「癒しの日曜日」11 | 「何時か見た青い空」 フィリピンへの誘い

「何時か見た青い空」 フィリピンへの誘い

青い空と青い海に囲まれて、今なお残るスペイン統治の面影。この国に旅してみたい、住んでみたいという方の参考になればと思います

最近、1人の日本人男性がマニラで亡くなって荼毘に付された記事が邦字紙「マニラ新聞」に載っていた。


「昨年11月上旬に病死、葬儀社に約2ヶ月半も遺体が保管されていた日本人男性(66)=群馬県館林市=が26日午後、首都圏マニラ市内の中国人墓地内の斎場でだびに付された。
火葬には遺体引き取り人となった前妻のフィリピン人女性(25)=マニラ在住=と男性との間に生まれていた1歳の子供が参列・・・(中略)。
引き取り人が火葬、遺体保管の経費などを支払えなかったため、2ヶ月以上もマニラ市内の民間葬儀社に安置されていた。」

同じ日本人の死に、冥福を祈るのは当然だが、この記事からいろいろなことを考えさせられる。

困窮日本人の海外での死、葬儀代も出せなかったのだから日本での身寄りもなかったのか、あるいは親類縁者と縁を切ってきたのか、年の離れた元夫婦、1歳の子供の将来等々・・・。





66歳と25歳の年の差に驚かれる人が多いと思うが、こちらでは決して珍しいことではない。

さすがフィリピン人同士では少ないが、私の友人にもご主人が67歳で奥様が30歳の仲睦ましいフィリピン人カップルがいるから、決して驚くことでもないし、こちらの人はその姿を見ても奇異に思う人はいない。

日本人とは年齢に対する考え方が違うようである。





高齢の外人と若いフィリピン人カップルは多い。

生活のため、お金目当てという人もいる。

でも、このカップルの場合、お金はなかった。

自分の葬儀の資金も残せなかったのだから。







「この日本人は幸せだったのだろうか?」

「このフィリピン人女性は幸せだったのだろうか、何故、別れても葬儀を執り行ってあげたのだろうか?」



新聞はこう続けている。
「火葬の前からタオルで目頭を押さえ通しの前妻は『最後には不仲になったが、いろいろな思い出がある。日本で生活していたころ、よく日本料理を作ってくれた。きまじめで優しい人だった』と語った。
遺骨は前妻が自宅に仮安置するという。」

この日本人がどんな人生を送ってきたのかはわからないが、無事、成仏できた事だけは間違いない。

別れても、あの世への旅立ちの面倒を見てくれる元妻なんて今の日本でいるだろうか。

子供をかかえたこの女性の前途はけっして易しいものとは思えないが、最後にこんな言葉をいった女性はこの結婚で幸せも味わったのだ、お金は残してもらえなかったけど。



1度でも契りを交わしたものどうしの絆を感じる。







1歳の子供?

何とかなるでしょう、ここはフィリピンである。

社会で、お互いにぶら下がりあい(助け合い)ながら生きていける。

この国では子供は神から授かった宝物である。

この国では、女性を「産む機械」などという人は誰もいない。




今回の件は、宗教を心にもつ意味も大いに感じさせてくれた。




今日は癒しの日曜日である。