死にたい。
子供の幼稚園無断欠席。
幼稚園からすごい電話来てるけど電源切って放置。
昨日はレキソタン10錠にありったけの酒で気絶する様に寝た。
旦那がふざけたことして、説明責任も果たさず逆切れしたから、
あいつが大事に集め続けた小説、生ごみまみれにして全部ゴミ袋突っ込んでやった。
それを電話で話したら怒って実家に帰っちゃった。
自分の実家の親には何にも事情話さないくせに、
深夜に平気でうちの親に電話して、自分が被害者かのように愚痴りまくる。
お前はお前の母親に泣きつけよクソが。
今朝は起きたら9じ過ぎ。
もうお弁当持つくれない、っつーかふらふらして無理。
旦那に、お前が幼稚園に電話しとけって言ったのにシカト。
もうどうでもいい、退園でいい。
どうせ息子発達障害だし。
何もかもどうでも良くて、起きてすぐブランデーあおってたんだけど無くなって、
息子に「家から出ないでね」って釘差して酒買にチャリでッ爆走。
クズは自分だって分かってるけど、頭がボーっとしていないと一日が長すぎて
生きていられる来がしない。
でも息子の為にバナナと、好物のネギトロ巻も買ってきたよ。
息子愛してるよ。
息子はママと生きていく、て言ってる。
もうすぐ2歳8か月になる息子。
どうにもこうにも、いう事を聞いてくれない。
家を出る時、公園に入る前、店に入る前、しゃがんで目を見て、
「ママがいけないっていったことは、やっちゃだめよ」と約束をするんです。
息子は「はい」と真剣な顔でうなずいてくれます。
でも。
2歳児、そんな返事に意味は無いんですね。
一度公園に来てしまったら、一度お店に入ってしまったら、
私の言うことはなかなか聞いてくれないです。
最近、何度かは、しゃがんで目線を合わせて言い聞かせたら泣きながらも
納得してくれることがあって、これって成長だな、なんて。
嬉しく思ったりもしてたんですけど。
玩具も、お菓子も、人並みに与えているつもりなのですが、
自分の欲しいもの、興味があるものが目に入ると完全に周りが見えなくなり、
周りの言葉が聞こえなくなってしまう息子。
先日は、お店で動かなくなった息子の強引にひっぱって出てきました。
すでに身長が95センチほどの息子、抱きかかえようとしても、暴れて反られると落下しそう。
地面に寝転がり泣き叫び、必死の抵抗。
しゃがんで抱きしめて、「今日は買えないよ」「パパに聞いてみようよ」
「ごめんね、だいすきだよ」「ママの話を聞いて」
何度も顔を押しのけられ、とにかくもう、家に帰りたかった。
坂道を登れば家まですぐそこ。
息子がしゃがんで動かない、暴れまわる。
私はとにかく帰宅することだけを優先に息子を引っ張って坂を上がってた。
「どうして約束したことを守れないの!」
思わず大きな声が出た。
すると、後ろから女性の声が聞こえた。
髪の長い中年の女性が走ってきた。
「こんな小さい子にそんな大きな声出して!
こんなに引っ張っちゃ可哀想でしょ!!」
頭が真っ白になった。本当に真っ白。
真っ白なまんま口から出たのは「貴方に関係ないでしょ!ほっといて!」
女性がさらに叫ぶ「とにかくこんな風に引っ張らないで!」
私と息子のつないだ手を放そうとする。
そこでカッときた私が「何で息子と私の手を放そうとするんですか?何するんですか!!」
多分、私の声は絶叫に近かったと思う。
怪訝そうな顔で女性がしぶしぶ手を離したすきに、息子を引きずって帰宅した。
ショックだった。
仕事中の旦那に電話をかけて号泣した。
夫は、「君は悪くない。最近の息子は確かに相当扱いづらい」と言ってくれたけど。
何度も女性のことを思いだした。
アンタに何が分かるのよ!!
---「でもこんなやり方は絶対正しくない」
関係ないんだからほっといて!!
---「あれだけ目立っていたら、誰かは声をかけていたはず」
私だって頑張ってるの!!
