は、温泉へ入りました。

ここの温泉も素晴らしく、モール温泉系の湯は格別でした。

露天風呂、低温、高温温泉、スチームサウナもよかったです。

ゆっくりした後は、北広島の駅前のスーパーでお土産を少し買って、18:00初のピーチで大阪に

帰るはずでした。。。

 

しかし、大雪の影響で、機内に乗りこんだのが19:15

機内でずっと、ずっと、ずっと待たされて、新千歳を離陸したのは22:00近く。

2時間半も、狭い機内に閉じ込められたのは辛かった。けれど、5000円の格安航空券だから、

仕方ないか。。。

関空到着は深夜の零時半。

電車もなく、ロビー内野宿もいやなので、エアロプラザのキャビンに泊まりました。

カプセルホテルの進化版でしょうか。

ホテル代は1時間=900円のお勘定。我々は始発まで4時間ほど仮眠。

楽しい北海道旅行ではありました。