ココロの病気とつきあう(新米ママ) -22ページ目

ココロの病気とつきあう(新米ママ)

2012/03出産
メンタル疾患あり、毒親育ち

最近、過呼吸がありません。

ありがたいことですが、気持ちが落ち込んで

マイナス思考になりやすい時期のようです。


泣いたり叫んだりと激しくは無いのですが

一日頭が重く、外に出る気分にもなれず、しゃべるのも疲れ

寝る前になると過去の嫌だったことを色々思い出してしまいます。


気持ちがLOWな時に思い出す常連の人が居ます。

ストレス解消にその人の話を。


人にもよりますが、

私は「人生楽しくてしょうがないの!」というのを

前面に出している人がムカつきます。

ある意味憧れで嫉妬なのでしょうが。。。


過去絶縁した友達で妙に癇に障る人が居ました。

彼女はmixiで日記を書いていましたが

内容は世界平和が多かった。


「資本主義が許せない!私は戦う!ガンジーのように

ボロボロの服を着てでも!叫べ!平和を!」


とか書いていましたが、


彼女はいつも流行の最先端の服を身に纏い

学生時代「同じ服を着ているのを見たことが無い」と

ウワサされていました。

靴箱から溢れる最新のパンプス、限定もののスニーカー。


親のマイルで年に何度もパリへ旅行。

昼からワインで乾杯、夕暮れまで優雅な時間を過ごし

早めに解散するのがトレンドで、

「仕事ばっかりのサラリーマン生活なんて、ノンノン!」


「体に悪いうえ搾取を生むファーストフードは買わない」


しかも出会った中でもダントツの遅刻魔。

ハチ公前で2時間以上待たされたり、

彼女の誘いで行くことになった深夜0時始まりのイベント、

終電終わってから「電車賃が無くて行けない」。


バイトはサボり辞め。

「母親が死んで行けませんでしたって電話してくれない?」



私は思います。

口だけの世界平和を語るよりも

まずは人として間違ったことをしない努力、

今自分の周りにいる人を不快にさせない努力をすべきだと。


そこまで言うなら服・靴控えて募金しろよ。

マクドナルドで安く食事して募金しろよ!

昼から遊んでないで働いて募金しろよ!!

電車賃もないのに世界救えるのかよ!!!

青年海外協力隊で現地で直接役に立てよアホ!!!!!!!!!


思い出すと本当に派手に頭にくる人ですが

面白い人だったことは確かです。


ちょっと元気でてきた。




今夜は眠れそうな夜です。


過去の話をします。


私は結婚をしていますが、主人と交際中4年半の間

短い期間一度別れてしまいました。

振られてしまいました。


私は友達の輪を広げるのが好きでした。

主人の友達と自分の友達を交えて食事をすることも

よくあったのですが、

これが後々ストレスの原因に。


閉じmixyで日記を書いていた私はよく主人とのデートのことを

書きましたが、主人のお友達が気に入らなかった様子。

仲良く写った写真が気持ち悪いとか、よくわからない言いがかりをつけられて

嫌われてしまったのです。

そのお友達と、私とちょいと揉めていた私の友人がmixyで連絡を取り合い、

よく私の悪口や暴露話をしていたそうです。


それが分かり、嫌になってmixyは辞めました。

以後やろうとも思いません。

知り合いが繋がっているだけに、かっこいいことやおもしろいことを

日記に書いて媚びてしまうし、自分のアピールに必死になっている

自分も気色悪かったので。


ちょっとしたきっけかけで知ってしまい、

私は主人と揉めてしまい、そのお友達を非難したところ

主人がそいつを殴ったためにお友達との関係が切れ、

私も別れを告げられた経緯です。


その為、私は一人暮らしを始めました。

別れのショックが強く、不安やパニックが吹っ飛び単純に泣いていました。

一人で生活ができる強さが欲しくて、両親に頼み込んでお金を出してもらい

一人暮らしスタート。


初めて、「自分の家」での夜、

私はキュウリのスライスしか食べられませんでした。

酒飲んでとにかく寝ました。


新しい職場で仕事をしていました。

仕事は忙しく、覚えることが多く逆に心が穏やかでした。


初めての土日、ちょんまげ前髪のジャージ姿で

近くの酒屋に酒を買いに行って、店を出たら綺麗な夕焼けでした。

そのとき、「寂しい」と思いました。

今までのいつよりも、「寂しい」は自分が今まで経験してきたものより

ずっとずっと静かでシンプルでした。


その晩、動悸がありました。

両親に電話をしようとしましたが辞めました。

TVも消しました。

消えたTVに映った自分を見ていました。

狂いそうに寂しくて、世界の誰より一人ぼっちだと感じましたが

それが「今の自分」だと思い

とことん向き合い、自分と長い対話をしました。

私は泣かずに眠りました。


そして、ある日彼から夜中のメールがあり、

私達は会いました。

一生一緒に居たい、それができる2人になろうと誓いました。


それからしばらく、お互いの友達、共通の友人を交えて会うことを辞めて

何年か後に結婚しました。


私が辛くなるとき、寂しい、死にたくなるとき

思い出すのは「1人」になった経験です。


あの「寂しい」が今私がそれでもまだ生きていたい理由です。



眠れない夜。


今夜はイライラ不安定で寝付けません。


眠れない夜の対処その2の日です。

-------------------

2、起きていられないほど飲酒する

※良くない方法ですが、不安なときはたまにやってました。

-------------------


そうでなきゃ寝られない日もある。

自分の思うとおりに行かない日もありますよね。

私はそのたび荒れてしまいます。


小さいころから癇癪持ちでした。

私はヒステリーです。

我慢する、とか我慢できない、じゃなくて

「耐えがたい」と思うと、

すぐさま発狂してしまいます。


今は発狂していませんが、とにかく嫌な気分です。

分かってほしいことほど口にするのが辛いです。

それが伝わらないと窒息しそうです。

口に出した途端何故か嘘になりそうです。


自分が無価値に思えるときがあります。


学生の時、周りにある薬を一気飲みして死にかけました。

初めての恋の頃、相手の離れていく気持ちが怖くて

相手のマンションのゴミ置き場で。

両親が見つけ出してくれました。

胃洗浄とカウンセリングを受けたけど記憶がありません。


マイナス感情の爆発が抑えきれません。

気持ちの立て直し方が分からない。


寝るしか方法が無いときに眠れないことが怖いです。

そんな時は飲酒しか方法が思いつかないのが怖いです。

悪夢をよく見ますか?