---「だからといって、子供に過剰につらく当たっていいの?」
私は、その女性に投げかけたい言葉を思い浮かべては、
それらにあっさりと反論の言葉が浮かんでしまう自分が悔しかった。
私は鬼のような母に映っただろう。
あの日、あの時の私を見た何人かの人には。
でも。
でも。
「あの場面」までは手をつないで一緒に歌っていたの。
アンパンマンのあかすりを買ってあげて、嬉しそうな息子の笑顔。
2人で考えた小さな遊びを、夜旦那に教えてあげようと思ってた。
何度も抱きしめて、何度も頬にキスをした。
でも同じ場所の同じ場面でばかり、毎度聞き分けが無くなる息子に、
一瞬で疲れてしまった。
毎日では無くても蓄積されていくものはあるのだ。
あの女性は悪くないということはわかっているんです。
でも、どうかどうか。
私だって悩みながら、懸命に子育てをしていることだけは分かって欲しかった。
引っ張りたくなんかない。
でも、抱き上げたときの暴れ方はもう赤ん坊ではないから、
頭から落下させてしまうかもしれないと思った。
だからといって、全部が全部息子の好きなようにはできないんです。
いい訳だってわかってます。
私が最低なんだってことも。
それでも、消えてしまいたかった。
心底、母親で居ることどころか、人間をやめたかった。
自分の弱さが嫌になる。
でも、どんなに辛くても明日はまた頑張るしかない。
先月の初め以来、実家に帰ってません。
実家には、月1帰るようにしていましたが、揉めるとその後行きたくなくなります。
今までもあったことです。
それで、今回もそうなんですけど。
一応、父の日のプレゼントは送りました。
父の日、日曜日に誰からも贈り物がされず静かに新聞を読んでいる父を想像したら可哀想だったから。
でも、両親は私が死にたいほど傷つけられても捨てられない気持ち、
同情してしまう悔しさ、ただ親であるというだけで、毒親でもどこかで心配していること。
そういう気持ちをあの人たちだけは絶対に知ろうともしない。
父から、贈り物のお礼らしき電話が来ましたが、
私は話したくなくて「お風呂中です」と嘘をつかせて夫に出てもらいました。
多分、父は私の居留守に気付いていて、知らない振りして電話を切ったようです。
「ありがとうと伝えてね」と、折り返しは求めなかった。
ホッとしました。
多分私が出たら、「次はいつ来るんだ」と、
先月のことをなかったことにして聞いてくると思うんです。
いつものやり方、うやむやにしようとする。
でも、今回は何も話したくなかった。
お礼の電話に対して、きついことを言わなきゃいけないだろう状況が耐えきれなかった。
あの人たちと関わらなければ、何て平和な日々なんだろう。
一次反抗期の息子の育児は大変でも。
夫が全部聞いてくれて、支えてくれるし。
義両親はいい人たちで、とても優しい。
私は、あの人たちに自分たちの異常性を認めて真剣に向き合ってほしい。
母親の、私に対する私物扱い、兄との差別、そのくせ、過剰に依存してくることについて。
父は母の異常性は夫として、家族・保護者として、正面から向き合え。
母と向き合わないことで、私まで苦しめ続けている。
そして私の夫まで。きっと、母は私の息子まで傷つけるようになるだろう。
夫婦である以上、関わらなければ無罪ということはありえない。
むしろ、関わらないことは罪だ。
でももう、二度と会うことも無いのかもしれないと最近は思う。
分からないけど。
私は両親を哀れだなと思う。
親がしてきたこと、子供はちゃんと覚えてる。見てる。
私は両親に対して感謝できることがない。
哀れ。
私は違う。意地でも違う人間になって見せる。
脳みそ改造してでも、催眠にかけてもらってでも、絶対にあんな親にはならない。
今日、夫に子供がもう一人欲しいか聞いたら、
「ひとりっこって、何となく寂しそうでしょ」と言った。
私は・・・兄弟がいたからこそ寂しかった。
兄にはひたすらに殴られ、パートで母はいなくて、逃げ場も無くて。
帰って来ても母は兄の味方で。
父は味方してくれることもあったけど、よほどのことが無ければ動かなかった。
私は兄弟がいたおかげで、寂しくなかった、などと思ったことはない。
14の時兄が出ていくまで、兄は異常者だったし、ひたすら怖かった。
兄妹としての会話など皆無だった。
どんなに努力しても兄だけ可愛がられた。
問題起こして父に叱られれば、母が兄を「可哀想」と言った。
私は何の問題も起こしていないのに兄に殴られ、父と母は無関心だった。
誰も私を可哀想などと言ってくれなかった。
母は「女の子が欲しかった」と言っていたが。
色んなことを総合すると、私が生まれた意味など全くない気がしてくる。
この人たちは、2人目などそもそも持つべきでなかった。
長男しか愛せないのだから、私は引き立て役でそれ以上になり得なかった。
私は生まれたときから兄の兄妹だったけど、
だからこそこれ以上ないほど寂しい幼少期~思春期だった。
一人っ子が寂しいなんて、そんな決まりはない。
これはもう全力で言いたい。
少なくとも、私の家族は一人っ子の方が幸せだっただろうし、
家族にとって私は「無駄」な2人目だったと思う。
両親は私を、私は両親を嫌い。
産まれて生きた意味って何なんでしょうね。
夫と出会えて、息子と出会えて、それはもう本当に奇跡のようなことだけど。
自分に自信を持ちたいけど、自己肯定を出来ないように育てられたから、
今後も無理な気がする。
実家には、月1帰るようにしていましたが、揉めるとその後行きたくなくなります。
今までもあったことです。
それで、今回もそうなんですけど。
一応、父の日のプレゼントは送りました。
父の日、日曜日に誰からも贈り物がされず静かに新聞を読んでいる父を想像したら可哀想だったから。
