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ココロの病気とつきあう(新米ママ)

2012/03出産
メンタル疾患あり、毒親育ち

24日は1か月検診のために埼玉まで行って来るはずでした。


結局埼玉に1か月検診には行ってません。


20日に区から助産師さんが派遣されて、我が家に訪問しました。

子育ての悩みを聞いてくれたり、予防接種についての説明と、

子供の体を見て、体重も計ってくれました。

その際に1か月検診で埼玉まで行くことを話すと、近くの小児科でやってもらるか

電話で聞いてくれて無事受け入れ先が決まったので今週末あたりに行くことに。


朝のラッシュ時に子供を連れて電車に乗ることにかなり抵抗があったので

本当にホッとしました。


毎日が穏やかに過ぎていきます。

息子は最近「あー」とか「うう~」とか声を出すようになって、ますます可愛い。

体に肉もついて体重が1㎏増えました。愛らしい。


週のうち木曜日は一番疲れがたまって辛い日かもしれません。

今日はよく泣く日のようでゆっくり出来なくてさすがにぐったりしてきました。


自分の時間が持てないと、日中外出できないとイライラしがちになります。

夜中熟睡できないこともストレスです。

でも、食事に、おむつに、全てに助けが必要な時期はあっという間に

過ぎて行くのだと思います。

そのうちハイハイして、歩くようになり、食事もトイレも自分でできるようになって、

今のこの大変な時期を懐かしく思い出す。


そんな風に思って何とか毎日を前向きに乗り越えてます。

大切に毎日を過ごさないときっといつか後悔してしまうと思うので。


とはいえさすがに肩こりが、腰が、膝が、もろもろ辛いです。

3連休は旦那に甘えてゆっくり過ごしたいです。

帰宅してから10日以上経ちました。


最初はすごくすごく不安だった3人での生活、日中1人での育児。

でも、やれば何とかなるものでちゃんとペースも掴めてきました。


日中から寝る直前までいかに赤ちゃんを起こしておくかが

その晩の睡眠時間のキーです。


うちの子は日中ほとんどお昼寝をしません。

最初の2日ほどは抱っこしてないと泣くので食事もゆっくりできませんでした。

でも、途中から無理して泣き止ませようとするのを辞めました。


お腹が空いて無いか、おむつは汚れてないか、暑かったり寒かったりしないか、

等々考えられる要素をクリアしていたときは、

昼食時に泣いているときはしばし別室に赤ちゃんを置いてきます。

そしてゆっくり食事します。(15分ほどですが)


