のほほん日記

のほほん日記

ふと思ったこと、楽しかったこと、悲しかったこと、おいしかったもの、などなど、のほほんとつぶやく日記です。



先日、我が子が生後9ヶ月を迎えました。


こないだ生まれたばかりだと思ったけど、

過去の写真と比べるとずいぶん表情もしっかりしたし、

最近は自分の意思が出てきて、

食べ足りない時や、おもちゃを取り上げられた時など、大きく上に手を上げて、のけぞって不満を表してます。


伝い歩きもお手のもの。

昨日10秒くらい立ってたらしく、

歩くのももうスグなのかな。


ばーば。

ってもよく言います。

息子にはおばあちゃんが見えてるのだろうか。

いいなぁ。。

孫と手を繋いで歩くんだ!って言ってたんだけど。

お母さん、こっちは頑張って早く歩けるように練習してるよー。


ここでは書いてなかったけど、

うちの息子は6月から保育園に通ってます。

生後半年で入園です。


最初は早く仕事に戻ろうって思ってたけど、

生まれてから本当可愛くて、

自分の自由は無くなったけど

毎日毎日一緒にいるのが幸せで、

こんなかけがえのない日々が終わるなんて嫌だ!

専業主婦になりたい!と価値観が180度変わりました。


ただ、区役所にも聞きに行ったけど、

11月生まれなので、一才の頃には保育園に空きはなく、

かと言って次の1歳児クラスは激戦で、

入れたとしても遠い保育園。。


その先続く6年間のことを考えて、

ギリギリまで待った末、

本当に泣きながら6月入園でエントリーしました。


当時うちの母からは、預けた方が余裕が生まれて優しくなれると言われて励まされましたが、

そもそも子育て楽しすぎて子供に優しくできてたしなぁ、笑


こんなに悩むと思わなかった。


でもとりあえず、今は朝も泣かなくなったし、

保育園では創作活動や、砂場遊び、お歌など、

たーっくさん新しい経験できてとても楽しそう。


そんなことできるの?って保育園から教えてもらうことも多く、

もっと子供を信じてあげなきゃいけないなーと思ってる日々です。




こんなことがあっていいのだろうか。

まだ夢を見てるみたい。


先月1日に96歳の祖母が亡くなり、

18日に70歳の母が亡くなった。


私が小さい頃、

忙しい母に代わって祖母が可愛がってくれてたし、

おばあちゃんとご飯食べに行ったり、

2人で旅行もしたりした。

私はおばあちゃんっ子だったと思う。


そして、誰よりも大好きだったのが母。

好きというか、もうそんな次元ではなくて、

私にとってなくてはならない大切な大切な存在。


私の実家ではよくお客様に

「この家は女系だねー」とよく言われてた。

女3人が賑やかで、父と兄はほとんど喋らなかった。


私は母によく怒られてたし、

母と祖母はよく喧嘩もしてたし、

私も中学生の頃、拒食症を患ってた頃、

祖母の作るご飯を食べたくなくて、

悪態ついてたこともあった。


でも、私は2人をとても頼りにしてたし、

おしゃべりするのが大好きだった。

お風呂上がりに、おばあちゃんの部屋で私は果物食べながら勉強。

母は洗濯機止まるの待ち。

振り返れば、そのたわいもない時間が心地よかった。


中学生の頃、拒食症になって、本当に死ぬんじゃないかというくらいの時があったけど、

それ以降かな。母とよく仙台や新潟に買い物に行ったり、一泊くらいだけど旅行もするようになった。


母は、自分のせいで拒食症になってしまったと罪滅ぼしみたいな意味があったのかもしれない。

でも、全然そんなことない。

拒食症は自分のせいだし、私は母がいたから立ち直れた。


「私、太ったらどうなっちゃうんだろ」

太るのが不安で寝ている母の枕元でそう呟いたら

「さあ知らない!太ってみたらわかるんじゃない?」

こう言われたことが食べれるようになったきっかけ。

そうか、太ってみようって思った。

拒食症の子にそのアドバイスはどうなのかとは思うけど、でも母はそんな感じだった。


母は全国飛び回ってたから、ついでに東京に寄って、

2人でご飯食べたり、ホテルに泊まるったりするのも楽しくて大好きだった。

私の仕事終わりに、新大久保で閉店間際の韓国料理食べたり、ホテルの部屋でウーバーイーツでピザ取って食べたこともあった。


普段はとても気が強そうに見えて、

気遣いばかりの人で、

人のことばかり気にしてた。

「相手の立場になって考えなさい」

小さい頃からよく言われてた。

母はまさにそんな人だったと思う。


母も祖母も、おしゃべりが上手で、

周りがパッと明るくなった。


社会人になって、私はほぼ毎朝、

駅や会社までのほんの3分程度だけど、

母と電話で話してた。

なんてことない、天気の話や、私が仕事に行くのが嫌だという愚痴、母の今日の予定など。

それが日課だったし心の支えだった。


でももうできなくなってしまった。

会津に帰っても、迎えに来てくれる母もいないし、

手を叩いて泣きながら喜んで迎えてくれる祖母もいない。


特に母は病気はもってたけど、

数日前までビデオ通話してた。

あ、ちょっと一旦切るね。じゃーね!と言ってた。

6月に帰った時にも普通におしゃべりしてた。


祖母が亡くなり悲しみが癒える前に、

母が亡くなった。

祖母の葬儀の時から母のことが心配で落ち着かない日々だったけど、こんなに早くお浄土に行くなんて考えてもいなかった。


突然のこと過ぎて、全然心の整理ができない。


東京に帰ってきて、仕事をしてて、

母のことを考えない時間ができてしまうのも嫌だ。

母とのたわいもない会話や時間を忘れてしまうのが怖い。


うそだうそだうそだ。

お母さんに会いたい。

お母さんと喋りたい。




子育てのことも書けてないのに、

とりとめのない、こんな日記でごめんなさい。

今の気持ちも忘れたくなくて書きました。


※写真は母のFacebookから。派手さは無いけどこういう感じが好きだと。近所の草花や空の写真をよく投稿してました。





産前の産休もあっという間に終わり、

無事に計画無痛分娩で予定通りに出産しました飛び出すハート

今日私の産後検診も終わり、今のところ我が子もすくすくぷくぷくと育ってます立ち上がる


事細かに出産のこと記事書こうと思ってたのに、

産後は仕事とは違う忙しさでバッタバタ泣

そして、子育ては大変だと思ってたけど想像してなかったので、本当に大変ですね、、

みんなすごいなぁ、、


細々やることあるし、お世話でかかりっきりなので、ほかのことやるまとまった時間がなかなかない!そして寝不足!


でも、こんなにもかわいい子が私から産まれてくるなんて想像できてなかったし、

かわいいとかそんな言葉では言い表せないくらいかわいい、愛おしいラブ


自分の子が可愛いと思えなかったらどうしようと思ってた過去の自分を笑い飛ばしたいくらい溺愛してます。

(正直、今まで犬の方が可愛いのでは、と思ってたので自分が不安でした笑)


仕事のこととか気になることもあるけど、

最近は産休、育休頂いて、子育てに専念できる期間があることを本当に感謝。

ずっと我が子と一緒にいれる時間を大切にしたいと思いますハイハイスター


どうか健やかにそだってほしいです。


私も高齢出産なので、文明の力には頼りまくって、

いつまでも元気でいないと!

母親ビギナーですが、我が子と旦那さんと共に成長していきたいと思います。


※計画無痛分娩についてはいつか書きたいなと思います。書けるかな笑