でも、両親は私が死にたいほど傷つけられても捨てられない気持ち、
同情してしまう悔しさ、ただ親であるというだけで、毒親でもどこかで心配していること。
そういう気持ちをあの人たちだけは絶対に知ろうともしない。
父から、贈り物のお礼らしき電話が来ましたが、
私は話したくなくて「お風呂中です」と嘘をつかせて夫に出てもらいました。
多分、父は私の居留守に気付いていて、知らない振りして電話を切ったようです。
「ありがとうと伝えてね」と、折り返しは求めなかった。
ホッとしました。
多分私が出たら、「次はいつ来るんだ」と、
先月のことをなかったことにして聞いてくると思うんです。
いつものやり方、うやむやにしようとする。
でも、今回は何も話したくなかった。
お礼の電話に対して、きついことを言わなきゃいけないだろう状況が耐えきれなかった。
あの人たちと関わらなければ、何て平和な日々なんだろう。
一次反抗期の息子の育児は大変でも。
夫が全部聞いてくれて、支えてくれるし。
義両親はいい人たちで、とても優しい。
私は、あの人たちに自分たちの異常性を認めて真剣に向き合ってほしい。
母親の、私に対する私物扱い、兄との差別、そのくせ、過剰に依存してくることについて。
父は母の異常性は夫として、家族・保護者として、正面から向き合え。
母と向き合わないことで、私まで苦しめ続けている。
そして私の夫まで。きっと、母は私の息子まで傷つけるようになるだろう。
夫婦である以上、関わらなければ無罪ということはありえない。
むしろ、関わらないことは罪だ。
でももう、二度と会うことも無いのかもしれないと最近は思う。
分からないけど。
私は両親を哀れだなと思う。
親がしてきたこと、子供はちゃんと覚えてる。見てる。
私は両親に対して感謝できることがない。
哀れ。
私は違う。意地でも違う人間になって見せる。
脳みそ改造してでも、催眠にかけてもらってでも、絶対にあんな親にはならない。
今日、夫に子供がもう一人欲しいか聞いたら、
「ひとりっこって、何となく寂しそうでしょ」と言った。
私は・・・兄弟がいたからこそ寂しかった。
兄にはひたすらに殴られ、パートで母はいなくて、逃げ場も無くて。
帰って来ても母は兄の味方で。
父は味方してくれることもあったけど、よほどのことが無ければ動かなかった。
私は兄弟がいたおかげで、寂しくなかった、などと思ったことはない。
14の時兄が出ていくまで、兄は異常者だったし、ひたすら怖かった。
兄妹としての会話など皆無だった。
どんなに努力しても兄だけ可愛がられた。
問題起こして父に叱られれば、母が兄を「可哀想」と言った。
私は何の問題も起こしていないのに兄に殴られ、父と母は無関心だった。
誰も私を可哀想などと言ってくれなかった。
母は「女の子が欲しかった」と言っていたが。
色んなことを総合すると、私が生まれた意味など全くない気がしてくる。
この人たちは、2人目などそもそも持つべきでなかった。
長男しか愛せないのだから、私は引き立て役でそれ以上になり得なかった。
私は生まれたときから兄の兄妹だったけど、
だからこそこれ以上ないほど寂しい幼少期~思春期だった。
一人っ子が寂しいなんて、そんな決まりはない。
これはもう全力で言いたい。
少なくとも、私の家族は一人っ子の方が幸せだっただろうし、
家族にとって私は「無駄」な2人目だったと思う。
両親は私を、私は両親を嫌い。
産まれて生きた意味って何なんでしょうね。
夫と出会えて、息子と出会えて、それはもう本当に奇跡のようなことだけど。
自分に自信を持ちたいけど、自己肯定を出来ないように育てられたから、
今後も無理な気がする。
3月に親と喧嘩したと書きました。
その後、母親から電話があって自分の気持ちをぶつけました。
しぶしぶだけど一応謝ってくれたので、5月に実家に帰ってきました。
自分でも馬鹿だなって思います。
どこかで、「まともな母親にいつかなってくれるのではないか」
「普通の母と娘として、手に手を取ってやっていけるのではないか」
そんな期待があったのだと思います。
軽蔑して、憎んでも結局2人ぼっちの両親が哀れになってしまうんです。
で、実家に帰り、また最悪な喧嘩をして帰ってきました。
馬鹿です。私は。
学ばないのは私の方なのかもしれません。
きっかけは、この秋に私たちが引っ越しを考えているという話。
それ自体は前々から話していたけど、引っ越し先については話していませんでした。
私は「今の家の地域内に引っ越す」と伝えました。
私が今住んでいるのは両親にとっても懐かしい場所です。
父が勤めていた会社の社宅がその地域にあり、私が大学卒業するまで住んでいた地元。
私が大学を卒業すると同時に、父が早期退職をして他県にマンションを買ったのです。
しかし、やはり居心地がよく友人も多い地元に私は戻り暮らしています。
今の住所と、義実家は車で15分ほどと近く、
私の実家は電車で1時間半ほど。
それが気に食わなかったらしく、母親がいつもの嫌味。
「ああ、結局あっちに住むのね。あっちのご両親の近くなのね。
私、てっきりこっちに来てくれるもんだと期待しちゃったわ。
甘い夢見ちゃったわ。別にいいんだけど」
このセリフを、自虐的に嘲笑を含ませながら吐き捨てるように言われた時の
あの内臓から腐っていくような不快感と言ったら・・・
「私たちがどこに住もうと勝手だよね?旦那とよく相談して決めたのに
そういう言い方やめてくれない?」
私がそう言うと、
「でも、もしかしたら近くに住んでくれたら、私は孫の面倒だって
一生懸命見るのに。それを楽しみにしていたんだけど」
と母。
「以前、4日ほどここでお世話になったとき、大した世話もお願いしてないのに
『疲れた、もう限界』って泣き出したよね?
