定規の目盛りは、1を1と仮定しているから、
成り立っているだけに想う。
算数の話だから、それで良いのだろう。
例えば、人の意識を操るお金。
大切だが、お金という道具に
心が使われてしまえば、人から離れてしまう。
お金という金融システムが蔓延る(はびこる)以前から
人は存在していたのだから解って頂けると思う。
交通事故で骨盤骨折の時は一ヶ月間、寝返りが出来なかった。
ベットの上で天井を見ながら、シートを敷いてもらい大便をする。
寝た状態で簡単に出来るものではない。
ある意味、自我との戦い.。
トイレに行けた時には嬉しかった。
十二指腸破裂の時は、一ヶ月間、水すら許されなかった。
栄養分は鎖骨横の静脈からカテーテルを注入されていた。
トイレには行かずに済んだ。
水が飲めた時には、「うまい!」という言葉と共に
嬉しくて涙が出た。
亡き母親には、心配と苦労ばかりをさせてしまった。
喜びに女という字が寄り添って
嬉しいという字になる。
お袋、ありがとう。
人生のそれぞれのステージにおいて、
苦労も喜びも付きものだ。
自分の中で、今、何をすべきなのか?
何が大切なのか?
もう一度、考え直す時期だとも思っている。
表現方法は何でも良いではないか?
私は自分の得意分野で声をあげたい!
好きこそ物の上手なれ。
人は成長と共に苦手な分野も変化する、
伸びたり縮んだりする定規のようだ。
人生はチャレンジの連続、
自信を持って強く生きよう。
麻子ちゃんは、目をひらいて寝るのが得意です。
それにオヤジがよく使うクッションの横取りもww
