チュニジア チュニス 

本日午前中に退院することができました。

入院したのが22日、手術したのが23日ですから、結果的に5日で退院できたことになります。

こんな時代ですから、ネットでいろんな情報集めて知識は持って入院に臨んだのですが、

相違点、共感、別の観点からの分析など、やってみたいと思います。

目的は、少しでもいろいろな情報を前立腺肥大の方に知ってほしいーそれだけです。

 

1私の前立腺手術前概要

大きさは100ml、通常は20mlですから、病院でも大きかったと言われました。10年以上前にPSA検査で前立腺肥大と言われ、その後アボルブ、ハルナールなど前立腺縮小させる薬、尿を出しやすくする薬を飲んできました。

しかし最近、調子がよくなく、PSA検査でも6.7が出たので、手術に踏み切りました。

 

2病院の選び方

これはネット等で情報は一杯あるので、個人の判断にはなります。日帰り手術の医院もあるのですが、私は大手病院、手術実績の高い所を選びました。

 

モロッコ マラケシュ

3手術方法

各種手術方法が比較されています。TURPという手術を行っていた先生は、その手術方法をベースに語りますが、現在では、HOLEP、CVPなどの新しい、負担の少ない手術法があるようです。

また初期前立腺ガンに対しては、前立腺全摘という方法もあるようです。

前立腺全摘をされた有名俳優さんが10年後死亡した報道もあり、予後があまりよくない情報もありましたので、私的には、全摘手術はないなと思っていました。

 

4医師の判断

手術前の診察を受け、手術決定した、その時にHOLEP手術をしますーと先生に言われました。CVP(蒸散法)が多く行われていた病院なので、CVPかと思いきや、HOLEPでした。

そして同時に生検もしますと言われました。理由は、前立腺が大きい事、ガンの可能性があるとしたら、前立腺内側かと思われるーということでした。

 

5入院日

私の人生では、初めての入院です。日帰り手術は受けたことはありますが。思ったより、自由に行動できて、これは楽勝かと勝手に考えていました。

但し、周りの患者さんが結構、重症の方とか、いろんな方がおられたので、気は引き締まりました。

 

6手術日

当日は絶食と枕頭にも書かれていました。手術室は大きく、二つの部屋があったような、というのも、左手静脈に針を刺されて、麻酔?が入ってから記憶はないのです。

全身麻酔ですから当然なのでしょう。

次に気がついたのは、手術が終わって、移動するときです。ここに奥さんおるよ、と言われたのは記憶していますが、覚醒したのは、自分の部屋に戻ってからです。

 

7手術後の苦闘

これは多分に精神的要素があります。痛みは鎮痛剤も打ってないのに殆どありません。

痛いから苦しいのではありません。

私は術後24時間、管に繋がれて、検査シールもつけられて自由が効きませんでした。

自由人として生きて来た人間には、たまらなく辛い時間でした。

他の人に言わせれば、そんなん、全然楽やんか。。。

手術翌日には、尿道以外の点滴、検査菅もはずされ、館内も多少徘徊

だきるようになりました。

 

8尿導菅も外される

手術後、2日目朝に、先生がカテーテルを引き抜いてくれました。一瞬です。

しかし、この瞬間から、お通じと小便に悩まされました。

まず、3回検尿コップを出してください。最初の2回は残尿検査します。

最初のコップの色はボルドーワイン赤のような濃い赤色でした。

2回目、3回目になるとロゼのような薄い赤色になりました。

その後も水系を大量に飲み、何回もおしっこを出しました。

 

9医師、看護士さんのレベルが高い

やはり大手病院で、スタッフの教育レベルが高いと思いました。

毎回、シフト交代の時は挨拶に来られますし、患者さんの要望を聞く姿勢に

徹しているのには驚きました。

 

10自由切符を手に入れた感じ

ようやく課題克服して、自由人として釣り、旅、エクメネ探求に戻れます。

父は92歳でなくなりましたが、健康寿命的には80歳くらいでしょうか。

私の目標としては、92歳まで健康寿命を維持して楽しみたいです。

モロッコ マラケシュ ジャフエルフナ広場

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紀州路みなべには、もう何十年お世話になっているのだろうか?