多少手を抜くことを覚えたら気持ちがすごく楽になりました。

あまりにも日中眠たくてたまらないときも、別室に赤ちゃんを置いて1時間ほどお昼寝しました。

赤ちゃんの「泣き」に大分慣れたので、今はあまり焦らなくなりました。


起きている時間にそこそこ泣くと体力を使うのか、夜本当によく眠ってくれます。

大体22時~0時に眠り、8時~10時に起きます。

実家にいるときは3時間ごとにアラームをセットして、

夜中に赤ちゃんが眠ってても起こしておっぱいとミルクあげていました。

今は泣いたら起きておむつチェックとミルクをあげてます。


最近は夜まとまって寝てくれます。

昨晩は22時にミルクをあげて0時に眠り、赤ちゃんがぐずったので起きたら朝6時でした。

ものすごく寝かせてもらいました。


金曜夜から土日は旦那が全面的に協力してくれます。

金土の夜は泣いたら旦那が面倒見てくれますし、家事全般も一緒にやってくれます。

慣れないながらも2人で必死に育児をして、大変だけど楽しくて今すごく幸せです。


例えば土日にベッドで赤ちゃん真ん中にして3人でお昼寝したり。

ベビーカーに乗せてほんの少し桜を見に出かけたり。

赤ちゃんの可愛いしぐさ、表情に沢山笑ったり。


実家でのピリピリした生活は、それと引き換えに母の助けがあったけど

私は自宅に帰ってきて本当に良かったと思ってます。

あんな形で帰ったのは不本意だったけど、強引にでもあのタイミングで帰って正解だった。


この土日は、旦那の先輩や、旦那の祖父母が赤ちゃんに会いに来てくれて

ものすごくものすごく可愛がってくれました。

実家に父には「可愛く無い。触りたくもない」と言われた息子。


私が一生懸命、命がけで産んだこの子が可愛がってもらえると

嬉しくて「頑張って良かったな」と思います。

「安産だったね」なんて言葉より、ただ「可愛いね」と言ってもらいたかった。


あの後母からは連絡があり、勝手かもしれないが週に何度か手伝いに行けたらと

言っていましたが断りました。

本質的に何も解決していないのに会っても意味が無いし、

今回の事はうやむやにするつもりは無いので。。。


順風満帆な生活ですが、今不安なのは来週の1か月検診です。

実家の側の病院なので1時間以上電車に乗って出かけなければならず。

しかもAMの予約なので思い切り通勤ラッシュの時間帯に電車に乗らないと

いけないかもしれない、雨が降るかもしれない、心配イロイロです。


何とかなることを祈るのみです。






一昨日の深夜、実家から自宅へ帰ってきました。


原因は父親です。

相変わらず自分の意見が通らないと暴言めいた発言をしたり

わざわざ私を傷つけるものの言い方をするので、たびたび揉めてました。


先日もくだらない内容ですが喧嘩になりました。

原因は、両親が私の出産についてしきりに「安産だ」と繰り返し言うこと。

さらには親族にも「安産だった」と言っていること。


私からすれば、お産の時間だけ見て勝手に「安産」という言葉を

使って欲しくないと思っています。

痛いのはみんな同じでしょうが、正直私はトラウマになるレベルで辛かった。

促進剤で一気に子宮口が開き強い痛みが急に来たせいか、

子宮口が全開になっても「いきみたい」という感覚が無く、うまくいきめませんでした。


おかげで助産師さんにお腹を押されて、最後は吸引しようということになり

吸引の準備を始めた辺りでギリギリ産まれました。

会陰切開については、みんな口を揃えて「陣痛の方が痛くてそれどころではない」

「切られたことにも気づかなかい」と言いますが、

私は「産道が狭いから切ります」と言われて物凄く怖かったし、

麻酔はされましたが切られた感覚もしっかりあってすごく辛かった。


出産したあとも30分ほど縫われて、それもすごく痛くて分娩台で泣いてました。

その晩は会陰の痛みでほぼ眠れず、出産したことの感動より、

陣痛と分娩の痛みのショックが大きく、思い出すたび恐ろしく、

情緒不安定になり辛い夜でした。


産後2日経って気持ちにほんの少しの余裕ができて、

ようやく泣けたんです。

辛かった。でも、無事に産んであげられてよかった。


だから、時間だけ見ればたしかに安産かもしれない。

