ツムギとチェルシー
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5月

5月の緑が好きです。
別にこの時季が一年で一番好きってわけじゃないです。
冬が一番好きだけど、季節ってなんでも好きです。春も夏も秋も好きです
色とかもなんでも好きです。数字とかもです。
それぞれに個性やかっこよさがあると思います。

5月の緑が好きです。
冬が終わって春がやってきて、桜が散った後にそこら中から芽吹く緑は、とても強く感じられます。
なんだかすごく鮮やかに感じられます。


別に命の息吹がどうとかそんなフザケた事は言いません。

よく晴れた日の空の青とかと一緒に目に映る緑が好きなんです。


その中には多分もう僕が大きく損なってしまったものがあるんだと思います。
僕だって笑う事が出来ます。楽しく陽気に過ごしたりします。前向きに建設的に物事を考える日もあります。

だけど僕の中の大事な何かは、
例えばそれは5月の緑の中とかにあるものです、
それはいつからか僕から零れ落ちてしまいました。



こんなはずじゃなかったって、
言ってばかりいても仕方ないので、

今日も何とか頑張ります。



とか言ったらチェルシーふてくされてる。

大丈夫だって、多分。

ありがとね。

違う(言葉)

なんだかんだ言って僕にも今まで色々あった気がします。
でもそんなの誰だってそうです。

誰かを好きになったり、
信じたり疑ったり、
裏切ったり裏切られたり、
選択肢がある時はまだいいです。
きっと真剣に取り組めば後悔せずに済むからです。
選択肢もクソもなくて、何も選べなくて、誰も悪くなくて、どうしたって避けようがなかったような、
そんな種類の悲しい事もたまにあります。
事故みたいなもんです。

別に何が言いたい訳じゃないです。

ただ、僕たちがいつもいつだって苦しむのは、人の気持ちがわからないって事です。
どこまで行ったってわからないって事です。
君と僕は違うって事です。
何がどうしたって君と僕は永遠に違うっていう、
当たり前だけどそれ故に、
余りにも鋭く僕たちの心臓に穴を空けてしまう、

そんな事実です。

言葉って、それを意識して、やっと並べられるもんです。
僕はそう思います。

ひとりひとりの頭の中は、心の中は、
それぞれが無限で、
流れ続けて行く感覚の中から、
他の全部零しながら、なんとか掬い取る事の出来た言葉たちを、

忘れてしまう前に、

どっかに残しておいてやりたいなぁって、
そう思います。

ちっぽけな話です。
言葉に出来なかった、形に出来なかったたくさんの想いを前にしたら、
余りにもちっぽけな話です。
でもそれでいいと思います。


ほんとはチェルシーがみんな知ってます。


君と僕は違うけれど、
僕は君の心を思い浮かべようとしました。
どれだけ思っても、
それがピッタリ重なる事は多分ありません。
でも僕は君の心を思い浮かべました。
きっと明日もそうします。

僕は僕の、この頼りない言葉を使って、
君に伝えなきゃいけない事があります。

手探りで探した体温を確かめてから、

優しく微笑む君に。

グループ展

僕は芸大に通ってます。
友達もいます。
その友達たちとグループ展を今日からやります。

こういうみんなで力を合わせてっていうのは昔っから苦手だったんですが、今はそーでもないです。
どっちがいいかはよくわかりません。
つまんなくなったとも言えるし社交的になってエライとも言えます。

どーでもいいです。


僕はチェルシーの絵を描きました。
必死で描きました。
これで二回目です。(ほんとはもっとです。)

絵を描いてると、何かが見えたような、何かがわかったような、何か一本線がすーっと真っ直ぐ通って、(あぁ、そういう事だったんだ)って思えるような瞬間があります。
でもそんなものは上手く説明出来ません。

それが出来るなら僕は絵を描いたり詩を作ったりしないで済みます。


チェルシー、僕はタバコをやめる事が出来ました。

好きな娘に長生きして欲しいからです。



それって良い事かな、悪い事かな。




今日もゆらゆら歩いていくだけです。

同じ歩幅…

同じリズム…