今年3月22日に公開された映画「四月になれば彼女は」を、5月1日になって見に行き、その後繰り返して、計3回見てきました。一言で云えばはまったというやつです。なので、よかったところとか、思いつくままにだらだら書いてみます。

 

強調したいのは、何気ない音楽で伏線を仕込んでいたり、映像も音楽もかなりしっかり作られた映画だという点です。

 

ストーリーを極簡単に書いてしまうとこんな感じ。
「藤代(主人公)が大学生の頃であったころ、写真部の後輩である春という女性と恋人になり世界各地の風景を写真に撮りに旅に行く計画をしていたものの、結局かなうことなく別れた。その後、藤代は大学を卒業し、医者になり、患者として現れた弥生という女性と恋人となり婚約するが、結婚式が近づいたある日弥生は失踪する。失踪する前に、藤代宛に春からかつて計画した世界各地を旅し、撮影した写真とともに、過去を振り返り現在の思いをつづる手紙が、旅先から届く。藤代は弥生を探し、そして自分と弥生の関係性を振り返るが、そのような時に、春がなくなったという報せが藤代に届く。春が亡くなった施設へ藤代が行き、遺品のカメラを渡される。そのカメラの中に残されたフィルムにはカメラに向かってほほ笑む弥生の姿が写されていた。」


映画のよかった点を、端的に書いてしまえば、「映像の美しさ」「音楽の美しさ」そして、これらと映画のメッセージとの間の考えられた「作りこみ」の3点でした。

特にこの「作りこみ」が細かいくて、映画の脚本演出などが練られたものだということがわかります。

 

「映像の美しさ」これは冒頭のウユニ塩湖のシーンでの立体的な透明感がある映像やブラックサンドビーチでの直上からの空撮は圧巻の美しさといっていいのではないでしょうか。このほかも、橋の上で藤代と春が写真を撮っているシーン、桜の木のシーン他、美しいシーンが続きます。
 

「音楽の美しさ」サウンドトラックに収録されている "End of trip" や "Like a mirror"は、春の旅の映像や様々な場面で使われますが、とても印象的です。
サウンドトラック以外にも使われている音楽がいくつかありますが、いずれも印象的です。

3点目の「映画のメッセージ」との映像と音楽の関係の「作りこみ」の例を一つしめすとすれば、映画の冒頭の方に出てくる弥生と藤代が結婚式場の下見をするシーンを取り上げたいと思います。
 

 弥生と藤代が結婚式場のチャペルに案内されるシーンで、背景に「Blessed be the God and Father」(Samuel Sebastian Wesley作曲)という英国国教会で使われる聖歌が流れます。このシーンでは、チャペルには聖歌隊がいるわけでもなく、この曲は式場のBGMとして流されている設定でもないことがシーンの切り替えでも音楽が続けて流れていることからわかります。では、なぜ、このシーンでこの曲が流れているのか。

この聖歌の歌詞には次のような部分が続きます。

「あなたを召された方が聖なるお方であるように、

 すべての行いにおいて聖なる者となりなさい。

 この世での滞在の間、恐れをもって時を過ごしなさい。
 

 純粋な心から熱心に互いに愛し合いなさい。 

 互いに愛し合いなさい。

 純粋な心から熱心に互いに愛し合いなさい。


 新しく生まれたのです、 腐る種ではなく、 

 腐らない種によって、 神の言葉によって。」

 映画の中で投げかけられたメッセージは何だったのだろうかを後で振り返ると、
映画の予告動画でも繰り返し使われた失踪した弥生が残した問いかけ「愛を終わらせない方法は何でしょう?」といえるでしょう。
 

