この夏に31年前に
交通事故をした
現場に行って来た。
トンネルの中に入って
すぐに観光バスの前に
オーバーランしてしまった。
私が、すべて悪いのです。
変わっていた。
ここの病院で
手術の時の血止めとして
フィブリノゲン製剤を使われた。
命を助けて頂いて
感謝しているので
恨みなどはない。
認可した厚生労働省は
責任を持たなければならない。
因みに製薬会社の
田辺三菱製薬(旧ミドリ十字)
の血液製剤部門は
日本血液製剤機構と
合併して消えていった(@_@)
この10月末に
薬害肝炎の治療は
終わったのでウィルスは
肝臓からは居なくなったが
薬害の被害者は
まだまだ続いている。
だから、私は闘うのです。
その時の記録が蘇る。
31年前も長野県茅野市にある
ヒュッテ・ウォールデンに
泊まった。
毎年、夏に恒例行事として
オートバイ乗りが集まる。
毎年、同じBBQだが、
それも良い(^○^)
その時に千切れた足を持って
病院まで走ってくれたシゲは
額の中から微笑む。
みんな仲間なんだよなぁ。
自分を助けてくれた
仲間だから死んだ後でも
共に生きた証としている。






