続きです。
すみません、色々思い出して書いてたら・・・
これまた長いです![]()
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若干スピリチュアル系の話になるので苦手な方はお戻りくださいね。
あ、あと!
昨日載せたスカイダイビングの写真ですが後ろにいるのはインストラクターの方です~!
元カレとかじゃないよ!追加で書きましたが念の為こちらでも補足させてください~![]()
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長男が生まれてからも占いの結果がずっと頭の中にあり、
周りには一人っ子宣言をずっとしていた私。
もう1人は?いうようなことを言う義母をのらりくらりとかわし・・・![]()
実母には占いの話もしてたので、『1人でいいんじゃない?』とは言われてました。
実母も占いとかそういう系信じるタイプの人。
長男が産まれて何ヶ月か経った頃から、旦那が子供がもう一人欲しいと言い出しました。
子供の相手するのに疲れていた私、
(きょうだいがいたほうが一緒に遊んでくれて楽になるかも・・・
)
と思ったのもあり、
またまた妊活を開始したのでした。
が、やはりどこかで占い師さんに言われた言葉を忘れることが出来ず・・・
妊娠前には出生前診断の本を読んだこともありました。
そもそも子供1人でも大変なのに、障がいのある子はなおさら私には無理なんじゃないかと。
→前にも書いた通り元々子供好きじゃない人なので。
妊活後、めでたく妊娠発覚!!
出産予定日は私が中学生の頃亡くなった祖父の命日の1日違いでした。
父の両親と同居していた私。
母と祖母は折り合いが悪かったものの、祖父はとてもいい人でみんなに好かれていました。
確か当時70代前半だったと思いますが、突然の心筋梗塞からの死だったかと。
みんなの悲しみはとても深く、特に母はショックが大きく心身ともに体調を崩したりなどもありました。
その祖父が酉年だっだんです。
家の中で同じ干支は私と祖父だけでした。
私も酉年で妊娠時35歳、出産のときは36歳年女。
妊娠中の子(たいちゃん)も酉年になる予定でした。
この子はなんだか亡くなった祖父と縁がある子だな、とずっと思っていて。
出産予定日をどうにかおじいちゃんの命日と一緒にならないか?
と先生に予定日をずらせないか聞いたり。←あくまで予定日なのにw
そして無理ですって断られた![]()
そんなこんなで、出生前診断を受けようかとちょっと迷っていた私だったのですが、
その後も色々調べた中で、生まれてから障がいがわかる子で、
ダウン症の子が1/4で残りの3/4は調べてもわからない、
というような記述を見たりしたのもあって・・・
(大金もかかるし)
(検査はしなくてもいいや!おじいちゃんが守ってくれるわー
検査でわかるダウン症だけ除外しようとするのも、なんか違うな)
って思ったのです。
そして、そのまま検査などはせず出産することにしたのでありました。
あ、あと長男を出産したとき私33歳だったのですが、
子育て支援センターなどで知り合ったり、見かけたママ達を見ると
意外と私より年齢が高いママが多かったな~ってのもあるんですね。
だから36歳の出産だけど、まあ大丈夫っしょ!って思ったのもあるかも。
40代の4人お子さんがいる方には(4人目が長男と同級生)『まだまだ大丈夫よ!もっと産みなよ!』なんて言われたなぁ・・・笑
ちなみに妊婦検診で首のむくみとかも聞いたけど何も言われなかった。
というか、今の段階で見てもわかりません、というような答えだったかな?
あとその当時、学生時代の先輩の子供が心臓の病気で、3歳で亡くなっていて・・・![]()
(ダウン症ではなく、単心室とかだったかと)
『お腹の子の心臓は大丈夫でしょうか?』
ってのを何度か先生に確認した記憶もあり。
結果そのときはわからなかったけど、ちょっと穴空いてました。
ただ妊娠後期で足の長さ(FL)を測ったときに、
1か月くらい短かったのもあり、
検索するとやはり出てくるんですよ。
『ダウン症』
ってワードが。
産まれてからじゃなきゃわからないことではあったものの・・・
そりゃあ不安でした![]()
旦那に何度か訴えた。
『子供がダウン症だったらどうしよう?私は育てられないかもしれない。
占いの通りになるかもしれない』
旦那『大丈夫!大丈夫!俺が引き取って育ててもいい』
絶対ダウン症の子生まれるわけないだろって旦那は思ってたハズなのでかなり強気発言!!!
