かなり前に見て、記事にしてなかったのだが、理由は、腰痛のためと、複雑なストーリーでまとめるのが難しかったため。でも、少し消化してきた気がするので、書いてみる。

 

これは、舞台演劇の映画化なのだ。

2007年に設立された「周申斯立戏剧工作室」という劇団の同名舞台劇の映画化だ。

チケット売り上げが1位の週もあったくらいのヒットとなった。

 

確かに、面白かったし、観客よく入ってました。

実は、ポスターには、开心麻花(開心麻花)劇団の映画第2弾という宣伝文句があったので、开心麻花の舞台の映画かと思ったら、それは勘違い。笑。

見始めると役者は違うし、スタイルも違い、「ん??」と思う。

そう、別の劇団のものだった。

が、おもしろい。

 

开心麻花(開心麻花)劇団が、2015年に、大大大!ヒット!させた『夏洛特烦恼(Goodbye Mr. Loser)』は、大爆笑コメディー、見終わった後は、心が暖かーくなる作品だった。↓↓↓

 

 

しかし、この『驴得水』はさにあらず。劇団の”色”が違うのね。

ジャンルとしてはドタバタコメディーだが、笑いはブラック。・・・正直、ラストに近づくにつれ、笑いがひきつってくる。(←わたしだけか??!!)

 

そんな話しなのだが、これが実話を元にしているというので、びっくりする。

小さな嘘が新たな嘘を呼び、最後はとんでもない事態を引き起こすのだ。

 

あらすじ

民国時代、僻地の小学校が舞台である。

三民小学校では、先生4人に生徒が6人しかいない。

早めの長期休暇に入ったところで、先生たちの会議が始まった・・・。

 

校長;大力(ダー・リー、ポスター左)は、田舎の貧困を救うには教育が大切だという信念のもと、この僻地で校長をしている。しかし、いつも予算が足りず四苦八苦。

 

学校では、遠くから水を汲んで来るのに一頭のロバを使っていたが、その餌代が払えない。

それで、校長はこのロバに「呂得水:ルー・ダシュイ」という名前を付け、教師として登録し給料をもらい、それを餌代や学校の雑費に回していた。

数学担当で経理係、张一曼:ジャン・イーマン(任素汐:レン・スーシー、ポスター真ん中の女性)から会計報告を聞きながら、校長は、もっと余裕があったら、奨学金を作って多くの生徒を集めたいと理想を語る。

 

 

すると、他の先生たち、周鉄男:ジョウ・ティエナン(刘帅良:リュウ・シュワイリャン、ポスター左から2番目)と裴魁山:ペイ・クイシャン(裴魁山 ペイ・クイシャン、右から2番目)も賛同、自分たちも寄付をすると言い、4人は心ひとつに教育の理想に燃えているのだった。

 

そこに、一通の手紙が届く。中央の教育部から特派員が来ると書いてある。

”呂得水先生は優秀らしいから、彼の教室を見学したい”と。

そんな先生は存在しないのだが、校長は教育部への報告書に、毎年適当なことを書いて送っていたのだ。それが、評価されてしまったらしい。

日程を確認すると、なんと「明日」! 僻地のため、手紙が届くまでに時間がかかって、ぎりぎりに。笑。

 

どうしよう、どうしよう、と大慌てのところに偶然やって来たのが、銅匠:トンジャン(阿如那:ルナ・E)である。地元の農民で、学校のベルを修理に来ていたのだ。

とにかく訛っているし教師っぽくないが、風呂に入れて髪を刈りメガネをかけると、それなりに見える。

しかし、最大の問題は、呂得水は「英語教師」ということだった。笑。

ところが、試しに銅匠にGood Morning、Thank You などを教えると、発音がいい。笑。

「いけるんじゃない」と校長たちは思うが、銅匠は拒否。それを、张一曼が色仕掛けで説得する。

 

翌日、特派員(韓彦博:ハン・イエンポウ)がやってきた。

 

 

実は、特派員は英語が全然分からない。それで、銅匠が「シェークスピアを朗読します」といって、現地の方言を適当にしゃべると、「すごい」と特派員は感心して、呂得水の給料を毎月3万元に増やすと約束して帰って行く。

 

大金が入り学校は設備をよくして、奨学金を出すことにした。すると、生徒が増える見込みとなり、校長は、理想に近づいたと喜ぶのだが、幸と不幸は裏表というのか、嘘から始まった自業自得というのか、ここから事態はとんでもないことになっていく。

