フィリピンの親日感情 | 「何時か見た青い空」 フィリピンへの誘い

「何時か見た青い空」 フィリピンへの誘い

青い空と青い海に囲まれて、今なお残るスペイン統治の面影。この国に旅してみたい、住んでみたいという方の参考になればと思います

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フィリピン人の対日感情は非常に良好である。

アメリカや台湾と並んで、世界の中でも日本という国、そして日本人が好きな民族だと思う。

フィリピンを旅行された方で、フィリピン人と接して日本人であるがゆえに嫌な思いをされた人はほとんどいないと思う。
先の大戦で、日米の覇権の狭間の中で111万人という犠牲者を出したにもかかわらずである。

いろいろな理由が考えられるが、先日のブログ、『困窮邦人』で紹介したフィリピン在住の大先輩で「セブのご意見番」と呼ばれる、岡 昭さんの講演会の中の話を紹介しよう。

「良くなった日本人のイメージ」

私がフィリピンに初めて参りましたのは1957年、今から45年前です。当時は、「街の中を歩けば絶対に日本語は話さないでくれ」と、こちらの政府のお役人から言われている時代でした。テレビや映画館で常に上映されているのは悪虐な日本人に痛めつけられたフィリピン人といった紋切り型のストーリーがほとんどでした。その当時と比べますと、今ではフィリピンは台湾に次ぐ親日国といえるほどになったのではないでしょうか。

 その大きな原因の1つは、フィリピンの歴史教科書が日本軍または軍政の問題点を公平に取り上げていることだと思います。もちろん、バターンやリパの虐殺事件など色々なものが描かれておりますが、誇大な評価や悪意がなく、韓国や中国の教科書と比べると公平無比な表現で書かれています。ですから子供達がいたずらに反日感情へ押しやられることのない教育が戦後30年、40年と続いて参りました。その影響は非常に大きかったと思います。

 2番目にはやはり「ジャパゆき」さんの貢献です。彼女達が田舎に帰って近所の人たちに話すのは、日本人は素晴らしかったということです。口コミに頼るフィリピンではこれがプラスに働いたと思います。

 3番目には、日本のアニメーションの貢献。フィリピンのテレビで、日本のアニメが毎週29本も放映されております。ほとんどが夕方の四時半から、日曜日朝8時という特殊な時間帯で、皆さんの目に触れることはないと思いますが、こんなにも流されているのです。そして、子供達はこれらが日本製であるということを良く知っております。日本でも流行った『クレヨンしんちゃん』。フィリピンでは『サムライX』となっている『るろうに剣心』。年代を遡りますと『アルプスの少女ハイジ』などが放映されています。そんなこの特殊な分野を通じて、日本の良いイメージを形成しているのではなかろうかと感じております。

もちろん自動車とか、テレビなどの工業製品や電化製品など、良いイメージ形成に貢献したものはたくさんございます。これらが相乗効果的に日本人のイメージを良くしてくれていると感じています。
私はフィリピンの学校教育で太平洋戦争のことがどう描かれてきたのか実際に見聞きしていないので、事実のほどはわからないが、きっとそうだったのだと思う。

特に戦争問題では、以前も書いたが、サンフランシスコ講和条約でのフィリピンの代表ロムロ氏の演説が思い出される。
あなた方の我々に与えた傷はどんな黄金やこの世のものをもってしても元に戻るものではない。
しかし、運命は我々を隣人にした。我々はともに平和に生きるほかはない。
そのためには我々が許しと友情の手を差述べる前に日本は心からの悔恨と生まれ変わる証拠を示して欲しい。
戦争の犠牲になった国の代表としてはなんと慈悲にみちた言葉であろうか。
日本分割論を画策していた、ソビエトとは大違いである。

これに対して、日本の吉田茂首相が演説し、参加52カ国中49カ国の賛成で条約が成立し、朝鮮の独立、日本の台湾の権利放棄そして日本の独立が認められたのである。



2番目の日本への出稼ぎエンターテイナーに関してはまったく同じ印象をもつ。

いろいろな事情から、2年ほど前から比人エンターテイナーの日本への入国ビザの発給が厳しくなったが、最盛期には年間8万人を超えるフィリピン人女性が日本へ働きに出かけていたのである。

累計では何十万人ものフィリピン人女性が海を渡って日本の都会や田舎へ散らばっていった。

一部は、まったく無責任な日本人を父親とする子供を生んで、それらの子供たちは「新日系人」という呼ばれ方をされ社会問題になってはいるが、それ以外の大半の女性たちは日本で働くことによって、大きな幸せをつかんでいるのである。

今でも、フィリピンの田舎へ行くと、村の中に何軒かのちょっと小ぎれいな新しい家を見かけることがあるが、その多くは日本帰りの女性の家だと教えられる。

一種のジャパニーズ・ドリームだったのであろう。

しかも、経済的利益を得ただけではなく、ほとんど全員が口をそろえて、日本人、日本の国を好きだと言う。

彼女たちが日本滞在中に知り合えた日本人は、働く「お店」を通しての客や、買い物先での店員程度に限られていたのだろうけど、日本人の優しさと、結構、真面目なところに惹かれたのだと思う。

彼女たちの日本行きに関しては、光と影の部分があったのだろうけども、フィリピン人の日本に対する感情を良くしたことだけは間違いない。