そういう意味では、あちらお義母さんのほうが喜んで面倒見てくれるしはっきり言って楽なの」
母:「私そんなこと言ってない!私の方があっちのお義母さんより若いんだから
体力だってあるじゃない!」
私:「や、言ったじゃん。まさにその時、『何のお願いも無理もさせてないのに
何で泣くほど疲れるの?意味わからない。あっちのお義母さんは丸一日でも
喜んで預かってくれるよ』と言ったら『私には無理なの』って泣き叫んだじゃん」
母:「私そんなこと言ってない!私だって何日だって孫の面倒見られるわ!!」
ここで私、旦那と顔を見合わせてうんざり。
母の最大の特徴は、以前の言動と矛盾したことを平気で語りだしたうえ、
過去の発言を簡単に「そんなこと言っていない」で片づけるんです。
その上虚言癖もあるし。
実際。
義両親は近いこともあるだろうけど、息子をよく預かってくれます。
「2人でデートしておいで、たまには息抜きしなよ」と言ってくれて、
夜には息子を車で届けてくれます。
丁寧にお礼を言うと、
「こちらこそありがとう。孫と過ごすと私たちは元気をもらえる。少しも苦じゃない」
と言ってくれる神様みたいな人達です。
私たちが行くだけでなく、会いたければどんどん誘ってくれるし、来てくれる。
それに比べてうちの実家。
イヤイヤ期の息子を1時間半電車に乗せて連れて行くのは本当に大変。
もう喧嘩はしたくないので、お土産もいいものを持って行きます。
でも。
お夕飯はほとんどスーパーのお惣菜。
母が作ったものはサラダくらい。
いつものメニュー、
買ってきた唐揚げ、買ってきたポテトフライ、母が作ったサラダ、買ってきたパックの刺身、私が野菜が足りないと指摘して茹でさせたほうれん草(5人分で1束だけ・・・)
大体こんな感じです。
電車賃などもろもろ含むと結構な出費で、労力もそれなりだし。
それなのに、母は楽することしか考えてない。
だから、料理も、美味しいものを食べさせてあげよう、喜んでもらおうなんて気持ちが一切ない。
実家のマンションには住民専用の大浴場(温泉)がある。
私もそっちに入りたいけど、息子がまだおむつが外れていないから行けない。
私が息子を実家のお風呂に入れて、両親は大浴場でゆっくりつかる。
毎日毎日行ってるのだから、たまに娘夫婦が来た時くらい、
「大きなお風呂行っておいで、孫のことはこっちでやってあげるから」
こんな言葉、一度も言われたことない。
朝は、父が異常に早起きなので、起きた息子の相手はしてくれる。
「うちに来た時くらい、ゆっくり寝てていいぞ、朝ご飯はあげてやる」なんて、
産後しばらく縁を切った後、関係を修復させてからの数か月は言ってくれてたけど、
ある時から面倒になったのか「飯は親がやれよ」とさらっと言われた。
私たちは、来たくて来てるわけじゃない。
あの人たちに孫を会わせてあげるために、結構な労力を使って来ているのに
それを全く理解していない。
それどころか「来てもいいぞ」と何故か上から目線。
母の義実家への僻み、批判は止まりません。
「あっちの家の方が大金持ちだから。
うちは月10万でみじめな生活だから何にもしてやれない。
だからこっちには引っ越さないんだろう」
4LDK100平米越えのマンションに住んで何言ってんだ?
父が大手企業で、出世はできなかったが必死に働いた賜物なのに。
再就職で仕事が見つからない60代なんていくらでもいるのに、
全く貧しくも無いのに、この人はいつでも父の給料を馬鹿にする。
母は9年前に私と旦那が喧嘩して別れる際に、
親まで巻き込む大事になってしまい、義母に言われた「どういう教育してるんですか」
という一言が忘れられない。
それは申し訳ないと思っています。
私たちが迷惑かけたせいで嫌な思いをさせて。
しかしもう9年前、私たちは結婚して、子供もできた。
この期に及んで私に義母の悪口ばかり言い放つ神経は何なのか。
「確かにあの時は私も嫌な思いをしたし、2人にも嫌な思いをした。
でも、産前産後でさんざん揉めて2人に泣かされて逃げるように帰宅した後
義両親がどれだけ協力してくれたと思ってるの?
