2月になりましたね。

3日には節分も迎えるし、

また新たな切り替え感が感じられます。

 

ぐっとフォーカスが向くと、

それがどんどん立ち上がってきやすい時のようにも感じられるから、

その流れにのるもいいし、

逆に、望まない流れだったら、必要以上にフォーカスしないで、

流れゆく雲のようにそっと見送っていればいいのかもしれませんね。

 

いずれにしても、

本当に大切なことはどうあれ必ず

そうなるようになっていて、

それについてあれこれ考えようとも、

或いはその逆に、全く思いに及んでいなくても、

なるようになっていく...

それは人智を超えているように感じます。

 

何もしなくていい、何も考えなくていいということではなく、

おそらくこのブログを読んでくださっている方は、

とても誠実に、どんなときもどんなことも丁寧に汲み取りながら、

自身の人生を大切に歩まれている...

 

だからこそ、ほっと緩み、リラックスし、

人生が自身を通り抜けていくその時々に、

安心して委ねていい。

 

そんなことを感じる2月の始まりです。

 

皆さまにとって2月が、芽吹きの気配を感じられるような

新鮮な日々でありますように。

 

どうぞよろしくお願いします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

④からの続きです。

 

 

骨折をする数年前、
具体的には約3年程前から、
私は内的にも外的にも、

人生の大きな転換期の一つを迎えていたことを感じている。

 

 

 

 

長年、形を変えながらも勤めていた職を退き、
その翌年、大学を卒業した娘が他県へ。
その数か月後に、愛犬が他界。
愛犬が逝くまでの約1か月、ほぼ不眠で付き添っていたのをきっかけに、
その後、散発的に不眠に悩まされるように。

(骨折後の回復と共に消失)
その年末には屋移りの準備をして、
さらにその翌年には、再婚し、市をまたいで2拠点での暮らしが始まった。

 

変化につぐ変化。
すっかり様変わりしていく様相の中で、
自分というものが一体どういうものなのか、
いよいよ分からなくなった。

どういうものでもないのに、
その圧倒的なほどの
なにもなさに翻弄されるような…
なんていうのか、無力感のような…

自分が一生懸命やって来たというようなものは
本当に砂上の楼閣のように
ある時、音もなく砂に還るように消失していくものなのだなって。
そもそも、どの時も確固たる、これだけは不変なんてものはない…

 

それが悔しいとか、嫌だとかではないけれど、
何をどう生きてもこの先、
さらに老いを通して死を迎えるまで、
この変化(へんげ)という消失の幻想が緩やかに続いていくのかと思うと、
当時は、真綿で首を絞められ続けるような
なんともいえない感触を覚え、その感触と共に生きていた。

 

人生を一つの航海に例えるなら、
方向性を失い、舵の取り方が分からなくなっているというよりも、
ある種、自分では選びようのない方向性に向かっているものに対して、
舵を取る必要なんてあるのだろうかという状態….
 

では、舵を取らないとして、
その時まで何をしていくのだろうと…
 

途方もない退屈の中に、丸裸で放り出されたような気持ちだった。

 

矛盾するように、外的世界では目まぐるしい変化に満ち、
新しさが次々と暮らしの中に浸透してくるのに、
そうなればなるほど、内的世界は、圧で全く動かなくなるような不思議を感じ…

 

その説明のつかなさをどこにも置けないような、
そもそも置くというスペースも、私そのものすらもどこにもないような気がして、

心は宙ぶらりんのまま彷徨っているような感覚だった。
 

この感覚は、ずいぶん以前に感じていた不安とはまた違う、
ある種独特のものだったことを思う。

 

人それぞれ捉え方や感じ方は違うけれど、

私にとってはこれが、

ある種のミッドライフクライシスのようなものだったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

そんな折、ちょうど骨折する1か月程前の間、

ふとこれまでの人生の振り返りをしたくなり、
日々の瞑想を通してゆっくりと、歩んできた様々を感じた。


私はこれまでに、2度ほど、教育分析という

自分史を振り返る、人生の棚卸しのような過程を経験したことがある。
だけれど、この1か月程の瞑想の中で、

これまで気にも留めなかったこと、
または、その時に受けとめるにはあまりにも大きくて、そのままになっていたことなど、

とめどなく浮かんできた。


体験は様々な層を織り成して、数字や回数で図れるものではない。
この時も、

今湧いてくること、今感じられてくるもの、

それらを一つ一つ感じ切るというひとときを過ごした。

 

ようやくその振り返りに心の目処がついたことを体感した直後、
正確にはその翌日、旅先で骨折した。


どこか心晴れやかに軽く、
一新というより刷新を感じられ、

その感覚がとても心地いい最中に。


そして、目の前の美しい景色や空気感に、

全ての感覚や身体を開いていることに気づいている、その直後に。


そして、ものすごい勢いで、私ごと人生ごと運ばれ続け、
気が付くと、今に至っている。

 

当初は、まだ何かあるのだろうかとか、
私の感じ方が間違っているのだろうかとか、
ネガティブなことばかり湧いてきた。

 

しかし…

 

私はあの瞬間、ただ生かされたのだと思う。

 

生も死も、どちらも同じようなイコール性をもって在る。
そのどちらがどうとかではない。

 

と同時に、私はとても大切なことに気づかされた。


どんな時も、あらゆるもの…
はからいも、意識も、私も、身体も、何もかも完全に生きている。

 

どんな状態で何をどんな風に感じようと、
身体がどんな風に損傷を顕していようと、
どの時も、どの瞬間も、

全ては完全に息づき、生きている。

8割方生きているとか、半分ほど生きているとか、
そういうことではない。

どういう状態であれ、一つ一つの細胞に至るまで
全てが共振し、生の方に完全に振り切っている。

もし死があるとしたら、それはその完全な生を振り切ったどこかにあるもの、
生を超えたそのどこかにあるもので、
退行することでも、衰退することでも、真逆のようなものでもない。

