今回のテーマは日本国憲法です。日本国憲法と言えば、八月革命説と言う学説が有名ですね。有名なだけに批判も多いこの学説ですが、果敢にも竹田恒泰氏が小林節氏に習いながら「天皇は本当にただの象徴に堕ちたのか」において反論していたのが印象的です。

何故、未だに何十年も前の出来事について熾烈な論争が繰り広げられているのかは、憲法の重要性を知らない限りは絶対的に理解できません。ここからは、憲法が何故ここまで重要視されるのかについて考えていきましょう。


憲法と法律の関係性を図式化すると、憲法>法律となります。法律は国民に対する方向性なのに対して、憲法は国家を拘束します。簡単に言えば、国家の暴走を抑制する働きを有しているのです。ですから、国家の暴走(不当な法律)を憲法の正当性によって、法改正などを行い正当な法律にすることが可能となるのです。


法律に対しては憲法違反があります。では、憲法自体には憲法違反というものがありうるのでしょうか?

この問いに明確な答えは無いでしょうが(そもそもこの問い自体が僕の思いつきであり、成り立つものか知りません)、この問いを言い換えると憲法に何らかの不備があった際に憲法を改正できるのか。改正できるとして、その改正に限界はあるのかということです。


これは憲法学における大きな論点であり、さまざまな学説があります。ざっと挙げると、憲法改正無限界論、憲法改正限界論です。前者は憲法の改正要件さえ満たせば、どのようにも憲法を改正できるとする立場、後者は憲法を改正できるにしても、ある一定のラインを設け、そこから先は限界だから改正できないとする立場です。

先にあげた八月革命説は憲法改正限界論に立脚した上で、そこから特殊な論理を駆使しして論を成立させています。


思想>憲法>法律?

憲法の前文には、「われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する」という文章があり、このことから憲法を構成する特定の思想に反するならば、その憲法は特定の思想に適うように変更されなければいけないということがわかるはずです。

では、特定の思想とは何でしょうか?

それは、国民主権、平和主義、基本的人権の尊重です。これらの思想は相互に機能し合う関係にあります。そして、これらの思想の中核にあるのが、憲法13条の個人の尊厳です。


少しは、憲法について理解していただけたでしょうか。これ以上踏み込むと更にややこしくなるので、今回はここら辺にしておきましょう


ありがとうございました。