朝一から、名駅で勉強会。
午後から、全国総会という事で、メルパルク名古屋に宿泊した。
全国からの方のエスコートもしたかった。
朝方には、やはり目が覚めてしまうww
朝風呂して、名駅に向かった。
勉強会、総会も有意義だった。
特に総会では激しい議論が交わされた。
少ない情報の中での議論は誤解が発生しやすい。
政治的な局面との絡みが必要な、法律や制度を創る最前線の場面では、
目標が目的に変わると目線が変わるような気がしてならない。
横並び的な意見になるのは、
牙を抜かれ、飼いならされたようにも写る時がある。
私は、1人意見が違っても臆する事なく発言させて頂く。
時には悪魔の弁護士的に賛成であっても
議論をさせる為に反対の意見もする。
自らも含め考える力を失った仮死状態の
ロボットにはなりたくない。
議論の場において、
言葉尻の間違いを吊るし上げ的にするのは、
議論の妨げになるばかりか遺恨を残してしまう。
大人の対応が求められるが、
空気を読む力が弱まっているようにも思える。
対立になりやすい、虚栄心は必要ない。
ミスは認め謝罪が必要な時には素直に陳謝して、
お互いが前向きに改善していけば良いのになぁと思う。
仲違いはワンサイドなんて事はない。
礼儀は、殺伐な空気になる程に大切になる。
有難う=感謝の心。
ごめんなさい=素直な心。
おめでとう=祝福の心。
これらを言われて、機嫌が悪くなるような人は
おらんやろ(^○^)
誕生日おめでとう だけは、
苦笑いになる年齢層もあるなぁww
自分はオートバイの事故で十二指腸が破裂した。
右足はその場で脛(すね)で千切れた。
自業自得の事故だから恨みはない。
事故のトラウマは、オートバイに再び乗る事で消した。
命を救って頂いたし、肝炎も運命だと思っていた。
ところが、自ら情報開示請求をしたら
輸血による感染ではなく薬害だった。
自分は国のミスで、
薬害肝炎患者にさせられたと知った。
愕然とした。
恨みはしないが、
怒りは忘れない。
私の子供が欲しいと言ってくれた人には、
自分が長く生きる自信がなく、
愛し合いながら、泣いて別れた。
家内は、亡き母親の介護をしている時に、
サポートしてくれた。
ルーちゃんのお嫁さんになるのが私の夢と言ってくれた。
母親の命日に籍を入れた。
お互い背負っているものはあるが、
前向きに生きている。
幸せだ。
人は心で生きている。
頭に血が昇るような
一時的な怒りの感情は時間と共に消えていくが、
怒りが腹まで下がると不動になる。
それが腹を括る(くくる)と云う状態だと思う。
生きると云う事は、
闘うという事。
生き様、
死に様、
我人生。
腹をくくって生きてます。
等身大の自分です。

