初めてのオートバイ事故は18才の2月、
夜、キツイ陸上の練習を終えて帰宅する途中だった。
見通しの良い田んぼの中の交差点。
数百m手前から記憶が無いので、
酸欠に近かったのかも知れない。
一旦停止をそこそこに早出したのは自分だろうが、
左方から来たタクシーに原付の後部をはねられた。
15m程、飛ばされて田の中に落ちた。
幸い、土の上だったので、
左足の脛骨骨折と、
骨盤の披裂骨折で済んだ。
飛ばされた距離から言って、
タクシー側もスピードは出ていたかもしれないが、
三年連続での全国大会優勝の期待は、そこで途切れたww
自業自得だ!
後遺症で、左足の腓骨神経麻痺が残り、
走り高跳びの競技は断念さらざるを得なかったが、
踏み切り足を右足に変えて、目線までは飛べようになったが、
勝てるレベルではない。
オートバイは、チェンジの招きが出来ないので、
スクラップ屋さんでカブのシーソー式のチェンジをもらって来て、
RZ250に溶接。
山で走っていたww
アホやろ(^○^)
二度目の事故は、長野県の安曇野でのトンネル。
上高地に向かう途中。
左手にダムを見た。
決して、綺麗なお姉ちゃんに目がいった訳ではない!!
トンネルに入って明暗順で視力を一瞬失った。
入口から急カーブしていて
見えた時には正面に観光バス。
とっさにブレーキを踏んだが後輪がロックして、
バスの正面に出てしまった。
事故後、トンネル壁に反射板が付けられ
カーブが見えやすく改善された。
後輪のダブルのタイヤの1m手前から、
引きずり出されたが、
右足は千切れ!
十二指腸は破裂、
右手は骨が飛び出していた。
長女にも話はしてあるが、
自分が足を失ってなかったら、
この世には生まれていない!
このツーリング後に
中絶をする予定だったからだ。
僕の右足の代わりに生まれて来てくれた長女。
22才の時の交通事故で、
七ヶ月の入院生活だった。
人は何故?生きるのか!
死とは何か?
を哲学する時間に恵まれた。
本などの教科書を参考にしなかったから
自ら気がつけたと思っている!
そこで死を自分なりに解釈が出来て、
初めて生きるとは何かが見えてきたと思う。
僕にとって生きるとは?
闘う事、
それが勉強であったり、
仕事であったり、
病気であったり、
介護であったり、
人生のそれぞれの場面でテーマは変わったりするが、
いつでも、どこまでも闘い。
そして生き抜く事が大切だと、
気が付けたのは経験のお陰なんだなぁ♡
縁起は因果果報。
己は自分以外の縁起で成り立っている。
だから、人、自然、万物すべてに優しくしたいね(^○^)
おじちゃん⇒お袋⇒自分 と半世紀以上は育てている
なんの変哲もないオリズル欄の鉢。
命を繋ぐって自分自身が生きる事でもあるようだ!!
生きれ!
生きれ!
這いつくばっても、
枯れそうになっても生きれ!
見守り続けるで、
最期まで生き抜け!!
届け心のメッセージ