 弥生は、愛を失うことを「恐れる」ために、愛されることを避けていました。
 

 この問いに対する失踪前の弥生の答えは「手に入れないこと」でした。

 藤代と弥生二人の関係が変わってしまった理由は「愛することを怠った」でした。

 しかし、映画の最後での答えは「熱心に愛し合うこと」 

 ただしく愛を失うことを「恐れ」、そして「熱心に愛し合うこと」


 この答えは、結婚式場のシーンでBGMのように流されていた音楽の中に、示されていたのです。

 わたくしにとっては、春と藤代が朝日を撮影に行きお互いの気持ちを確かめた公園の高台は、何度も行った公園の一角だったり、弥生が勤める動物園もそのそばだったり、春と藤代が雨の中写真を撮っていたガード下は何度もあるいた場所だったりと、身近な場所だったことも、ハマった理由かもしれません。また、藤代の職業も私の職業とかぶってますし。春が最期にいた施設のロケ地は、何気に行ったことある海岸だったし....

 発売予定のブルーレイディスクを予約しましたので、また、見直して、楽しみたいと思います。

 

 

 あ、それから、聖歌の翻訳部分ですけれど、もちろん聖歌なので、本当は関連する聖書の部分があります。

新約聖書ペテロの第1の手紙1章
17 あなたがたは、ひとをそれぞれのしわざにおうじて、公平こうへいにさばくかたを、ちちんでいるからには、地上ちじょう宿やどっているあいだを、おそれのこころをもってごすべきである。

22 あなたがたは、真理しんりしたがうことによって、たましいをきよめ、いつわりのない兄弟きょうだいあいをいだくにいたったのであるから、たがいこころからあつあいいなさい。

というのに対応するのですが、それはそれで。

 

 

 

 

良い演奏会だったので、印象が薄れないうちに書いておこう。

 

金沢アートホールで「長原幸太&鍵冨弦太郎デュオ・リサイタル」を聞いてきました。

2023年7月6日午後7時開演

バイオリン習っていたかなう先生のツイッターで演奏会を知り、予告プログラムを見た瞬間、万難を排しても聞きに行くことを決意した演奏会。

 

何が、そこまで駆り立てたか。プログラムですよ。

バイオリン2台 ピアノ等なし。

バイオリン2台だけです。

で、プログラムは、ルクレールの2台の....じゃない!そんなありがちなプログラムではありません。
攻めています!

当日は、仕事をさっさと切り上げて、それでも会場に開演20分前着。

会場に行くと、同僚のH先生の姿が。向こうもこちらを見つけてご挨拶。

お子さんが、かなう先生のところで習っていたけれど、いまも続けているそうで、

元生徒(私)&生徒のお父さんという謎の関係(笑)

 

しかし、金沢アートホールの席、半分くらいしか埋まっていなくて、何故、この演奏会に人が入らないのか、全く理解できません。高木凛々子リサイタルが満席になるのなら、この演奏会満席じゃないといけないだろうと思うのですが、若くてきれいなお姉さまの集客力が....以下自粛

 

さて、定刻に開始

 

Beriot:Trois Duos Concertants pur deux Violin in D Major  Op. 57 Nr.3 

Ernst:   Etude No. 6  Variations on 'The Last Rose of the Summer'

List (arr. Milstein): Der Tanz  in  der Dorfschenke S514/R181

Ernst:  Grand Caprice sur Le roi des aulnes de F. Schubert Op. 26 D328

 

お休み 20分

 

Kreisler: Recitativo und Scherzo-Caprice Op.6

Milstein: Paganiniana

Ysaye:   Six Sonates pour Violon Seul Op.27 No6 (E Major)

Spohr:   Trois Duo Concertants pour Deux Violons  Op. 67 No2 (D Major)

 

...... すげえ..... 



