アダルトチルドレン克服
心理支援サポート みかです。

 

 

 

 

 

 

Netflixで配信されている話題のドラマ
「地獄に堕ちるわよ」

 

ご覧になった方、

いますか?


このドラマを観ながら
考えていたことがあります。

 

 


細木数子さんのやったことを
肯定するわけではありません。
けれど、その生き抜き方には目を逸らせないものがありました。

 


 

細木数子という人を好きか嫌いかで言えば、
きっと嫌いな人も多いと思います。

私自身は、善悪で切るより
 

飢えを抱えた人間が力を持ったときに
何が起きるのか
として見ると、
とても深い題材だと感じました。

 

 

 

 



背景を理解することと、
加害や支配を美化することは違います。


でも、背景を見ないまま
表面だけで切ってしまうと
人間理解としては少し浅い気がしたのです。

 

 


ひとりの人間が、
なぜあれほどまでに財や力を求めたのか。
なぜあれほど人を惹きつけたのか。
なぜ人を救うように見える力が
いつしか支配にもなっていったのか。

私はそこを考えながら観ていました。

 

このドラマの冒頭の
車の中か移動中の会話で、
美乃里が(細木数子の人生を本にしたい/自伝的なものを書くために取材する立場の方)

細木数子に、たしか
「すべては何から始まったんですか?」
みたいに聞く場面があったんですね。

 

 

 

 

そこで細木数子が

「飢えね」

と答えるシーンがあります。

 

私はその一言がとても印象的で。
 

・・というのも、
私自身アダルトチルドレンの
生きづらさを抱えた方々の
カウンセリングをさせていただく中で、

愛情の飢え
金銭的な飢え
承認の飢え

さまざまな「飢え」「不足感」が与える影響を
日々感じているからです。
そして、私自身もまた
飢えを幼少期に感じてきたひとりでもあります。

 

 

飢えを抱えた人は、
ただ欲深くなるわけではありません。

愛されたい。
認められたい。
お金が欲しい。
力が欲しい。
人の上に立ちたい。

表面的にはそう見えるかもしれないんですよね。


でも、その奥にはもっと深いところで

 

もう二度と惨めな思いをしたくない。
もう二度とあの頃に戻りたくない。
もう二度と奪われたくない。
もう二度と誰かに支配されたくない。

 

“もう二度と、
あの無力で惨めな自分に戻りたくない”

という恐怖として身体に(トラウマ)残る
そんな恐れがあるのだと思います。


だから、一度強烈な欠乏を体験した人は、
満たされても止まれないことがあります。


お金が入ってもまだ足りない。
人に認められてもまだ安心できない。
愛されても、いつ失うか分からない。

これを強欲という言葉で
片づけられることも多いですが、
もっと根っこは
不足感が人格の奥に住みついてしまった状態
なのだと思います。

 

 

そしてこれは、
アダルトチルドレンの生きづらさにも
とても近いものがあります。

 

 

 

愛情に飢えて育った人は
単に「愛されたい人」になるだけではありません。

 

 

愛されるために、頑張りすぎる。
見捨てられないように、先回りする。
相手の機嫌を読みすぎる。
自分の価値を証明し続ける。
安心できる関係でも疑ってしまう。

 

幼少期に感じた飢えは、ただの感情では終わらず、
その人の「生き方の型」になっていきます。

 

 

それを改めて感じるドラマでした。

 

 



細木数子という人を、
もちろん「こういう人だった」と断定したいわけではありません。


彼女のやったことの是非は別として、あそこまでのし上がった背景には
単なる野心だけではなく、
そういう切実さが彼女を押し上げたのかもしれないなと感じました。

 

 

 


細木数子が多くの人を惹きつけたのは、
単に占いが当たったからではないと思います。
(もちろん、詐欺師だとか霊感商法だとか、そう見られて嫌われていた部分もあると思います)

 

 

人の不安を読む力があった。
人の孤独を見抜く力があった。
人が誰かに言ってほしかった言葉を
強い言葉で差し出す力があった。

 

でも、その力を持った人自身が
自分の飢えを
鎮めきれていなかったとしたら、

救いと支配の境界線は
どんどん曖昧になっていきます。

 

 

これは、カウンセリングや
人を支える仕事にも
とても大事な視点だと思っています。

 

 

人の痛みが分かることは、大きな力です。

 

 

苦しんできた人ほど、
同じように苦しむ人の気持ちに
敏感になれます。

 

 

でも、自分の飢えに気づかないまま
誰かを助けようとすると、
無意識に「必要とされること」で
自分を満たそうとしてしまうことがあります。


相手のために見えて、
本当は自分が安心したい。

 

相手を救っているようで、
本当は自分の価値を確認したい。

 

相手を導いているようで、
本当は自分を保とうとしている。

 

こういうことは、人を支える側にいる人ほど
とても丁寧に見ていく必要があると
思い出させてくれるドラマでした。

 

 

 

飢えがあったことは、悪ではありません。

 

 

愛されなかったこと。
満たされなかったこと。
守られなかったこと。
奪われたこと。
惨めな思いをしたこと。

 

 

それらは、その人の責任ではないことも多い。

 

 

でも、飢えがあったからといって、
その飢えに自分の人生のハンドルを
握らせてしまうと、

 

いつか自分も、誰かも、苦しくなってしまう。

 

 

 

 

だから大切なのは
飢えに支配されていないか
気づくことなのだと思います。

 

 

そこを見ないまま、
お金や成功や承認や恋愛で埋めようとしても
不足感は形を変えて残り続けます。

 

 

 

細木数子という人を見ていると、
人間の中にあるものすごい生命力と、
ものすごい危うさの両方を感じました。

 

 

欠乏やあらゆる裏切り(恨み)から
人はここまで成り上がれるし

でも、ネガティブを抱えたまま力を持つと、
人を巻き込むこともある。

 


私はあの生き方を
簡単には嫌いだとか詐欺師だ
とかいう感想だけを持つことはできませんでした。

 

 

 

人間は、たぶん、
そんなふうに一色では語れないですよね‥

 

 

 

 

善人か、悪人か。
救う人か、支配する人か。

 

そうやって分けられるものでもなく、


実際の人間はもっと複雑で、
もっと矛盾していてもっと哀しい。

 

 

 

そしてこれは
特別な誰かだけの話でもないよな、
と思いました。
 

 

私たちの中にも、小さな飢えはあります。

 

 

愛されたい。
認められたい。
分かってほしい。
安心したい。
もう傷つきたくない。

 

 

その飢えをなかったことにするほど、
それは別の形で
人生を動かしていく、ということが
よくわかるドラマだったように思います。

 

 

そして、その飢えを責めるのではなく
「私は本当は、ずっと何が欲しかったんだろう」
と丁寧に見てあげること。

 

 

そこからしか本当の意味で
人は自由になれないのかもしれません。

 

 

 

 

 

最後までご覧くださりありがとうございました。
何か違った視点のヒントにつながると幸いです。




  

 

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何か少しでもヒントになると幸いです。

 

 

 

 

最後までご覧くださり

ありがとうございました☺️
 

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