ふと昔を振り返ると、阪和高速もなかった頃からの思い出がある。

当時は、和歌山まででも2時間、御坊迄また2時間、南部まで来るのに

最低でも4時間以上はかかった時代。

今は、阪和高速を使えば、1時間半で到着する時代。

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みなべ湾を望む

当時も国民宿舎みなべとして有名で、よくお世話になりました。

釣った魚を料理してもらったり、随分、気ままなことをお願いしていました。亡くなった

父がみなべ温泉の泉質を気に入り、白浜よりも良いーとの話をよくしていました。

今も景色は素晴らしく、温泉も変わらず、そして料理はますます磨きがかかっています。

今回はじゃらんで、1泊朝食付5500円で利用しました。

感激したのは、朝食の素晴らしさ。

恐らく朝食代としては、いくらも払えていないのに、メニューは地魚中心に素晴らしいものでした。

 

しかも料理長のおしながきまで添えられています。

結構いまでも予約をとるのが厳しい時もあるので、あまり利用者が増えるのも、私にとっては困りものですが、ホテルにとっては必然ではあります。

 

サントリーニ島 ギリシャ

串本のカセ釣りをした日からロシアのウクライナ侵攻が始まって、既に10日以上過ぎて、冷戦時代を思わせる事態に世界中が混乱しています。

2022年後半からは、コロナも収まって海外探究へ行けると思っていた自分には、ショックでは

あります。

しかしながら、物心ついた頃から戦争は常に存在しており、その意味では特に驚く必要はないかもしれません。

ジャマエルフナ広場 マラケシュ モロッコ

ベトナム戦争の暗い思い出。アメリカ軍の枯葉剤使用や、ベトコンの躍進、南ベトナム政権の腐敗と滅亡、サイゴン陥落。。。

ソ連邦の崩壊、ベルリンの壁崩壊、東ドイツを組み込んだドイツ統一、

10年に及ぶユーゴスラビア紛争ーNATOの空爆

21世紀に入ってからでも、9.11テロ、アフガニスタン侵攻、イラク戦争など戦火が休まる気配もありませんでした。

そして、ロシアによるクリミア半島侵攻、ウクライナ侵攻。。。

人類の歴史は、まさに戦争の歴史でもあります。

それでも立派に人類が生存してきたことは驚異でもあります。

これからも戦乱の合間を縫って、エクメネ(人類居住地)探訪を続けるしかないのです。

私が今までに見聞した中で印象が強い事を書いて見たいと思います。

1 サイゴン(現ホーチミンシティ)の栄光

1980年代初頭、まだベトナムが北ベトナムによる再統一を経て、経済復興が途上の時、

ある日本人の方が、

「サイゴンは1960年代は素晴らしい街だった。繊維工業も盛んで印象的だった」

北ベトナムに支配されて、何ともならないサイゴンは暗いイメージでしたが、30年後は、また躍動しています。

2 東ベルリンの銃痕跡

ベルリンの壁が崩壊した直後に東ベルリンヘ行きましたが、その時、目にしたのは、建物に残る銃痕でした。第二次大戦後、何十年も放置された銃痕は、ソ連の恨みか、ソ連勝利の目印か、強烈な思い出です。ドイツが統一されて、東ドイツの記憶も薄らいでいく中で、今も残っているのでしょうか。

ドブロブニク

3 ドブロブニク(クロアチア)のユーゴ紛争遺跡

ドブロブニクは中世の遺跡と風光明媚な場所と、観光に出かけたのですが、一番目にしたのは、クロアチア紛争の情報でした。こんなに美しいところで何故? しかし現実に戦争は起こったのです。民族浄化という激しい言葉の下、ユーゴスラビア諸国では10年もの戦乱が続きました。

そしてウクライナです。キエフへこれから行こうかなとも考えていましたが、しばらくは無理です。楽観的に考えれば、20年もすればキエフ、ウクライナも元通り以上に繁栄しているのだろうと思いますが、なぜか、破壊、再生という過程を通っていくのです。