 

死のその瞬間まで、誰しも何もかも、
ただ脈々と、完全に生き切るのだということに気づいた。


死の概念は、分からない。
でも、その分からなさが死そのものであっていい。
分からなさと共に、今ここに、完全に生かされている。
その完全さが普遍なまま在るだけ…
その普遍は生死すら超えて、燦然と在る。

それは私なりの感じ方かもしれないけれど、
少なくとも私にとってこの気づきが、
これからの人生の歩みの深い礎になるような気が、今はしている。

 

 

 

 

 

 

今、人生に、陽が再び、柔らかく差し込んできた気配を感じている。


そして、目に留まるあらゆるものに宿るさり気ない美しさに、

心が優しく揺れるような、ささやかな喜びに包まれている。

 

ここまで読んでくださり、ありがとうございました(^-^)

 

 






 

 

 

からの続きです。

 

 

 

その頃(11月下旬頃)、可動域がじわりと広がり、

10度~120度まで動かせるようになっていた。

 

鉛のように重かった腕も、少しずつ軽く柔らかくなり、

可動域の中では、

自然にすっと伸びたり曲がったりするのを感じるようになった。

 

すっかり嬉しくなった私は、

治るのではないかと希望を感じるようになった。

 

そんな最中、

当初から少し気になっていたこと...

リハビリの担当者が、幾度となく休まれるように。

週3だったリハビリが、週2になったり、週1になったり。

 

何か事情があるのだろうということは察することはできるものの、

総合病院という大きな組織の中で、

ある程度の数のスタッフが揃っているにもかかわらず、

数か月もの間、

リハビリについては1対1での対応しかないというシステムには、

提供する側にも受ける側にも、

負荷が大きい場合もあるのではと疑問を感じた。

 

せっかく治ってきているのにと焦りを感じたり、

リハビリを受けられる期間は決まっているのになと、

病院に対して、

こちらの気持ちとの温度差を感じることも...

 

すると、驚くようなことが起こった。

12月になってしばらく経った頃、

その日は寒波がやって来て寒い日だった。

あれ?という違和感と共に、

右腕がガチガチに固まっていたのだ。

まるで一気に振り出しに戻ったような状態に。

 

次のリハビリで可動域を測ってもらうと、

40度~95度と、ほぼ9月の状態にまで狭まっている。

がっくりと肩が落ちるような気持ちになった。

 

 

 

 

 

 

心と身体は連動している...

 

骨折をしてからというもの、

それをまざまざと感じられる日々だった。

だとすると今、

私はとても大切なことを体験しているのでは...

 

 

結果的に腕は、1月になるまでの約1か月足らずの間、

固まったままだった。

しかしその間に、

瞑想を通してある日、不意に気づいたことがあった。

 

それは、私は一生懸命「治そうとしていた」ということ。

 

何かを治そうとするとき、

そこには治される対象が生まれる。

 

そのことに、はっと気が付く瞬間があったのだ。

 

 

 

 

 

 

過去に、似たような気づきを得たことがあった。

 

ある時私は、

自分を守ろうとして生きてきたことに気づいたことがあった。

誰も私を助けてくれないのだとしたら、

少なくともこの私が、私の矢面に立とうと。

 

それが自立だと長く信じていたけれど、

自分を守ろうとするとき、

守られる自分も同時に存在する...

 

そのこと自体が、

不毛な戦地に、

自らの身を置いているようなことそのものだと気づいたときに、

衝撃が走ったことを今も鮮明に覚えている。

 

そして、もう守らなくていいと気づいたとき、

同時音声のように、

もう脆弱でなくていいと響く声に驚いた。

 

私は、守る守られるという一見、正義の世界の中で、

他でもない(守られないといけないような)自分自身と共に、

不毛な戦闘域で、終わりのない攻防戦を繰り広げていたのだ。

 

 

そして同様に、

治そう治されようとする狭間で、

治されないといけないような自分自身と共に、

終わりのない何かが繰り広げられていることに気づき、はっとした。

 

そもそも治るとは...

 

元に戻るなどということは、

あらゆる現象の中で起こりようのないこと...

 

それを無意識に望み、次第に固執するようになっているとしたら、

それは思考の中の幻想に囚われていることそのもの...

 

そう気づいた瞬間、どこか枠が外れたような

不思議な解放感がやって来た。

 

どんなに不自由さを感じていても、思い通りにならなくても、

それでいてどこまでも自由で、

全てはそのままで完全で、

ただただそのようになっている...

 

「治る」という概念が消失した瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

年末年始を挟み、久しぶりのリハビリでは、

あんなに狭まっていた可動域が、一気に5度~125度まで広がっていた。

 

けれど、そこに一喜一憂するような感情はなく、

そうなんだ...と、どこか静かに眺めているような感覚を覚えていることの方に、

ある種、小さな驚きのような新鮮さがあった。

 

そして、リハビリがなくても、

寒波が何度やって来ようとも、

それら外的要因が、直接身体の状態に影響することはないことに気づいた。

 

全ては、内から私(渡し)を通して外に連動している...

言い換えれば、私(渡し)がなければ、内も外もない。

この世界は今、私(渡し)を通して観照されている幻象...

 

だとしたら、気づき(私(渡しのありよう))と共に、

どのようにも世界は創造されていく可能性に満ち満ちている。

それを希望というのだろう。

たとえ、それが現象ではなく、幻象であっても...

 

人はある意味、幻想のような人生を、

唯一、「希望」を携えて生きていくと聴いたことがある。

 

その言わんとすることが、少し分かったような気がした。

 

 

⑤(最終話)に続きます。