ベリオ は、バイオリン2台なのに、ちゃんとオーケストラの音が頭の中で構成される。

佳き演奏です。二人のバイオリン、同じ種類の弦使っていたのか、音色にほとんど差がなく、一体感のある演奏。出だしから、音楽堪能しました。

今回、お目当ての曲 1/4

 

エルンストの 夏の名残のバラ
ある意味、定番ですが、左手ピチカート、フラジヨット、ダブルストップなどを当たり前に駆使して、音楽を作っていくという、楽譜見たくない曲。演奏をガン見してました。

今回、お目当ての曲 2/4

 

List (arr. Milstein): Der Tanz  in  der Dorfschenke S514/R181
Ernst:  Grand Caprice sur Le roi des aulnes de F. Schubert Op. 26 D328

 

この2曲は、まさに何故か(勢いで?)無伴奏に編曲されたみたいな気も確かにする曲です。

List の方は、今回初めて聞きました。

Ernstの魔王 即興は、前に聞いたことがあります。バイオリン一台で、こんな風に表現できるのかと感心。

 

休憩はさんで

 

Kreisler: Recitativo und Scherzo-Caprice Op.6

 

今回、お目当ての曲 3/4

音の散らばりを、思い切り楽しんだひと時

 

Milstein: Paganiniana

Ysaye:   Six Sonates pour Violon Seul Op.27 No6 (E Major)

 

このあたりはやや定番

 

Spohr:   Trois Duo Concertants pour Deux Violons  Op. 67 No2 (D Major)

 

今回、お目当ての曲 4/4

本日最大の注目曲 今までライブで聴いたことありませんでした。
2台のバイオリンの音が、旋律が、和声が、溶け合い一体になり、

そしてまたふと分かれて立ち現れるという感覚を感じる演奏で、

大満足

 

あっという間の2時間でした。

 

お値段 2500円

コスパ最高! すばらしい。

 

 

2021年12月24日 クリスマス・イブ (主の降誕の祭日の前晩 つまり主の降誕の祭日の前日日没後「前晩の祈り」の時間の後)

 

 かほく市にある西田幾多郎記念哲学館ホールでクリスマスコンサートが行われることを知り、行って来ました。

今回で行くのは2回目になります。
 

 コロナウイルス感染症のせいで、Hodie Christus Natus Est (グレゴリオ聖歌 今日、救い主は生まれた)を歌うこともなく、バチカンからは中継もあるので....というのは理由になるかならないかはわかりませんが、教会へは行かず、コンサートへ。

 

 同じ時刻に松任で行われているコンサートに演奏者からお誘いを受けていたのですが、なぜかこちらのSQをどうしても聞かなければいけない気がして、西田幾多郎記念哲学館のコンサートに来ました。(Iさんごめんなさい。)

 

 

  いま、思い返せば、この謎の「聞かなければ感」は伏線だったのかもしれない。

 

 音楽堂のチケットボックスの販売チケットに、このコンサートの案内があり、Haydn の弦楽四重奏曲 Lobkowitz(ロブコヴィッツ) 2番( Op. 77 (HobIII/82) )とBeethoven の弦楽四重奏曲8番 Op. 59 Razumovsky  No. 2 が演奏されることを知ったとき、考えたことは、このプログラムでかほく市のあのホールで演奏会をして席は埋まるのだろうかということでした。弦楽四重奏は様々な曲を演奏することができますが、この若干ヘビーなプログラムではどれだけお客さんが集まるのかと心配したのです。他方、私は、OEKのメンバーでこの演奏が聴けることにとても期待して、24日のスケジュールをいろいろ考えたのですが、結局21日になって音楽堂でチケットを買ってきました。

 

 海外で夕のコンサートに行くときは、「服装って.....」とか、「夕食は近くのレストランでPre-Theatre Menuで食べてから言ったよな」とか思い、まあクリスマスイブだし、今回はちょっとちゃんとした格好で、それっぽい恰好していくことにしました。朝から、こんなコスで職場に行ったら、この格好は何だとか同僚にいじられつつ夕方を向かえます。

 

 

30年前に日赤から貰った某徽章。

今までほとんど付ける機会もなかったし、普通の人にはなんだかわからないだろうし、まあ、赤十字は十字から来ているからいいかな...とか。

下は、単にWestminster Abbeyで売っていた天使をモチーフにしたチャーム。ネクタイの色と合わせて、なんとなくクリスマスっぽく、という程度。

 いま思い起こせば、この格好も、伏線だったのかもしれない。

 