私の中では、もう過去のことなんか帳消しにしてさんざんおつりが出るくらい
あっちの両親には良くしてもらったの。
母さんたちだって、産前産後のもめごとの時旦那に対してひどい暴言をさんざん言ったよね?
はっきり言って、あれでもうお互い様だとおもうんだけど」
母:「でも私は娘も孫も奪われて気に食わないの。
あんたなんて嫁にくれたやったと思ってるし、別にもういいんだけど」
私:「いい加減にしてくれる?嫁にくれてやったってなに?
私は母さんの所有物じゃないんだよ!前々から勘違いしてるよね?
自分が産んだからって、自分の体の一部とでも思ってるの?
だから小さいころからあんなひどいことが出来たんだよね。
今だって・・・
本当に私を愛してるなら、義両親に可愛がってもらって幸せに暮らしていることを
普通の母親だったら『良かったね』って言ってくれるはずだよね。
でも母さんは違う。私の幸せをぶち壊してまで自分の気持をぶちまけたいんだよ。
それって母親のすることなの?
私は子供を産んで母親に感謝するどころか、ますます母さんが分からなくなった。
息子のことこんなに可愛いし、わが子に自分の感情優先で傷つける神経が分からない。
私は母さんのせいで、2人目を作るのが怖いんだよ!
もし2人目が女だったら、私も母さんみたいになるかもしれない。
そう考えるだけで死にたくなるんだよ。
頼むから精神病院に行ってよ。人間としておかしいよアンタ」
まくし立てるように言い放つと、
母:「病院なんか行かない、アンタアタシをキチガイだっていうの?」
ああ、メンタルの病気を患ってる私はキチガイですか。
私から見たらアンタの方がほよど日本語さえ通じないキチガイに見えるが。
母:「あんたも子供育てていけばわかるわよ。私の気持ち。
今はまだ新米だから分からないだけでしょ!」
このセリフがさらに私の逆鱗に触れる。
私:「ふざけんじゃねーよ!私は自分の子供に性的暴言吐いたりしねーよ!!
私の目標は『あなたのような母親にはならないこと』だからさ。
絶対ならない。同じようになっていると感じたら子供に詫びて死ぬよ」
ここまで言ったあたりで旦那からSTOP。
旦那:「もうやめましょう。あのね、お義母さん、僕たちは夫婦で話し合って
引っ越し先を決めたんですよ。どう思おうが不満を僕たちに口にするのは違うでしょう?
思ったとしても、それはお義父さんと話すことだと思いますよ。
あとね、僕の親のことですけど・・・
申し訳ないけど確かにお義母さん達とはちょっと孫に対する意識が違うんですよ。
うちは『預からせて!孫と一緒にいさせて!』って人たち。
お義母さんたちは『面倒見てやってもいいよ』でしょう?
その上、お義母さん疲れたって泣き出したりするし。頼り易さはやっぱり違います。
それにね、彼女のこともっと大切にしてあげてほしいんですよ。
あと、僕にだって感情があるんですよ?
よく僕の前で僕の親の悪口全開で言えるなって・・・
とにかく、僕たちは僕たちなりに暮らしますし、
平等に遊びに来ているはずなんですけど、それじゃだめですか」
母:「平等?何でこっちがあっちの家と平等なのよ!
もっとうちに来てもらわないと気が済まない!」
私:「来たところで、息子の子と何の手伝いもしてくれないじゃん。
お風呂も。食事も。気まぐれに可愛がるだけ、面倒な部分は全部
『それは親がやって』でしょ。
月一でこんな遠いところ来てるのに、正直疲れに来てるだけじゃん。
『親がやれ』って何?同居してて毎日子供の面倒押し付けてるわけじゃないのに
たまにわざわざ遠くまでやってきたのに、一切協力もしないなら、
私たちには何のウマミも無いよね?
その上、来るたびこんな面倒な喧嘩吹っかけられて・・・
こんなんで近くに住みたいわけないじゃん。むしろ離れたいよ。
もっと来い?冗談じゃないよ。私はもう会いたくない」
このあたりで旦那とわめきたてる母親を無視して歯を磨き寝室に引っこみました。
父は寝ていたけど、母親が泣き叫んで起こしているのが聞こえたから、
何があったのかは分かっていると思う。
翌朝、いつもは息子が起きている気配を感じると父が
「起きたのかーこっちおいでー」と息子を呼んでくれるのだが、
昨晩の喧嘩に腹を立てているのか、父は私たちの存在を丸ごと無視。
母からは「昨日は言い過ぎた」と言われたがそれは私たちが無視。
言い過ぎたとかそういう問題ではないとなぜ分からないのか。
もっと根本的なことなのに。
父がぼそりと「車で駅まで送ろうか」と言ったが、
丁重にお断りして駅まで歩き、長い時間電車に乗って帰った。
前の晩よく眠れなかったうえ、朝息子の面倒も見てもらえなかったので
体に力が入らないほど疲れ切っていてひどく眠たかった。
もうそろそろ、本気で縁を切ることを考えようと思う。
同じ親として、親であるあの人たちが理解できないししたくもない。
自分の祖父母はあんなキチガイだったろうか?
