昨日の朝の風景です。
私は毎日のおつとめを
欠かせないので
お盆という意識は
余り持っておりません。
仏間に置いてある
テーブルは母親が使っていた
茶道の炉を用いて使っています。
さて、半田市の雲澤寺に
平和の鐘をつきにやって来ました。
私の中で、記念日という
言い方は好きではありません。
人の意識というのは
変わっていきます。
陸軍の大尉だった
明治生まれの父親は、
国旗掲揚と国歌を聞く度に
仲間が死んだと泣いていました。
実家の裏に小学校が立ち
月曜になると
全校集会があるので
堪りませんでした。
オリンピックなんかも
国旗に君が代が流れると
いつも泣くんです。
私が涙もろいのも
そこらへんの血だと思われます。
鐘をつくのは、
たったこれだけの市民です。
自分は情けないです。
そんな中でも、子ども達が
鐘をついてくれている。
有難い事です。
自分は、示し合わせて
動く事はしません。
自分の心がそうさせているのです。
昨日のブログで
孤独の事を書きました。
しかし、人間は孤独では
生きられないのです。
人と人の間が
人間だからです。
人間でよかったね(^^)/
命を大切にしましょう<(_ _)>





