今日は、ララの命日です。2019年3月14日、ララがお空に旅立ちました。
今でも、やはり思い出さない日もないほどに
会いたくて会いたくて仕方ない日が沢山あります。
最近は、ブログをまめに投稿していた時期から、よく読んでいたダックスちゃんのブログ、
最近、悲しいお別れのブログ続きで、あー、あの頃、私もあー思ってたなーとか、こーだったと特に思い出したりして、そうか、もう、みんな何歳なんだよなとか、ララだって、もし、生きてたら、20歳超えてるよなーとかね。月日が過ぎてゆくと言うことは、ある意味寂しいですね。
ララのこの表情好きだったな。
この写真も好き
孫との2ショットだものね。
2018年の年末に、具合が悪くなり
心臓が悪かったララは、手術も出来ないと言われて、おそらく1週間位が山だと言われて、
諦めきれない私は、セカンドオピニオンを受け
そこでも答えは、一緒で、そこの待合室で頭が真っ白になって、隣の診察室で診察していたワンちゃんの飼い主さんが、大変そうね?こんな可愛い顔してるのにねーとか、話しかけて下さったのに上手く返事ができなくて、そこに携帯を忘れて帰り、正月休みに入った病院に明くる日、取りに行く始末だったし、ララを家に連れ帰り、晩御飯の材料もなくて、急いで買い物に出かけ、ショッピングセンターでどこに車を止めたか、わからなくなって
駐車場をウロウロしてたら、だんなさんの同級生親子にあい、車がわからなくなってーとボーって答えてて、後であの時は、ララの事で大変だったんだねーと言われ、きっと、おかしい奴と思われてたんだと思います。
どこも治せないなら、ララもずっと通い慣れた病院が良いだろうし、先生も元旦から開けて診てくれたし、ララの死を受け入れられない私は、色んな事を試した。
先生達の予想に反してララは、一時期、歩けるし、ご飯も食べれる様になり、きっと、ララは
私に受けいれる時間をくれる為に頑張ってくれたんだと思います。
ふたりで日向ぼっこしたり、ふたりで病院に通って、ほほをすりすりしながら車に乗って
同じ道を帰りながら沢山の話をしたね。
正月が山から、3月に入り、このまま15歳までいけるんやない?なんて妹は言ってましたが、
なんとなくの違和感はありました。
でも、ララは最後の最後まで自分の命を懸命に漏らし尽くしてくれました。
ある程度受け入れなければと覚悟はしてたものの
実際のお別れは、これが膝から崩れ落ちるという経験を初めてしました。もう力のないララの体が、私の腕から落ちそうで、力いっぱい抱きしめて大声で泣きました。あー、思い出すと泣けて来る。
亡くなる日の朝、ララが最後にないたクーンって泣いた小さい声は、お母さん痛いよーって言ったみたいで、私の抱きかた悪かったのかと思い、ごめんごめん、痛かった?って言って。
そのクーンは、痛いよだったのか?助けてだったのか?さよならだよだったのか、今でもわかりません。
あれから、色んな事があり、出会い、別れ、本当に沢山の事がありました。
でも、今でも変わらず思うのは、ララは、私の宝物です。今までもこれからもずっと。
何も持たないし、何の色もない私の人生に色を付けてくれた第一人者は、ララです。
あなたのおかげで、私は、今もワン達に囲まれて生きてる。1人じゃない生活を送れてます。
いまでも、ララと頬をスリスリした感覚も撫でてた、指の感触も匂いも今だに、はっきりと私の中にあります。
また、会える時まで、ララ、楽しみにしてるよ。
また、一緒に暮らそうね。
また、会える日までバイバイ
ララ、愛しのララ...。