4年半前に母親が病に倒れました。
親不孝していましたので、懺悔のつもりで己の為に
介護をしたかったので仕事は退き会社自体をたたみました。
半年間でしっかり見送る事が出来ました。
母没後、3年間は生きる目標を失っていました。
両親を送り、子供を成人し、先が見えない肝炎患者
稼いだお金は全部使い切りました。
そんな時、新聞である記事を目にしました。
薬害肝炎患者 米で移植
移植費用は○○○○万円
えッー 薬害って、そんなに慰謝料もらえるの?
実際には違いましたが(笑)
で、調べてみることにしたんです。
菅直人元首相が労働厚生大臣の時にC型肝炎問題を陳謝してくれたおかげで、
薬害肝炎の問題は前進した経緯があります。
そのおかげで、入院していた病院に問い合わすと22年前のカルテを調べてくれたんです。
以前、問い合わせた時には、そういう対応はされませんでした。
数日後、電話連絡があり、フィブリノゲン製剤が使用されていた事が判明しました。
以前は、輸血によって感染したと思っていましたから運命だと思っていましたが
国、製薬会社に問題があると分かれば話は別です。
私は父親譲りで愛国心が強いので裏切られた感すらありました。
大好きな国に殺されてたまるか! 何かを怨むような形で苦しみたくないという思いから、
裁判を経て、交付金を受け取りそのお金を使って治療に専念しました。
治療後にウィルスは再燃しましたが再度治療します。
現在している脱原発⇒自然エネルギー運動もそのお金を注ぎ込んでいます。
有効に使いたいからです。
以下、治療体験談です。
私は基本的に薬が好きではありません。
向精神薬や睡眠導入剤 ロキソニンも
極力使いたくないので方法を模索しました。
ストレス要因を捨てる
具体的には、仕事、金銭関係の心配をなくしました。
長く住んだ家を壊し、賃貸物件に建て替えて自分は他の地域に引っ越しました。
子供は家から自立させました。
治療に専念したかったので、3年ほどかけてそのような状況を作り上げました。
気晴らしができる事を見つける。 何も考えないで済む時間を作りました。
長い時間の日差しもよくありませんが、私は釣りに出かけました。
食事は、食欲が落ちるので食べたいものを何回にも分けて食しました。
毎朝、お経を唱えるようになりました。
携帯・電話・新聞・テレビ 止めました。
自分がストレスを感じるものは、極力削除していきました。
欝は毎週、投与と共に訪れましたので、ドクターストップ前には、
時計の針の音までストレスなりました。
家庭菜園を始めました。日に日に植物が育つのが、喜びを感じる事が出来ました。
喜びを持つという事も大切だと思います。
私は、薬に支配さたくないので、その趣旨をお医者様に素直に話し理解して頂きました。
信頼しております。 良い先生に出会えて幸せです。感謝
治療は、東北震災において自分が何も行動が出来ないという自責の念から
一過性のストレス過多に陥りドクターストップになりました。
2ヵ月後、ウイルスは再燃しましたが、平気です。また、やっつけてやります。
だから、治療に際しては、余りハードルを高くしなくても良いと思います。
辛い副作用も書きましたが事実を知っていれば。こういうことなんだぁ~とわかって
いただけると信じて書きました。
例えば、
正座をすると足は痺れて痛くなりますよね。
生きているから、痛いんですよ。
もう、一度 正座をします。
足が痺れてきます。少しは、気持ちが和らぎませんか?
今は、薬害根絶の運動 脱原発の運動におつりの人生を使う事に決めました。
仲間は沢山います。みんなで乗り切って行きましょう。
左は車椅子のオートバイ乗り 元C型肝炎患者です
右は 義足のオートバイ乗り 現役C型肝炎患者です
2人とも上を向いて走り続けます(^_-)-☆