実際、確かに本格的に痛くなってから出産までの時間も短かった。

でも、自分の中ではとても笑顔で「安産でした!」とは言えない経験だったから、

「安産でよかったね」と言われると「勝手に決めつけないで!」と思ってしまい悲しくなるんです。


でも、その気持ちを話したところ、

父親いわく「お前は間違っている」だそうです。。。


でも、出産て人それぞれだし、安産かどうかは本人がどう感じるかだと思います。

別に難産だったとは思っていませんが、

これって正しいとか間違ってるとか他人が決めることじゃないと思うんです。

私が「悲しくなるから言って欲しくない」と言っているのだから、

やめてくれればいいのに。


そんなわけで、今父とはそれ以来会話をしないようにしていましたが、

母親に無理やり「話し合いをしろ」と言われ、父の口から出た言葉は

「お前の舐めた態度が前から気に入らなかったから俺は絶対許さない」だそうで。

「赤ん坊も可愛いとも思わないから抱きたくもない」

旦那にも、「そもそも娘の面倒だけ見るつもりなのに何でお前が頻繁に顔を出して

ただ飯食っていくんだ?お前はお荷物なんだよ」と言い放ちました。


私達は里帰りの際に5万包んで渡しましたが返されました。

「そのくらいの面倒はみてやれるから」だそうで。

しかし、旦那が私と子供の顔を見に来ることさえ「ただ飯食いやがって」という両親、

結局心も生活も貧しいのだから素直に受け取ればよいのに。

旦那も「だから、生活費をお渡しした分受け取ってくれればいいのに」というと

2人とも目を見開き、これ以上無いほど馬鹿にした表情で、

「たった5万ぽっちで何を偉そうに!!!!」


旦那が土日と平日1日泊まりに来ることは、妊娠が分かって里帰り出産が

決まった時点で両親に了解を取っていたし、

そもそも里帰りしてきてから喧嘩ばかりで精神的にも病みだしたから

ますます旦那にそばにいて欲しくなり、旦那も心配するようになったわけです。


父自身も、私がはじめ母と上手くいっていない時は母に憤り、

散々叱って、旦那にも「娘が不安だろうから、なんなら毎日ここに来てくれても構わないよ」

と言っていましたが都合の悪いことは記憶にないようです。


そして、自分たちが里帰り出産を進めてきたくせに、

旦那に「お前の親は何やってる?もうこっちは半分面倒見たんだから後はそっちがやれよ」


旦那の必死の説得も完全に無視して、父の言い分は

正しいか正しくないかなんて知らない、親の責任も俺には関係ない、

ただムカつくからそれが全て。

俺が全て正しい。


最初は父を説得していた母は、最終的には「自分はお父さんと別れたくないから」

という理由で父の味方に付き、

暴言を吐きまくる父に何も言わず、

「あんた、ついにお父さんにここまで言わしちゃったわね」と訳の分からない

責任転換をして私を悪者にでっち上げようとしてました。


正式に縁を切り、今後本当にもう二度と会うことは無いです。

死んでもこちらに連絡は来ないと思いますし、葬式にも行くつもりはないです。

私にとって初めての妊娠、出産は実の両親にめちゃくちゃにされました。

ハッキリ言って何の面倒も見てもらえなかったどころか、

嫌がらせをされただけ。何のために私を呼んだのかわかりかねます。


親って、何なのでしょうね。

深夜に生後2週間の息子を抱いて電車に乗りながら、旦那と途方にくれました。


そんなわけで、昨日から自宅で家族3人だけの生活が始まりました。

救いは旦那が寝不足覚悟で深夜も一緒に面倒見てくれること。


「俺は正直、お前の両親にはもう何の期待もしてなかったし、帰って来てくれて嬉しい。

環境が悪すぎたから早く水入らずになりたかった。

初めての妊娠出産をぶち壊しにされたと言うけど、俺はぶち壊しになんてなってないと思う。

だってこんなに可愛い赤ちゃん産んでくれて、俺はすごく嬉しいから。

この子が誕生した喜びは壊されてなんかいないよ。

あんなひどい人たちに触ってほしくないから、丁度良かった」


昨日は夜不安になり泣いてしまいましたが、息子の寝顔を見ると

頑張らない訳にはいかないと強く思いました。

私はすぐそばに、こうなりたくは無いという反面教師が居てラッキーだったかもしれない。

良い親になりたいと思いました。