私はよく見ます。


私の夢はカラーで、起きてからも夢の内容を

詳しく覚えていることが多いです。

悪夢を見てしまうかも、という恐怖感で

眠りが怖くなることがあります。


今まで見た夢でとくに気味の悪かったものの

いくつかを書きます。


--------------------------

1、自分が死んでいる夢


気が付くと夜の公園の滑り台に座っていました。

顔は見えませんが、見知らぬ男の子(10歳くらい)と

一緒に居ます。


彼が指さす方向にふすまがあり、私はそれを開けました。

何故か自宅のリビングに出ました。静かで明るいですが真夜中の空気。

リビングのピアノの下に開いた棺があり、両親がそこに伏して泣いているのです。


角度的に顔が見えませんが私はそれを「私の遺体だ」と察し、

何故か強く「顔を見なければ」と思う。


ゆっくりと近づいていくと、アルコールの匂いを感じました。

祖母の葬式の納棺前、アルコールで湿らせたガーゼで遺体を拭きましたが

それと同じ匂いなのです。


私は恐ろしくなって夜の公園へ逃げ帰りました。


2、死体の塊


夢に不思議なものが出てきました。


すごい勢いで周りの人間を引きつける球型の何かで

刃物がついています。


次々に引き寄せられた人たちは体を切り刻まれ、

バラバラになり球にくっついたまま回っています。


その球に引き寄せられないように必死に壁につかまっている夢です。


3、身内が死ぬ夢


怖いというか悲しい夢です。私は身内が死ぬ夢をよく見ます。

特に登場するのは母です。(母さんごめん)


死後の夢が多いです。

私は現実感のない悲しみに中に居ます。

自分の友達や、母の知人に知らせなければ、と思います。

そして毎回思うのです。

今まで何度も夢で見たけれど、ついに現実になってしまったのだな、と。


大抵の時、目が覚めても夢のショックが抜けず

泣いてしまいます。

--------------------------


普段、それほど恐ろしく残酷なことを考えている訳では

無いのですが、

見知らぬ遺体を食べる夢などかなり気持ちの悪い夢ばかり見ます。


かなりうなされて夫に起こされたときが数回あります。

自然に目が覚めるとき、悪夢を見たときは何故か夜中の3時ごろ

目が覚めます。ホントに怖いです。


悪夢を見ない方法などあるのでしょうか。


だいぶ前、当時の会社の同僚に話した時

「そんな時は、祈って眠ればいいよ」と言われたので

悪夢を見た次の晩は祈って寝ています。


兄から電話があって、

今日、精神科を受診したとのこと。


私の兄は遊ぶことが大好きな未婚男性で、

ベンチャー企業でバリバリ働き、休日は朝まで飲んだり

麻雀したり、サーフィンしたり。

私はもともとあまり活発ではなかったけど、

兄は本当にフットワークが軽く友達も多い。

挙句に十代にグレて一度両親が勘当しました。


やんちゃな兄も色々な職業を経てIT会社に落ち着き、

私が一人暮らしをしたころから色々話すようになった。


今は実家で両親と3人で暮らしている。


私の病気をたまにからかうような言動があったけれど

一年ほど前に、「俺だって、お前の気持ち実はわかるんだよ」と言っていた。


兄が悩まされている症状は、

電車でのパニック、吐き気、頭痛、めまい、過呼吸。

それ以外では狭い場所。

最近ではラーメン屋で具合が悪くなり、帰るにも

電車にどうしても乗れなくてタクシーを使ったとのこと。

広場恐怖症、パニック障害でしょうね。


初めて、「これはもうだめだ」と感じ

受診したとのことで、

まずは「先輩」である私に電話をしたとのこと。


知っている限りの気の紛らわし方や、

とにかく今はお医者の言うとおり規則正しく薬を飲むように

伝えました。


私の両親には、私たち兄弟のような症状がありません。

父は全く理解が出来ない様子。

母は、心がもろく、原因あっての落ち込みと被害妄想です。


原因がないのに突然、わけがわからない!という

この症状は、もし遺伝があるとしたら祖母です。


母方の祖母は、私と同じく風邪による耳の閉塞感に

異常に恐怖感を抱いたそうです。


そして兄に強く伝えたことは、

身近な信用できる人に、自分の現状を話しておくこと。

周りの数人にでも、知っていてもらうことは勇気がいるけど

とても大事だと思います。


「今、怖い」「今、発作が起きそう」「どうしよう、やばいかも」と

言葉に出しても良い関係の人が居ると

もうそれだけでかなり安心が出来るものですよね・・・


「これを治して」「どうにかしてくれ」

という訳ではない。

男同士じゃちょっと気色悪いけど、

「大丈夫、そばにいる、他の事考えてみよう」

と言ってくれればありがたいものです。


兄ちゃん大丈夫。

少なくとも、私はその恐怖、わかるからね。