いいや、そんなことはなかった。
穏やかで孫の前でみにくい喧嘩など決してしなかった。
私たち家族が帰省すれば、いつも最高のご馳走で出迎えてくれた。
おじいちゃんともおばあちゃんとも、よく一緒にお風呂も入った。
何であの人だけあんなにキチガイなんだろう。
そして、あのキチガイを見て見ぬふりし続ける父。こいつも害。
父は母がおかしくなると、全てシャットアウトで相手にせず寝る。
そのフラストレーションでますます激しく私が当たられている。
この人たちを嫌いにならない理由が見当たらない。
私にとっては異常な人たち。
でも、でも、兄には「普通の母」。
兄には私にしたような性的暴言を吐いたり、気持ちの悪い依存をしたりしない。
兄のことはちゃんと1人の人間として尊重している。
私だけどうして?女だから?
どうしてこんな年になってここまで親に煩わせらなければいけないのか。
最近、あの人が死んでも泣かない気がしてきました。
もう疲れました。本当に。
自殺でも何でもして消えてくれないだろうか。
多分私は心の底からほっとするだろう。
その後、母親から電話があって自分の気持ちをぶつけました。
しぶしぶだけど一応謝ってくれたので、5月に実家に帰ってきました。
自分でも馬鹿だなって思います。
どこかで、「まともな母親にいつかなってくれるのではないか」
「普通の母と娘として、手に手を取ってやっていけるのではないか」
そんな期待があったのだと思います。
軽蔑して、憎んでも結局2人ぼっちの両親が哀れになってしまうんです。
で、実家に帰り、また最悪な喧嘩をして帰ってきました。
馬鹿です。私は。
学ばないのは私の方なのかもしれません。
きっかけは、この秋に私たちが引っ越しを考えているという話。
それ自体は前々から話していたけど、引っ越し先については話していませんでした。
私は「今の家の地域内に引っ越す」と伝えました。
私が今住んでいるのは両親にとっても懐かしい場所です。
父が勤めていた会社の社宅がその地域にあり、私が大学卒業するまで住んでいた地元。
私が大学を卒業すると同時に、父が早期退職をして他県にマンションを買ったのです。
しかし、やはり居心地がよく友人も多い地元に私は戻り暮らしています。
今の住所と、義実家は車で15分ほどと近く、
私の実家は電車で1時間半ほど。
それが気に食わなかったらしく、母親がいつもの嫌味。
「ああ、結局あっちに住むのね。あっちのご両親の近くなのね。
私、てっきりこっちに来てくれるもんだと期待しちゃったわ。
甘い夢見ちゃったわ。別にいいんだけど」
このセリフを、自虐的に嘲笑を含ませながら吐き捨てるように言われた時の
あの内臓から腐っていくような不快感と言ったら・・・
「私たちがどこに住もうと勝手だよね?旦那とよく相談して決めたのに
そういう言い方やめてくれない?」
私がそう言うと、
「でも、もしかしたら近くに住んでくれたら、私は孫の面倒だって
一生懸命見るのに。それを楽しみにしていたんだけど」
と母。
「以前、4日ほどここでお世話になったとき、大した世話もお願いしてないのに
『疲れた、もう限界』って泣き出したよね?
