ジュンちゃんが亡くなりました。。という電話をもらった時、もう足音を聞いて覚悟していたから、ありがとうございます。と伝えました。
ジュンが入院したのは、土曜日の朝で、日曜日病院はお休みと言われました。
先生も日曜日は手術があるので、夜中2時くらいまでしか居られないと。
もしそのあと、朝までに何かあっても対応はできないけれど、今連れて帰ってもおそらく厳しいと。。
日曜日朝、手術のため出張行くと言われたので、その前に純を連れて帰ります。何時に行けばいいですか?
と無謀なお願いに、快く応じてくだり、朝8時30分くらいまでなら、対応できますと言われ、
「わかりました。今日、酸素準備して明日朝、容態がどうであれジュンを連れて帰ります」と私
「改善しているのであれば、そのまま回復まで置いていただいた方がいいです」と言われ、、そうですね、、
回復していることを念じながら朝元気になっていることを祈りながら、
どちらにせよ、朝行きますと約束してもらっていたのですが、
ジュンは先生が自宅に戻る1時間前に先生が処置してくださる時間帯になくなったので、、そのまま夜中お電話をくださったんです。
今からお迎えに来てくださって大丈夫ですよ
先生がそういってくださいました。
その間にエンジェルケアをさせていただきますので、、と。
雨の中、夜中車を病院まで走らせました。純平はまだ暖かく、眠っているかのようでした。。😿
ジュン、かわいいね。おうちに帰ろうね そういって病院を後にしました。
ジュンをいつものジュンのベットに寝かせて、
「おやすみ、ジュンジュン、また明日ね」と最後のおやすみのあいさつをしました。
翌日、日曜日、純の火葬をお寺に予約。
ジュンの火葬の時間、うそみたいに空が晴れ渡りました。
ジュンと最後のドライブ。
私の車の後部座席の窓は、ドライブ好きなジュンがしっぽふりふりお外を眺めた数だけの鼻の跡があります。
今も拭けずにそのまま跡が残っています。
ジュンちゃんをうちの子に迎えてから私が決めていたこと。
自分が土日、週末ヒーラーとして活動する、と決めていたことは、純を優先してジュンとの時間を増やすためしばらくお休みしよう、、ということ。やらないわけではないけれど、メインはジュンに。。と。
自分が動きたいことは、純がお空へ還ってからでも出来る。
そう思ってた時に、友人にヒーリングをしばらくやめる、って言った時、
「犬をヒーリングしてるじゃん」って言ってくれた言葉に、あそうか、、って思ったのでした。
あれから15年。ヒーリングしてもらっていたのは、純ではなく、
ジュンの存在に私がヒーリングしてもらっていたのだと思います。
純といろんな経験してきた丸15年、私の宝物です。
もっとボケちゃった!っていうジュンも介護したかったなー。😿
佐賀シェルターに来た日のジュンと、お散歩に行くジュン。保護されて3ヶ月目くらい。足が長くて、子犬なのに大きい子。老犬ですか?って言われてた子犬のジュン。

うちの事務所にお預かり開始した頃のジュン(右)左は元気。笑顔が消えていました。

うちの子になって、一緒にいろんなところへ行ったね。これは大分のラモリクラブのレッスン合宿の時。走って来るジュン。

写真家ホタパパさんに撮影していただいたジュン。笑顔☺
ジュンと母ちゃん(私)の影。ジュンの顔とクルクルの毛の影がかわいくて撮影
ジュン、うちの子になってくれて母ちゃんのところへ来てくれて、
本当に、ありがとう。ずーーっと、大好きだよ。




