SNSや動画配信、様々な情報や検索など
周りを注意深く観察していると
うまく話す人が多くなってきた。
本質的なところを話すと「めんどくさい」という人も多い。
基本的に「やれる」と「できる」を区別して考え。その人の行動、
自分の行動に注意している。
いまだに迷惑をかけている身分だが、考え方としてそうしている。
物には原価と売値がある。故郷限界値という言葉が今、思いついた。
「その人に食べてほしい!」もの。「余ったから食べてー」というもの。
自分に限界が来たら他人にそうはできない。
投資家などの世界とは別だと考えていたが、気持ちで世界は動いていて、その気持ちを推し量るという意味で対等か。
プロは仕事を早く、確実にしてお金をいただく。
その簡単に見える仕事をやるためには、その実績に経験もお金も時間もかかって、それができている。
現状だけの対価なんていう考え方はない。
(幼年期の子を預かる保育士さんほど本当の教育者だと思う)
5G手前で、自身を他人に理解し認めてもらう努力をしてこなかった人が多いように思う。よく見せようということはあってもだ。
これをやったから、それをしてもらって当然だ、というところに喜びはない。
まだまだ自分の力が足りないと小心に収めようとする。
見せてない辛労をわかってほしいサインを出すことなんてのは
お金をもらってるプライドが、そうはさせない。
大丈夫です。自分の分は自分で払いますというプライドは人として当然。そうしないと乞食になる。
2020はできることを一つ増やす。