そういう意味では、あちらお義母さんのほうが喜んで面倒見てくれるしはっきり言って楽なの」
母:「私そんなこと言ってない!私の方があっちのお義母さんより若いんだから
体力だってあるじゃない!」
私:「や、言ったじゃん。まさにその時、『何のお願いも無理もさせてないのに
何で泣くほど疲れるの?意味わからない。あっちのお義母さんは丸一日でも
喜んで預かってくれるよ』と言ったら『私には無理なの』って泣き叫んだじゃん」
母:「私そんなこと言ってない!私だって何日だって孫の面倒見られるわ!!」
ここで私、旦那と顔を見合わせてうんざり。
母の最大の特徴は、以前の言動と矛盾したことを平気で語りだしたうえ、
過去の発言を簡単に「そんなこと言っていない」で片づけるんです。
その上虚言癖もあるし。
実際。
義両親は近いこともあるだろうけど、息子をよく預かってくれます。
「2人でデートしておいで、たまには息抜きしなよ」と言ってくれて、
夜には息子を車で届けてくれます。
丁寧にお礼を言うと、
「こちらこそありがとう。孫と過ごすと私たちは元気をもらえる。少しも苦じゃない」
と言ってくれる神様みたいな人達です。
私たちが行くだけでなく、会いたければどんどん誘ってくれるし、来てくれる。
それに比べてうちの実家。
イヤイヤ期の息子を1時間半電車に乗せて連れて行くのは本当に大変。
もう喧嘩はしたくないので、お土産もいいものを持って行きます。
でも。
お夕飯はほとんどスーパーのお惣菜。
母が作ったものはサラダくらい。
いつものメニュー、
買ってきた唐揚げ、買ってきたポテトフライ、母が作ったサラダ、買ってきたパックの刺身、私が野菜が足りないと指摘して茹でさせたほうれん草(5人分で1束だけ・・・)
大体こんな感じです。
電車賃などもろもろ含むと結構な出費で、労力もそれなりだし。
それなのに、母は楽することしか考えてない。
だから、料理も、美味しいものを食べさせてあげよう、喜んでもらおうなんて気持ちが一切ない。
実家のマンションには住民専用の大浴場(温泉)がある。
私もそっちに入りたいけど、息子がまだおむつが外れていないから行けない。
私が息子を実家のお風呂に入れて、両親は大浴場でゆっくりつかる。
毎日毎日行ってるのだから、たまに娘夫婦が来た時くらい、
「大きなお風呂行っておいで、孫のことはこっちでやってあげるから」
こんな言葉、一度も言われたことない。
朝は、父が異常に早起きなので、起きた息子の相手はしてくれる。
「うちに来た時くらい、ゆっくり寝てていいぞ、朝ご飯はあげてやる」なんて、
産後しばらく縁を切った後、関係を修復させてからの数か月は言ってくれてたけど、
ある時から面倒になったのか「飯は親がやれよ」とさらっと言われた。
私たちは、来たくて来てるわけじゃない。
あの人たちに孫を会わせてあげるために、結構な労力を使って来ているのに
それを全く理解していない。
それどころか「来てもいいぞ」と何故か上から目線。
母の義実家への僻み、批判は止まりません。
「あっちの家の方が大金持ちだから。
うちは月10万でみじめな生活だから何にもしてやれない。
だからこっちには引っ越さないんだろう」
4LDK100平米越えのマンションに住んで何言ってんだ?
父が大手企業で、出世はできなかったが必死に働いた賜物なのに。
再就職で仕事が見つからない60代なんていくらでもいるのに、
全く貧しくも無いのに、この人はいつでも父の給料を馬鹿にする。
母は9年前に私と旦那が喧嘩して別れる際に、
親まで巻き込む大事になってしまい、義母に言われた「どういう教育してるんですか」
という一言が忘れられない。
それは申し訳ないと思っています。
私たちが迷惑かけたせいで嫌な思いをさせて。
しかしもう9年前、私たちは結婚して、子供もできた。
この期に及んで私に義母の悪口ばかり言い放つ神経は何なのか。
「確かにあの時は私も嫌な思いをしたし、2人にも嫌な思いをした。
でも、産前産後でさんざん揉めて2人に泣かされて逃げるように帰宅した後
義両親がどれだけ協力してくれたと思ってるの?
私の中では、もう過去のことなんか帳消しにしてさんざんおつりが出るくらい
あっちの両親には良くしてもらったの。
母さんたちだって、産前産後のもめごとの時旦那に対してひどい暴言をさんざん言ったよね?
はっきり言って、あれでもうお互い様だとおもうんだけど」
母:「でも私は娘も孫も奪われて気に食わないの。
あんたなんて嫁にくれたやったと思ってるし、別にもういいんだけど」
私:「いい加減にしてくれる?嫁にくれてやったってなに?
私は母さんの所有物じゃないんだよ!前々から勘違いしてるよね?
自分が産んだからって、自分の体の一部とでも思ってるの?
だから小さいころからあんなひどいことが出来たんだよね。
今だって・・・
本当に私を愛してるなら、義両親に可愛がってもらって幸せに暮らしていることを
普通の母親だったら『良かったね』って言ってくれるはずだよね。
でも母さんは違う。私の幸せをぶち壊してまで自分の気持をぶちまけたいんだよ。
それって母親のすることなの?
私は子供を産んで母親に感謝するどころか、ますます母さんが分からなくなった。
息子のことこんなに可愛いし、わが子に自分の感情優先で傷つける神経が分からない。
私は母さんのせいで、2人目を作るのが怖いんだよ!
もし2人目が女だったら、私も母さんみたいになるかもしれない。
そう考えるだけで死にたくなるんだよ。
頼むから精神病院に行ってよ。人間としておかしいよアンタ」
まくし立てるように言い放つと、
母:「病院なんか行かない、アンタアタシをキチガイだっていうの?」
ああ、メンタルの病気を患ってる私はキチガイですか。
私から見たらアンタの方がほよど日本語さえ通じないキチガイに見えるが。
母:「あんたも子供育てていけばわかるわよ。私の気持ち。
今はまだ新米だから分からないだけでしょ!」
このセリフがさらに私の逆鱗に触れる。
私:「ふざけんじゃねーよ!私は自分の子供に性的暴言吐いたりしねーよ!!