 

もうすぐ新学期という日、また一通の手紙が。

そこには、特派員がアメリカ人の篤志家を連れて、再び呂得水に会いにくるというのだ。もしアメリカ人に認められたら、給料は10万元になると書いてある。

しかーし、アメリカ人にはデタラメな英語は通用しない。笑。

しかも、日程を確認すると、また「明日」というのだ。笑。

 

そこに、またまた偶然やってくる銅匠。张一曼のことが忘れられずに、彼女に会いにやってきたのだが、やきもちを焼いた妻も追っかけて来て、学校は一騒動。

 

その騒動が治まると、校長は「呂得水は死んだことにしよう」と提案する。

呂得水が死んだら、3万元もなくなってしまうが、それもしょうがない。

銅匠の顔を白塗りにして、棺桶に寝かせて、特派員たちを待つ校長たち・・・。笑。

さてさて、こんども嘘がバレないで、うまくごまかすことができるのだろうか・・・。

 

 

霜を履んで堅氷に至る

この映画を見ながら、「霜を履んで堅氷に至る」という言葉を思いだした。

一般的な「霜を履んで堅氷に至る」の意味は、「氷になる前には霜があるわけで、大事に至る前には予兆がある」という解説なのだけれど、私的にはちょっと違う。笑。

 

易経というのは、占い。だから、その卦(この場合は、坤卦)をどんな解釈するかは自由。なので、こんなふうに解釈している。

「霜を踏んで、また霜が降りたらその上を踏んで・・・と繰り返すうちに、そこは固い氷になってしまう。そうなったら、もう取り返しがつかない。霜のうちに止めとかなきゃダメなんだ」という解釈。

 

で、この映画も、そんな話しだなと思ったのだ。

僻地のことだから、ロバに人間の名前をつけて給料をせしめていてもバレないだろうと思っているうちは、まだ”霜”の状態。

そして、銅匠をニセの先生に仕立てて、特派員に嘘をついているうちに、”霜”が何度も踏まれて、”堅氷”に至ってしまうわけだ。

だから、アメリカ人が来た時には、もう謝るわけにもいかなくて、どんどん嘘の上塗り。

 

ネタバレですが・・・

死人のふりをしていた銅匠は、棺桶の周囲でみんなが「3万元がもらえなくなる」と話しているのを聞いて、飛び起きてしまう。「おれ、もらってないよ」

それで、特派員はびっくり。いちから事情を聞き、いまさら自分が騙されていたとは上司にもアメリカ人にも報告できないと、このまま嘘をつき通して10万元をもらい、みんなで山分けしようと言い始める。命令ですね。

 

そして、銅匠は、みんなが自分を利用して3万元をもらっていたのに分け前がなかったことに怒り心頭。特に、张一曼が色仕掛けで自分をたぶらかしたことに逆ギレし、罰として、校長に彼女を髪を切らせるのだった。(どうも、女性の髪を切るというのは、当時ではすごい罰のようです。)それ以来、张一曼は精神的に病んでしまう。

 

张一曼役の任素汐:レン・スーシー。舞台でも当たり役だった。

 

その後はすごいスピードで事態はころがっていき、良心なんて何の役も立たない。正直に話すべきだという人間は、逆にみんなから止められてしまう。

強欲なものたちはウキウキとし、善なる心を持っている者たちは、沈黙するしかなくなっていく。そして、人の命までもが・・・。

 

何がこわいって、こういう事って、実は世の中にたくさんあるんじゃないかと思ってしまうことだ。

例えば、大企業が債務超過の粉飾決算していて、それがまあ1年や2年どころじゃなくて、経営トップが代々隠してたとか。そこには、証券会社や銀行や、奇妙なM&Aの人脈が群がってて・・・、みたいなことあるじゃないですか。

明るみになって、わたしたちがニュースで知る時には、なんでこんなひどいことになったの? と思うのだけれど、その経緯はこんなふうなのかもしれないなと思う。

 

この映画は、そんな世間の一面を知らせてくれる。

”霜”のうちに、なんとかしないといけないのよ。”堅氷”に至ってしまったら、どうしようもない。

その一種の ”縮図” みたいなところ、ありそうだな〜と思うところが、舞台のロングランであり、映画のヒットの秘密なのではないだろうか。

 

 

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