最近息子が生まれたせいか、あるいは単にトシとったせいか、
家族についてよく考える。


私の仕事のパートナーは本当に家族を大事にしてる。
いつも親と電話でちょくちょく色んなことを話したりしてるし、


今回もクライアントの皆様を空港でお見送りした後、
その足でお母さんの還暦の誕生日にあわせてLAに来ている
家族を連れてラスベガスへドライブしたりしてる。


そんなことを書くと自分の親に怒られそうだが、彼を見て
えらいな、見習わなアカンな~と思いながらなにもしない
私である。(いや感謝してますよ~。)


そういえば大学院の卒業制作の撮影にいくつかのチームで
監督とかプロデューサーの親が手伝いに来ていた。
とくに何をするでもないのだが「子供をサポートする姿勢を
見せたい」と一人の母親は言っていた。


そんなことって日本ではまずないよなあ。
逆に自分が監督とかやってる現場に親おったらやりにくうて
しゃあないんちゃうかと思うんやけど別にそうでもないらしい。
子供も割と素直に親の姿勢をアプリシエイトしてるんですな。


いつも思うんですけど、こっちの人々は「ちゃんと言わな
伝わらん」「ちゃんとアクションしないと伝わらん」という
考え方が染み付いているように思う。だから小さいことでも
微に入り細に入り説明しだすので話が長いし、「そんなこと
あたりまえやないか」と思うことでも真顔で議論したりする。


日本のいわいる「1聞いて10を知る」とか「以心伝心」
みたいな逐一言わんでも理解し得てる美みたいな意識が
あんまりない気がしますね。


まあそれは世界の色んな地域から、色んな価値観や生活習慣も
全く違う人々が混じり合って生きて行く中で培われたもの
なんでしょうか。あるいは単なる発信好きなんでしょうか。


いずれにしても彼らを見ていて私は時に「そんなことあえて
言わんでも」という考え方を反省することがあります。
特に純日本人な私にとって両親や奥さんをはじめとする家族を
労る、感謝の意を表する言葉やアクションをとっているかな?
と折に触れて考えます。


言わんでも分かる間柄、でも言われたらやっぱり嬉しいこと、
してくれたら嬉しいことってありますよね。逆にずっと言わん
かったりせんかったりしたらちょっと寂しいというのもある
でしょう。


そんなことで今晩は還暦を迎えたパートナーのお母さんを囲む
小さなホームパーティに行ってきます。