私の目標は『あなたのような母親にはならないこと』だからさ。
絶対ならない。同じようになっていると感じたら子供に詫びて死ぬよ」
ここまで言ったあたりで旦那からSTOP。
旦那:「もうやめましょう。あのね、お義母さん、僕たちは夫婦で話し合って
引っ越し先を決めたんですよ。どう思おうが不満を僕たちに口にするのは違うでしょう?
思ったとしても、それはお義父さんと話すことだと思いますよ。
あとね、僕の親のことですけど・・・
申し訳ないけど確かにお義母さん達とはちょっと孫に対する意識が違うんですよ。
うちは『預からせて!孫と一緒にいさせて!』って人たち。
お義母さんたちは『面倒見てやってもいいよ』でしょう?
その上、お義母さん疲れたって泣き出したりするし。頼り易さはやっぱり違います。
それにね、彼女のこともっと大切にしてあげてほしいんですよ。
あと、僕にだって感情があるんですよ?
よく僕の前で僕の親の悪口全開で言えるなって・・・
とにかく、僕たちは僕たちなりに暮らしますし、
平等に遊びに来ているはずなんですけど、それじゃだめですか」
母:「平等?何でこっちがあっちの家と平等なのよ!
もっとうちに来てもらわないと気が済まない!」
私:「来たところで、息子の子と何の手伝いもしてくれないじゃん。
お風呂も。食事も。気まぐれに可愛がるだけ、面倒な部分は全部
『それは親がやって』でしょ。
月一でこんな遠いところ来てるのに、正直疲れに来てるだけじゃん。
『親がやれ』って何?同居してて毎日子供の面倒押し付けてるわけじゃないのに
たまにわざわざ遠くまでやってきたのに、一切協力もしないなら、
私たちには何のウマミも無いよね?
その上、来るたびこんな面倒な喧嘩吹っかけられて・・・
こんなんで近くに住みたいわけないじゃん。むしろ離れたいよ。
もっと来い?冗談じゃないよ。私はもう会いたくない」
このあたりで旦那とわめきたてる母親を無視して歯を磨き寝室に引っこみました。
父は寝ていたけど、母親が泣き叫んで起こしているのが聞こえたから、
何があったのかは分かっていると思う。
翌朝、いつもは息子が起きている気配を感じると父が
「起きたのかーこっちおいでー」と息子を呼んでくれるのだが、
昨晩の喧嘩に腹を立てているのか、父は私たちの存在を丸ごと無視。
母からは「昨日は言い過ぎた」と言われたがそれは私たちが無視。
言い過ぎたとかそういう問題ではないとなぜ分からないのか。
もっと根本的なことなのに。
父がぼそりと「車で駅まで送ろうか」と言ったが、
丁重にお断りして駅まで歩き、長い時間電車に乗って帰った。
前の晩よく眠れなかったうえ、朝息子の面倒も見てもらえなかったので
体に力が入らないほど疲れ切っていてひどく眠たかった。
もうそろそろ、本気で縁を切ることを考えようと思う。
同じ親として、親であるあの人たちが理解できないししたくもない。
自分の祖父母はあんなキチガイだったろうか?
いいや、そんなことはなかった。
穏やかで孫の前でみにくい喧嘩など決してしなかった。
私たち家族が帰省すれば、いつも最高のご馳走で出迎えてくれた。
おじいちゃんともおばあちゃんとも、よく一緒にお風呂も入った。
何であの人だけあんなにキチガイなんだろう。
そして、あのキチガイを見て見ぬふりし続ける父。こいつも害。
父は母がおかしくなると、全てシャットアウトで相手にせず寝る。
そのフラストレーションでますます激しく私が当たられている。
この人たちを嫌いにならない理由が見当たらない。
私にとっては異常な人たち。
でも、でも、兄には「普通の母」。
兄には私にしたような性的暴言を吐いたり、気持ちの悪い依存をしたりしない。
兄のことはちゃんと1人の人間として尊重している。
私だけどうして?女だから?
どうしてこんな年になってここまで親に煩わせらなければいけないのか。
最近、あの人が死んでも泣かない気がしてきました。
もう疲れました。本当に。
自殺でも何でもして消えてくれないだろうか。
多分私は心の底からほっとするだろう。
もうやめよう、自分を受け入れてくれなかった人のこと思い出すの。
何でとかどうしてとか、もしかしてとか期待するのもやめよう。
何度もそう決めたのにどっかで期待してる自分がいる。
もしかしたら、私のこと少しくらい考えてくれてるかもしれないって。
でも、もう本当にやめないと。
今ある幸せをちゃんと大切にしよう。
帰ってこない返事に、色んな意味付けをする必要はないんだよね。
ちゃんとそれが答えだと受け入れないと。
随分と前に、縁が切れて別の方向に歩いてったのだし、今更無理だったんだよ。
分かってたことなのに落ち込む自分が嫌い。