って話をあらかじめしてたんですよねー。
なので・・・
何かあっても旦那が育ててくれるから大丈夫だ。
私は何も背負わなくていいんだ。
って気持ちが根本にずっとあり、そのことは産後の私を助けてくれました。
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そんなこんなで妊娠中は色々あったものの・・・
予定日から数日遅れて陣痛からスタートの出産。
和痛分娩にしたので1人目より断然楽だったし、産後も余裕があった。
出産した瞬間は・・・
産まれた顔を見て、
『長男とそっくりだ!違った!よかった!』
とは思ったものの・・・
基本母子同室の病院でしたが私は同じ部屋で子供と過ごせず、
新生児室でずっと酸素のお部屋の中に入れられていました。
そんな次男(たいちゃん)を見て
面会に来てくれた妹が、
『この子、二重だね!いいね!
』
と言ったのをきっかけに、またまたダウン症の特徴を調べたら当てはまること多数。
旦那・長男モロ一重。
私も今は二重ですが若いころは一重で必死にアイプチとかしてたら二重になったクチ。
遺伝的に二重は産まれねーだろ!と思ってた。
うちの場合はあとは両手ますかけ線とかだったかな。
→でもこれは長男も産後はますかけ線あったのであてにならんな、と思った
今はそんなに気にならないものの、
出産翌日に確認した時は耳も折れてたのでこれはかなり当てはまる・・・と思ったなぁ。
で、自分のほうから病院の助産師さんに、
『この子はダウン症ではないですか?』
と聞きました。
その時は夜だったので、先生はおらず・・・
助産師さんからは、
『私のほうからは何とも言えないから、明日の朝いちばんに先生とお話しましょう』
と言われたました。
その夜は(みなさんもよくご存じだとは思いますが)寝れずに検索しまくりで朝を迎え、
翌朝先生と話して、
『ダウン症の可能性が高いと私も思います。ここの産院じゃ調べられないので大きい病院へ搬送しましょう』
ということで急遽救急車に乗って大きい病院へ移動しました。
なんだか、現実なのか、よくわからなくて・・・
酸素のコット(名前わからん)に裸のまま入れられてる次男を見ながら、
(あぁ~救急車に乗るんだ。長男が見たら喜ぶかな?)
とぼんやりした頭で考えて、
一緒に同乗してくれた看護師さんに、
『あの~動画撮ってもいいですか?』
と言って今思い返してもクレイジーな、救急搬送される次男を動画におさめたのでした![]()
いやぁ看護師さんも困るよね・・・。周りの機材とかが映らなければって快くOKしてくださったのですが![]()
今じゃもう当時の感情などははっきりとは思い出せないけれど、
産後大変だったよなあ・・・としみじみ思います。
が、占いのおかげで(?)なんとなく心構えが出来ていたので、
やっぱりそうだったかーーとも思いました。
長男妊娠前からちょくちょく発達障害系の子のブログを読んでいたのもあり、
生まれたときに何でもなくても、
いずれ障がいがわかる可能性はあるんだよなーと思っていました。
だからきっと次男が生まれてからもずっとこの子はなんかあるんじゃないか?って探しながら育てていくのかなって思ってた。
今回産後すぐ障がいがわかったので、
『今後育てながらこの子は障がいがあるのか?ないのか?』
って悩む必要がなくなったな、とちょっとホッとしたところもあります。
グレーで悩むんではなく、いわゆるブラックだったわけだけど![]()
まー障がいのある子を育てるのは、健常の長男とは違った意味で
通院も多いし、周りに気を遣わせたり、気を使ったり、
きょうだいのこれからを想像したり、どんな成長をしていくのか先が見えなくて不安になったり、
将来のお金の子との心配したりとか、
色々大変なことはあるものの・・・
想像したよりはずっと平和で幸せな生活が出来ているかなーと思います![]()
開き直った部分もある気がするけど、まあ余計な心配をしながら生きるより、
今を楽しく生きたくて![]()
なので、本当に、亡くなったおじいちゃんがあの日に出産予定日を設定してくれたのかな?
と今でも思い出すことがある。
もし、1ヵ月でも出産予定日が違っていたら・・・
私は出生前診断を受けたかもしれない。
そうしたら、今目の前で笑っている・生きている・この子はいなかったかもしれない。
そう思うとものすごく、怖い。
本当に、元気に生きていてくれて、生まれてきてくれてありがとうという気持ちがたくさん![]()
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ご先祖様に生かされているなあ。
まとまりなく、長くなりましたが、お読みくださりありがとうございました![]()
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また時間あるときにでも障害受容についての話かきまーす!