2012/3/22 PM:7:16

3208gの元気な男の子を出産しました。


促進剤を打ち始めたのが11時からだったので

それから約8時間。

本格的に陣痛らしくなってからは3時間ほど、

耐え切れないほどの痛みは1.5時間ほど。


人生で経験したことのない、壮絶な痛み。

逃げるに逃げられない状況の中、とにかく早くこの苦しみから抜け出したいと

必死に呼吸をしていました。


産みの苦しみは大変なもので、産声を聞いた瞬間も

涙も流せないほどとにかく痛かった。


出産から2日経ってようやく無事に産んであげられたこと、

目の前にいる愛しい我が子に感動して号泣しました。

涙は遅れてやってきました。


あれから6日経った今、体はまだボロボロ。

会陰切開の傷は痛いし、頭痛もする。

夜泣きにはこっちも泣かされています。


でも、可愛くて可愛くて。

幸せです。


心に病気がある私が、母になりました。

この子のためにも治療を続けて、これからも自分と向き合って

生きていきたい。


ココロの病気とつきあう(マタニティ)

私たちの宝物。

40w4d、3/20。

よく晴れているので、午後は旦那と散歩に出かけたいと思っています。


旦那は昨晩の終電でうちに来ようとしてくれていたのですが、

今日のお昼に来ることになりました。


「明日にするよ」と言われたのは21時頃。

「何でもっと早く連絡してくれなかったの。今日は疲れちゃったの?」

と聞くと、

「ぎりぎりまで迷ってたの。あとね・・・」


「お義父さんに嫌われてるの、気にしないって思ってたけどやっぱり

色々考えてたら凹んできちゃって、今日は家にいたいの」


申し訳なくて可哀想で泣けてきました。

謝るしか出来なかった。

そうだよね。私のために耐えてくれてたんだよね。ごめんね。


昨日は夜に一人でお散歩に出かけました。

母は父と話し合うために19時頃から出かけていたので。


お腹に手を当てて話しながらゆっくり1時間歩きました。


夜、眠る時間になると胎動が激しさを増し、

恥骨が猛烈に痛くなります。

毎度、「陣痛や破水で目が覚めないかな・・・」と期待してしまいます。


夜中に起きてトイレに行くたび、朝が来るたび失望してきましたが、

昨晩は起きる度お腹を撫でて、頭の中で

「人と比べない、どんな生まれ方でもこの子が私達夫婦の可愛い

子供であることに変わりはないのだから」

と繰り返しました。


産まれる前から子供にも個性があるのだから。

自分の思い描いていた理想の出産運びでなくても・・・

一番好きな人と大変な思いをしながらここまでお腹の中で大きく育てて来た

大事な大事な赤ちゃん。


私の頭の中でいつも気にしてしまう

「普通は・・・」「平均は・・・」というワード。

自分は人よりも優れていなくてもせめて平均ではあるはず、そうありたいと

常に他と比べてしまうのが私の欠点。

他と比べて得る安心感なんて、本当の安心じゃないし、

そんなのきっと幸せじゃないんだとわかってます。


「他人が」「普通は」ではなくて、「私が」「私たちが」納得できること

それが大切なはず。

お産に関してもきっと。


思えば妊娠初期、過呼吸で死んでしまうかと思ったとき、

精神科医から暗に中絶を勧められた。

その後夫婦で自律訓練法を実践して乗り越えた。


その後も頻尿や風邪での後鼻漏でパニックを起こしたあと

ウツになってしまい、楽しいことなどひとつも考えることができず

お腹の子と死んでしまおうかと思った。


旦那とも何度も喧嘩になった。

激しい罵り合い、ヤケを起こしてタバコも吸ったし酒も飲んだ。


それでもお腹の子供は私のお腹から出て行かないでくれた。

こんな母親なのに、未熟な私たちを見放さないでくれた。

安定剤を飲んだり、自暴自棄になったりこんな居心地の悪いお腹で

一生懸命生きて大きくなってくれた。


それだけで十分なのに、最高に幸せなはずなのに

私は我侭で頭が悪いからついつい大切なことをいつも忘れてしまう。


だから今日も笑ってお出かけしたいと思います。

明日は一心同体最後(?当日生まれるか微妙ですが)の1日を

思い切り楽しんで、

胸を張って誘発入院に挑みたいと思っています。