まずは、厚労省に
第9回 肝炎対策推進協議会に向かいます。
東京駅の丸の内線 改札口で
ばったり、名古屋からの ちくわさんと遭遇です。
こういう出会いは、
一生の付き合いになるものです。
ちくわさんは、
岐阜県土岐の核融研での重水素実験反対の署名を
官邸前他にて書いてもらうために上京のようです。
たいした男です。
改札口で別れ、私は脱原発テントに激励とカンパへ・・・
たぶん、14回目くらいかなぁ~
インターネット放送中
厚労省に向かいます
会議は、午後5時~7時
終了後、タクシーで一路、
官邸前の抗議行動に、
いつものファミリーエリアで
パパママの幟が迎えてくれます。
紫野明日香さんの
通る声が引っ張ってくれます。
パパママの牽引して下さっている
二郎さんのお弟子さんのバチにも、みっけ!!
おっ!!
スッテカー
官邸前終了後に
経産省前の抗議に・・・
脱原発テントの前で、
愛知のミルケさんを発見!
事務局の方とピース
21時半発の
名古屋行の新幹線で帰りました。
ちなみに、ローカル線では
近駅までは、辿りつけませんでしたww
21時10分発が、
私の最終です。
スピーチは、こんな感じでさせて頂きました。
27年前に右足切断というオートバイ事故を起こしました。
自己責任です。
手術の際の薬で薬害C型肝炎患者にさせられました。
お話するのは、
私の病気のケースです。
放射能問題とは違います。
肝炎は数年で新しい治療薬が認可されそうですので、
私は病気とは戦います。
薬害肝炎は自己責任ではありませんが、人生が変わり苦しみます。
私は20年程で肝硬変、
肝臓がんになり死ぬと
言われました。
生き方が変わった!
太く短くと、
腹を決めたんです。
どうやら、生き抜くという強い意志を持つと自己免疫力が増すようです。
未だに生きてます。
まだまだ戦います。
さて、原発問題は
自己責任ではありませんが
日本中の人が
将来の不安で苦しんでいます。
私は、原発問題と薬害問題は
根底は同じだと思っています。
実際、薬害の現場にいくと利権構造があからさまに見えます。
私は1998年の
長野パラリンピックを見にいって勇気をもらいました。
その頃は義足を剥き出しで歩くと、
見世物を見るような視線で見られていましたが、
今は、ジロジロ見られません!
それだけ時代が
変わったのでしょう。
脱原発のデモも、残念ですが見世物を見るような視線を感じる事があります。
でも、近い将来、必ず変わる!
必ず変えます!
私達は311で何が大切かを気づいてしまったんです。
みんなで、
その道筋を創って参りましょう。
私は昨年7月1日に大飯原発のゲート前に立ちました。
再稼働反対の抗議にです。
そこには、お子さんをきつく抱きしめながら、
お父さん、お母さんが声をあげ続けてくれていた。
私は、その姿をみて気がついたんです。情操教育の現場だ!
子ども達は、やがて優しい勇者になって、声をあげてくれると!
私がファミリーエリアを支持しているのもそこなんです。
子どもは未来を創る!そして繋げる場がここなんです。
自然は壊され人の心も身体もズタズタです。 我々の住む地球は偉大です。
いつかは豊かな自然が蘇るでしょ。
我々の命、100年生きれる方は一握りです。
植えた桜の木は、自分たちが花を見るために植えるのではありません。
次の世代に満開の花を咲かせる為に植えるんです。
脱原発の戦いは
次の世代の為に戦うんです。
今世、最期のチャンスです。 武器を手にするつもりはありません。
胸を張り、拳を突き上げ叫びます。
原発なんていらない!!
再稼働反対!
今すぐ廃炉!
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