 そんなこんなで、職場を定時に退勤する雰囲気を周囲にまき散らしながら、無事定時で退勤することに成功。西田記念館へ向かいます。途中渋滞がありましたが、開演45分まえくらいちょうど人が集まり始めたころに駐車場へ到着しました。ご高齢の方数人が乗った車のすぐ隣が空いていたので、そこに駐車します。記念館へ向かう通路はライトアップされ、コンサートへの期待が高まります。

この建物は、コンクリート打ち放しのシンプルなデザインで、「哲学館」という名前にふさわしいそぎ落とされたイメージを与える建物です。

ホールにはまだ人はまばら、建物を見て回りながら開演を待ちます。

 

開演時間が近づくと驚いたことに、会場はほぼ満席(おそらく9割弱)になっていました。MCでの話を伺うと、今回で17回目だそうで、明確には話をしてはいなかったとおもいますが、毎回弦楽四重奏で行っているようでした。曲の選択は、演奏者に任されているようで、この場でこの曲が選ばれたのも演奏者主導で長年の積み重ねがあるのなら納得がいくとおもいました。

 

演奏は、まず、Haydn の ロブコヴィッツ 2番からです。 ハイドンの弦楽四重奏曲の中では演奏される頻度の高い曲です。
弦楽四重奏は、(当たり前ですが)各パート一人なので、数でごまかせず演奏者一人一人の責任は重大で、そして4人で合わせていくという、力量を求められる演奏形態です。

冒頭の部分から、ハイドンらしいリズム感とシャープさが4人の方の演奏できれいに形作られていて、とても安心して音楽に没入できる演奏で、各演奏者の力量の高さを感じながら演奏を楽しみました。1楽章から2楽章にかけてはとくに楽しくききました。

 

ここで19時30分で15分の休憩をはさみます。

この間に、私は、夜の哲学館建物巡りを継続します。といっても、展望室に行ってみただけです。

5階に設けられた展望室からは、ライトアップされた哲学館のアプローチから遠く街並みが一望できます。

展望室からホールに戻り、後半の演奏が始まるのを待ちます。

 

後半のプログラムはBeethoven 弦楽四重奏曲8番 Op. 59 Razumovsky  No. 2  

ベートーベンの弦楽四重奏曲といえば、やはりこれ。第一楽章の内省的な旋律を直接の音として立体感を感じながら聞けるのは幸せ。内声部のからみあい、VnとVcの掛け合いなど、曲の作りがまさにベートーベンらしく、作曲当時これを聴いた人にとっては、新しい音の聴こえ方だったのだろうなとおもいながら聞きました。第一楽章の終わりくらいになってくるとちょっとハーモニー感が弱くなっていたようにおもい、チューンがずれたかなと思っていたところ、第2楽章に入る前にチューン。第2楽章に入ってからの融けあう音は素晴らしいく、至福の時を......

 

でも、会場右手から人の話す声が.... まあ、それはそれとして、音楽に気持ちを向けて.....
でも、右手で両側の人に支えられて人が立ち上がり、通路にでて階段を上っていきます。
 

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 私にとっての今日のコンサートはここで終わりです。ありがとうございました。


 仕事柄、そっち方面のスイッチがはいってしまい、音楽を聴く体を保ちながら、その人たちの状況を観察します。

 以下は、こんな時に、どんなことを考えながら、私たちが動くのかを、一般の人にお伝えするために、少し書いてみたいと思います。
 

着席したまま、具合の悪い人の様子を観察します。

舞台上では、演奏が続きます。演奏者は気が付いているし、見えているとおもいますが、Show must Go onです。

観客を動揺させるのは、要救護者への対応にいいことはありませんので、速やかに場外に出すのが吉。

力は低下していてもある程度あり、意識は立位歩行がある程度可能、粗大な麻痺はない。二人に支えらながらも階段を上がっているので、ここで介入するとホール外にでる時間を延長させることになるので、観察を続けることに。

(この時からずっと、考えられる疾患ととらなければならない対応を先読みしながら観察を続けます。)

 

