1997年COP3の京都国際会議場前で
NGOの方と共にプラカードを上げていた。
仲間のオートバイ乗りに誘われたから行ったのであって、
当時、二酸化炭素問題の緊迫感はさほどなかった。
抗議の場で知り合った方が屋久島に住んでみえた。
国境なき医師団の今田氏だった。
1998年、屋久島にオートバイで向った。
先住民の杜というフォーラムに参加する為にだ!
ちょうど、オウム真理教の頃で公安当局も目を配っていた。
タイ奥地の山岳民族、
顔が似てるなぁと一枚撮ったが、
彼は部族長の息子。
あれから、16年。
族長となって今も闘っているだろう。
で、COP3
今は、ハッキリ解る。
あれは、クリントン政権時のゴア副大統領の策略でしかない。
上記、写真は愛知県岡崎市六名の
「串の家」さんがカウンター上に残してくれている。
食、酒、雰囲気、値段とも ご機嫌なお店。
記念日に特別な食事をなされたい時にどうぞ!!
僕の人生を知っている岡崎の名店、
ルーシーに聞いたとおっしゃって下さい。
値段は変わりません。

