その後ハスキーとは一応、来月会って話すということになりました。

 

機嫌が悪い時に、何かと印象的だったのは、彼がそれでも最近何か面白い映画は見ていないか、と聞いてきたことでした。

 

映画って。

 

だいたいそんな気分じゃないし。

 

と思っていましたが、今日、突発的に PERFECT DAYS を見てみたくなって、見ました。

 

レビューを読んだりしたわけではありませんが、母から話を聞いたり、YouTube上の予告に英語で寄せられたコメントを見たりした印象からは、淡々と生きる男性の姿に勇気をもらえる系の映画かと思っていました。

 

が、私の個人的な感想はちょっと違うというか。

 

まず、構成として面白いと思ったのは、前半、ほとんど言葉を発しない主人公の発語量が後半で倍増する点です。それは、物語の「動」と比例するわけですが。

 

前半はとにかく主人公の「ルーティン」を描くことに割かれていますよね。「ルーティン」イコール「静」。

 

後半でそのルーティンが崩れていく。

 

新たな登場人物が職場まで付いてきたり、職場の人間が逆にいなくなったり、行きつけの店に新たな人物が登場したり。そしてこれらの「変則的な出来事」イコール「動」の中で、主人公がそもそもなぜこのルーティンを確立することになったかが少しだけ垣間見えるようなやり取りも見られます。

 

そこからの最後の車中のシーン。

 

映画ではこの車中で流れるカセットテープの音楽がとても良いアクセントになっていますが、私は最後のシーンに差し掛かる数秒前から、最後の曲は何を持ってくるのだろうと少しソワソワしていました。

 

で、ニーナ・シモーンの feeling good が流れてきた瞬間、なるほどなぁと深く頷きました。そして、視聴者が好きな楽曲をここに当てはめられるという企画があったとして、私も同じ楽曲を選ぶだろうと思いました。

 

これは確か、黒人公民権運動の中で書かれた楽曲?だったように記憶していますが(違ったらごめんなさい)、要するにこれは「めっちゃ気分がいいぜ」という軽めの「feeling good」ではなく、世の中いろんな理不尽なことがあるけれど、私の機嫌は誰にも損なわせないわ、どんな世界でも私は愛して生きていくの、という強い決意がこもった楽曲のように私はいつも思って聞いてきました。

 

だから、あの役所広司の泣き笑いも私にはそのように見えたのです。

 

いつか「マチネの終わりに」について書いた「大聖堂」という記事で触れた、人生の悲哀を表現した石田氏の演技に通じるものがあるというか。

 

外国人には、役所氏演じる主人公のライフスタイルが「禅」に見えるようですが、そういう「スタイル」の括りにしたくない感情的な何かを私はこの映画に感じました。

 

表面的なところだけ見れば、断捨離しきった禅っぽい生き方が魅力的!今この瞬間を大切に!みたいな解釈になるのかもしれませんが。

 

個人的にはそこじゃないというか。

 

そう思わないと生きていけない、世捨て人にでもならないとやっていけねえこの世の中でも、気が狂わないようにルーティンにしがみついて、その中に何とかきらりと光る何かを追い求めたい主人公の心情が、私にはヒシヒシと伝わってきました。

 

翻って。

 

私は自分の仕事が好きです。生まれ変わっても私になりたいかどうかは正直わかりませんが、生まれ変わっても医師になりたいとは思います。

 

でも今日ばかりはトイレ掃除職人を羨ましく思いました。

 

私が医療者として自分の仕事を愛しているのは、患者さんの病気を治癒できることにやり甲斐を感じること以上に、病気の人間やその周囲の人間関係に深い興味を抱いているからです。

 

最近では、レヴィー小体型認知症の患者さんを支えるために集まった元妻と息子と姉の姿が記憶に新しいのですが、患者さん本人は同性パートナーと再婚していて、それでも「家族」が集まって患者さんを支えようとする様子が私には奇跡のように感じられました。

 

そういう人間の姿を目撃し続けたくて私はこの仕事を続けているように思います。

 

でも一方で最近は、そういう場面を見ると少しだけ胸がちくっと痛くなることがあります。自分が同じ状況になったとき、私は一人で受診するのだろうかと。

 

それは重要じゃないというか、この世に生まれて来られて、クソみたいなことばかり起きる世の中でも、少しは良いことがあるということを目撃できているだけでも素晴らしいことなのに。

 

でも少し心が疲れている時は、私もトイレ掃除職人になれたらなぁなんて思うものなのかもしれませんね。

 

トイレという人間の生活の場でありながら、なんとなく一般世界から隔絶された職場。そこを中心にしたルーティンは、人間との関わり方も好きなように自己調節できる。映画後半のように、ルーティンが崩れることもあるけれど、基本的には平穏で、心を乱されることもない。I'm feelin good! と自分に言い聞かせるには絶好の環境。

 

ハスキーが実家に遊びに来た時に、あ、これパーフェクトデイズに出てきたトイレだ!と言っていて、まさかと思いましたが、確かに役所氏はうちの近所のトイレを掃除していました笑

 

急に仕事を変えることはできないし、急にハスキーのことを嫌いになることもできないけれど。

 

今日は風呂掃除でもして寝ようと思います。