とはいえ、この状態が数分継続する状況なら、想定される病態から救急搬送は不可避です。

会場を離れる覚悟で、しずかに手元で荷物をまとめ始めます。(看護師さんとか一般のひとだと、救急隊へ引き継げばそこで責任は終了しますが、仕事柄、より進んだ介入をする場合は、救急搬送に同乗しないとならない可能性があるので、完全に会場を離れる準備をします。)


階段の途中から、一人女性が支援に入った。

階段を登り切ったあたりで動きが止まり、看護師らしい雰囲気の話し方で意識状態の確認が始まったのが聴こえてきます。
 

この時点以降では、訓練された救護者の数が重要になりますから、手元にまとめておいた荷物を持って席を立ち、速やかに客席の階段を上がり、要救護者のところへ。

 

先に要救護者の意識状態を確認し始めた看護師らしいひとが、麻痺、心拍、末梢循環などを確認し、救急車が手配され、コンサートのスタッフの人とホール外へ搬送する状況を確認し、ホール外へ出たところで、声をかけていつでも支援できる意思を伝えます。

 

この瞬間からあとについては、ザックリ割愛。(法的には準緊急事務管理が始まった)

 

救急隊到着後、

絶対的医行為と呼ばれる「医師以外は行うことができない行為」は必要ない状態であることを確認

救急車の救命救急士ができることで「医師の指示がないとやってはならない行為」も必要ないことを確認

現場から救急隊が要救護者を搬出したことを見届けます。

 

ここまでで責任を果たした(法的には準緊急事務管理が終了した)ので、ホールに戻ります。

ホールの中では、ラズモフスキー2番は3楽章の終わりに差し掛かっていました。

席を立ってから15分くらいでしょうか。演奏は中断されることなく、済んだようです。

 

演奏中でしたので、ホールの後ろの壁の前で立って聴いていたところ、スタッフさんに最後尾列に座るのを進められました。でも、さっき、救護にあたっていた看護師さんらしい人がすでに座っていて、その前を通るのも何なので、そのまま後ろで立って聞いていました。(ちなみに元の席には、どなたかがお座りになっていました。おそらく救護者の一人かな)

 

第4楽章からアンコールにかけては、行った対応や評価のリフレクション(反省)が頭を走っていて、私は音楽に没入はできませんでしたけれど、ホールの観客の皆さん、演奏最後まで楽しめましたか?

 

ホールの後ろに立っていたので、退場はほぼ先頭で。

駐車場に行くと、あれ?隣に止まっていた車がありません。

あの、隣の車の人だったのか.......  確かにそうかも。
 

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救護をしていた看護師さん(らしい人) お疲れさまでした。 よい、クリスマスイブを!

もう一人救護にあたっていたネックレスをしていた人、 主の平和!

ほか、救護にあたっていた人、スタッフの皆様 お疲れさまでした。

演奏者の皆さん、思わぬことが起きた中でもよい演奏をしてくださってありがとうございました。

具合悪くなった方が、大事無く回復されることをお祈りします。

 

Ubi caritas est vera deus ibi est.

 

神様、クリスマスプレゼントありがとうございました。

 

北陸の冬は、あらしと青空が雲の切れ間から覗く空から、雪交じりの雨が降るカオス。

 

11月末からすっかりそんな冬に入った12月4日松任駅前にある「白山市松任学習センタープララ コンサートホール」で 坂口昌優さん(Vn) 鶴見彩 さん(Pf) の演奏会を聴いてきました。

 

 

プログラムは、

 

 

エルガー 愛の挨拶

ブラームス(ヨアヒム編) ハンガリー舞曲第5番

クライスラー ロンドンデリーの歌

サンサーンス ヴァイオリン・ソナタ 第1番 ニ短調 Op. 75

 

ガーシュイン 三つの前奏曲

ブラームス  ヴァイオリン・ソナタ 第3番 ニ短調 Op. 108

 

で、サンサーンスとブラームスのヴァイオリン・ソナタを聴きたくて行って来ました。

 