日本では、第二次世界大戦後直接的戦争は起こっていませんが、いつでも戦乱に巻き込まれる可能性はあります。しかし、一般庶民としては、世界情勢が許す限り楽観的にエクメネの旅を続けていきたい思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

串本 浦見湾 出雲崎を見る

2月23日の夜に大阪を出発して、250KM串本へ向かいます。

最近、印南あたりまで4車線に拡大されたので、運転も印南までは快適でした。

その後は高速道路とは言え、対面通行なので多少気を使いながら走行しました。

すさみ南で降りてから、串本迄は30-40分くらいでしょうか。

私は、2年前、紀伊有田あたりで鹿にぶつかったことがあるので、要注意で運転しました。

朝5時集合、5時20分出船とのことで、イワシ15kg、オキアミ2枚、アミエビ1/2

のえさも準備万端、浦見湾のブリ・メジロポイントにつけてもらいます。

串本 浦見湾 串本湾内方向を見る

ところが全くのアタリもなく時間が過ぎるばかりで、これは過去最悪のパターン。

1回だけ、エサを触りにきたような気はしますが、全くダメです。

どうつき仕掛け、カワハギ仕掛けも展開しますが、全く気配がありません。

10時を過ぎてもアタリも、何もなく、今日は腹を決めて、丸坊主で撤退することにしました。

谷口船長に迎えを11時に頼んで、撤収です。

親船に小船係留して戻るところ

親船に乗り換えて、谷口船長と話していると、船長も今日はアタリ少なく、1尾釣っただけとのことです。

よかったら、あげるよ。とのお言葉に甘えて、ブリ1尾頂きました。

 

船長のマル秘仕掛けは、天秤ズボ、撒きえはイワシミンチ、ハリスハ5.4M、太さは気にしない

とのことでした。

私は、完全フカセの8号、イワシ撒き、イワシ1尾掛けの釣りでした。

手術を前に最後の釣りでしたので、坊主で終わるのか?という不安が、1尾頂いてラッキーに変化しました。

釣りの後は、南部まで戻って、南部温泉で宿泊です。

 

 

串本 出雲崎を望む

2/23日夜辺りから、いつものように串本浦見湾かせ釣り決定です。

さっき電話したら、船長から、今週は風が強いので、また電話ほしいとのことでしたが、24日には大丈夫だろうと考えています。

谷口渡船

【公式】和歌山 串本出雲崎の釣り船、磯渡し「谷口渡船」 (taniguchitosen.com)

今回は、浦見湾のど真ん中で、イワシを使ったふかせ釣りで青物狙いです。

23日は祝日で出られる釣り人も多いだろうから、その翌日はマキエも効いていいのでは。。。

という組み立てです。

持ちろん、オキアミも頼んであるので、青物の後は、マダイ狙いです。

丸坊主で、一日竿先を眺めているかもしれませんが、勝負です。

串本 浦見湾での釣り

釣りの後は、南部温泉でゆっくり宿泊です。

紀州路みなべ~とろとろ温泉&海景色に和むアットホームな宿~ - 宿泊予約は【じゃらんnet】 (jalan.net)

私にとっては、ゴールデンコースですが、今回は手術前の釣行でもあり、がんばっていきたいと思っています。

最終日は、サンピン中津

道の駅 SanPin中津 | 楽しさいっぱい日高川 (hidakagawa.net)

立ち寄って、フルーツ、野菜を仕込む予定です。

いつまで経っても秘境感溢れる和歌山県南部は最高です。

今は、高速道路ですさみ南までいけるので、そこから串本までは30-40分で到着です。

しかし、大阪ー串本は厳然として250KMあります。

高速道路もトンネルの連続で睡魔との戦いです。遠い昔、断崖絶壁の国道42号線を走っていたころよりは、格段に改善されています。

21世紀までこの自然は残っているかなーと思っていた1980年代、結果としては、日本は人口減少もあり、立派に自然は残っています。

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