7月の初旬に、北海道を旅行してきました!

北海道ならではの景色や空気感を存分に楽しんで帰ってきたら、

こちらはびっくりするような灼熱の夏で!

 

身体もびっくりしたのでしょうか、

帰宅して程なくして体調が坂道を転がるように崩れ始め、

20年ぶりくらいに夜間の救急外来でお世話になることに^^;

急性腎盂腎炎という診断でした。

 

北海道も一日の中での気温差はとても大きかったので、

暑かったり寒かったり。

また、暑いけれどエアコンがものすごく寒かったり、

でもそこを出たらまた暑いとかが小刻みに繰り返されるのも、結構こたえました。

 

幸い、早い段階で丁寧な治療をして頂いたおかげで回復も早く、

今はもう、よくなっています。

セッションも、通常通りさせて頂いています。

 

腎盂炎は初めての体験で、体感も初めて...

痛くはないんだけれど、ものすごくしんどくて、身体が思うようにならないし、

身体と意識がバラバラで、一致していないような不思議な感覚がありました。

 

この体感を知れたことも、また一つ情報を得られたような気持ちです。

けれど、もう体感するのはいいかな^^;

 

 

プライベートを綴っているブログで、

北海道旅行の様子を少しずつ書いていこうと思っています。

よければ、見てくださいね!

 

 

 

 

こちらはHPです↓

 

 

15才だった愛犬が旅立って、今日でちょうど一年。


昨年の6月初旬に急に容態が悪くなって、

丸3週間で虹の橋を駆け登っていきました。
無我夢中で看病をしていたその数週間を、

今年の6月は振り返るように感じています。


特に昨晩は、刻々と過ぎていく時間の流れに、

愛犬とのお別れが近づいてくる感覚をまるで今のように重ね、

胸が苦しくなり。

眠りにつく前に、レイキヒーリングをしながら愛犬に沢山の感謝を伝えました。
そして、今どんな風に過ごしているのか、もしできれば夢の中で教えてほしいとお願いしました。
お願いしたりしていいのかなとふと思ったけれど、その判断も含めて天に丸投げすることにして...。

 

夜中に、私は自分の右手が何か温かく柔らかいふさふさしたものの上に乗っかっているのに気づいて、目が覚めました。


何だろう?と手の下にあるものを見ると、愛犬の手。
まるで、私が愛犬の手の上にお手をしているような感じです。
それまでぼんやりとしていた意識が、え!っと即座に鋭敏になり、何度も愛犬の手を握り、その感触を確かめました。


知っている、馴染みの感触…

愛犬の全貌は捉えられないけれど、手だけがはっきりと感じられるのです。

 

ふと愛犬は、今どんな風に過ごしているのだろうと意識したその時、
とても静かで穏やかな境地が感じられました。
それは、嬉しそうに跳ね回っているような境地ではなく、
まるで動きのない、だけれどどこまでも永遠に続く安寧の境地のようでした。
私は、心の底から安心を感じ、これが「安心」というものなのかと思った瞬間、

目が覚めました。

 

夢でした。


だけれど、右手に感じた愛犬の手の感触は鮮明に残ったまま...

そして、寝る前に感じていた胸苦しさはすっかり無くなっていました。

 

今、こうして書いておこうと文字に起こしながら、
この文章を以前書いたことがある、

すなわちこの体験をもうすでにしていたことがあるというような不思議な既視感すら感じています。

 

世界は不思議に満ちている...
そしてその不思議は愛と同義なのですね。

 

 

 

 

 

長らくお付き合いをしてきた相方さんと入籍する運びとなりました。

 

 

 

(氏神様にご挨拶に)

 


知り合って、ちょうど10年…

先がどうなっていくかなんて分からないものだけれど、
まさか10年も経ってから入籍する運びになるとは
当時はまるで予想もできませんでした。

 

 

 

 

 

 

私たちは同い年で、共に結婚も離婚もそれぞれ経験していて、
知り合った早い段階で、相方さんは結婚を考えていることを伝えてくれていました。
私を含め、私の子ども(当時中2)の成長を一緒に応援したいし具体的に力になりたい、(彼のお子さんたちはその頃すでに成人しており。)
お互いの親や親せきも含め、家族になっていきたいと…。


彼は有言即実行の実直な人で、その選択にのれば、あっという間にそういう生活が展開されていくことは容易に想像できました。

 

 

 

(瑞応寺にご挨拶とお墓参りに)

 

 

一人でなんとかしていくよりも、二人で、そして家族でなんとかしていくこともあっていい。
と、頭では思うけれど、何かに押しとどめられるように気が乗らない…
そもそも、なんとかしていくようなものだろうか…

 

 

 

 

 

 

わがままかもしれないけれど、私は娘との生活をこのままホールドしていきたいという思いと、相方さんとの関係性を家族としての何かに今は持ち込みたくないという思いとの、その両方の思いが強くせめぎ合っていました。

 

 

 

 

 

 

 

このような選択が長くゆるゆると赦されてきたのは、彼のおおらかさと優しさ、また天のはからいのおがげさまでしかない…


この10年の間、相方さんは私の考えを尊重してくれながらも、常に私たち家族のことを気づかってくれてきました。

 

 

 

 

 

 

娘もはや23才になり、すっかり独立して自身の生活を送っています。
それでもなお、なかなか踏ん切りがつかない自分もいて。

 

けれど…

 

分からないときには、

差し出されている選択にはYESを出してみるということ。
怖い方を選んでみるということ。
これまでの自分がしない方の選択をしてみるということ。

 

そして、この流れにのってみようとおそるおそるコミットしたら、
あらゆる偶然や奇跡のような出来事も連なりながら、
その道が、自然に開けていきました。
道があるのではなく、まさに道が開けていくという言葉がこんなにしっくりくるとは…

 

 

 

 

 

 

新しいフェーズに入り、新しい刺激に触れながら、
それでも変わらないもの、失われないものも感じながら。

 

次々と新しい視点や体験を提供し続けてくれる相方さんには、感謝しかありません。
またそんな何かがあってもなくても、お互いに対するリスペクトと共に
歩んでいきたいです。

 

温かく見守って頂けると幸いです。

 

 

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