バイオリンソナタを演奏会で聴くのは新型コロナ感染症で演奏会が次々と中止になる直前、2020年1月24日にハクジュホールで石上真由子によるヤナーチェク、ラヴェルを聴いて以来……

録音や配信で聴いても、実際にその場で、その場限りの音を聞くのとは全く異なる体験です。とても楽しみにこの日を待っていました。

 

坂口さんは、ベートーベン、グリーグ、幸田 延、FAE三楽章、モーツアルトなど多くの作曲家のヴァイオリン・ソナタを取り上げ演奏していて、コンサート情報で北陸のどこかで演奏しないかと時々探していました。以前、福光 ヘリオスでの演奏会はスケジュールが合わず行くことができず、坂口さんの演奏を聴くのは2016年の金沢市アートホール以来になります。石川で演奏会をするのは6年ぶりと演奏会で坂口さんが言っていたとおもいますが、そうすると前回は、前に聞いた2016年ということでしょうか。

 

 

 

まず、舞台にお二人が出てきた瞬間の印象ですが…. 坂口さんは、今回のチラシも2016年のチラシと同じアーチストプロフィール写真を使っていたため、髪を短くしていたりなど、少々戸惑いました。(わたくしは、もともと、人の顔を覚えるのは苦手なためもあるとはおもいます。)

(2016年の演奏会)

 

 

 

 

それでは、今回の演奏の話に…..

 

エルガー  愛の挨拶

 冒頭の部分を聴き、丁寧に一音一音解釈した演奏とよくわかる演奏で、松任まで聴きに来てよかったと思いました。頻繁に演奏される小品を冒頭に置いたのは、聴衆にいろいろな人がいることを考えた選択なのでしょうし、演奏会の来場者への挨拶でもあったのでしょうか。

 良く聞く曲で普通に旋律を聴いている分にはわからないし、あまり意識は向かないとおもいますが、演奏しやすく直されていない元の楽譜では技巧的にはフラジヨットが出てきたり、弦の指定があったりと、音色の指定を通じて作曲者の意図がちりばめられています。

 

ブラームス(ヨアヒム版) ハンガリー舞曲 第5番

 この曲も、お馴染みの小品で有名曲。でも、演奏する側としては、永遠にダブルストップが速いスピードで続く曲で、少しでも外すとはっきり分かる厄介な曲です。

 

クライスラー ロンドンデリーの歌

 そして、この曲も、バイオリン小品として多くの人が小中学校で聴いたことがあるはずのなじみのある曲です。

クライスラーの編曲は、確かダブルストップとかは使わないシンプルな編曲だった気がするのですが、坂口さんの演奏ではダブルストップ、フラジヨットの連続、それも綺麗に響かせようとすると結構面倒なダブルストップが連続していたような気がします。(あまり深く考えずに聞いていたので若干記憶があいまい)以前、同様のアレンジは聞いたことがあるように思い、たしかItzhak PerlmanIvry Gitlisがそのような演奏をしていたような気がしますがはて。(後で、楽譜見てみよう)

 

 ここまで、良く知られた曲の演奏が続き、楽しく演奏を聴きました。

 

前半の最後に、サンサーンス バイオリンソナタ第1番 ニ短調。

 深刻で激しく緊張の高い第1楽章、暗さのなかにも落ち着きを取り戻し、そしてピアノと対話していく第2楽章、ピアノとバイオリンが手を取り踊るような第3楽章、そしてバイオリン、ピアノが疾走し、そして息を落ち着かせてから、再び踊るようにフィナーレを迎える第4楽章。

 演奏会の会場で聴くのは、録音やStreamingを通じて聞くのとはまったく違い、直接聴くことができる幸せをかみしめながら聞きました。

 サンサーンスの良く知られている他の曲とは大分印象の違うヴァイオリン・ソナタですけれど、高い密度の緊張感と、自然でありながら整然としたのびやかな明るさの交錯に、ちょっと、北陸の気候を思い出しました。

 

ここで休憩をはさんで後半のプログラムへ

 

