明治37年5月19日、
石川県金沢市で父親は生を受けた。
生きていれば110才。
自分は父親が60才の時の子、
父は獣医師として満州にも行っていた。
子供の頃から戦争の事は聞いていた。
厳格な父親だったが、
スポーツ番組で日の丸・君が代の斉唱を聞くと
仲間が死んで逝ったと泣いていた。
誰が、望んで死んでいっただろう・・・
父親が残した書には、
戦死した仲間の写真が隣に掲載されていた。
父親と語り合った経験の記憶はないが、
今は心の中で父を強く感じる。
父を知る知人は、
お父さんに、そっくりになって来たとも言われる・・・
叔父はシベリア抑留で視力を失った。
因果果報。
西欧列強が世界各地で植民地支配していた時代を経て、
世界恐慌から大陸に活路を求めてしまった日本。
何事も必ず原因があるから結果がある訳だが、
戦争は終わってから、
どうして始まったかが観えてるが進行中では分からない。
安倍政権の憲法解釈及び集団的自衛権への転換は
血を流す国への大きな一歩なのは間違いないと考える!
歴史に残る大罪は後に証明されるだろう。
70年前の戦争では、
勝てるはずのない戦争でも優勢と報じていた日本。
国は常に嘘をつく!
同じ過ちをすべきではない!!
オヤジ!!
見守っていてくれヤ!!
愚息は闘い抜く!!
このブログは三年前の父親の誕生日に始めた