 

ガーシュイン 三つの前奏曲
バイオリン ピアノでの演奏は初めて聞きました。ちょうど映画「ミュジコフィリア」を(2回も ())見てきたばかりだったので、当時のニューヨークの人たちにとって、ガーシュインの曲は「"未聴感"」の塊だったのだろうなと思いながら、音に浸りました。

 ピアノと違い、弦楽器は、ポルタメント、そして連続的にグリサンドができますから、ガーシュインが出したかった音は弦楽器の方が出せるのかもしれないなどとも思ったり。

 

 プログラムノートには「さまざまな楽器のために編曲されていて、中でも作曲者と親交のあったヤッシャ・ハイフェッツによるヴァイオリン独奏用の編曲が有名」とさらっと書いてありましたが、この曲(バイオリン編曲)が演奏会で取り上げられるのは少なくとも日本では珍しくありませんか?

 

そして、プログラムの最後

 

ブラームス ヴァイオリン・ソナタ第3番 

 この曲も調性は、サンサーンスのソナタ1番とおなじニ短調 

 ブラームスらしい、重厚なきっちりとした曲を楽しみました。

 

 

アンコールは ブラームス の 子守歌

 鈴木メソッド バイオリン 指導曲集(4巻)に入っている曲なので、「坂口さんの教室で生徒さんの教材として使われているかな」「生徒さんへの模範演奏というか、生徒さんにも親しんでいる曲を演奏会で取り上げて、単なる練習用の曲ではないというメッセージを伝える意味もあるのかな」と勝手に想像していました。

 

そして、本当に最後の曲は クリスマスキャロルのメドレー

クリスマスに向かう季節を届けてくれました。

 

全体を通して、坂口さんと鶴見さんのしっかりと息の合った演奏を聴くことができて楽しいひと時を過ごすことができました。もっと、頻繁にこういう少し踏み込んだ構成のプログラムで演奏会を続けてほしいです。

なかなか金沢付近では、室内楽の演奏会だと潜在的な聴衆の数に見合う(使用料金を含め)丁度良い大きさの箱が見つけにくいようのかもしれませんが、ポピュラーな小品だけではない室内楽のプログラムが一定の頻度で行われるのは、クラシック音楽を聴く人の層を厚くするのに必要なのではないでしょうか。(能楽堂で定期で公演がされることで、愛好者が厚く維持されているように。)

 

それから、今回つかわれた「ぷらら コンサートホール」と観客数(定員の 1/3くらい)の影響もあるとおもいますが、残響時間が長めで、ピアノの音がよくひびき、そのために速いパッセージでピアノとバイオリンが旋律をやりとりしたり、和音を作る所で、音が重なってしまい、本来は見通しのよい音になるはずのところが、ぼんやりした印象になっていたように思います。ピアノを選ぶことも会場を選ぶこともできないので、難しいなあと思いました。

坂口さんのバイオリンの音色がピアノの音色から浮き立つ様な音色だと違って聞こえるのでしょうか。たまたま今回つかった弦の音色というのも影響して来るのでしょうね。

 

 曲目も、聞き手としては、とても充実した内容でよかったのです。でも、かなり緊張が必要で、力も必要な曲がつづくプログラムだったのではないでしょうか。.......結構大変そうな気が....

 しっかりしたプログラムをありがとうございました。

 

 芦別って、演奏会をする場所って、どこだったのでしょうか。

芦別といえば、大観音が目立ちますが、スターホテル?

 

  坂口さん、鶴見さんの演奏会が終わってしまった。あー。しばらく聞きたい演奏会がない….. 。つまらない。

 と、今思っている、楽しんだ演奏会でした。

 

追記
書き終わったあと、これを発見.,.. 再生数75回 (なかなか気づかれないのだろうなと)
【テレビ伝言板】デュオ・リサイタル チケットプレゼント https://youtu.be/pDYhSm7-nqY @YouTube

 

 

2021年11月24日 夕 場所は 石川県立音楽堂

オーケストラアンサンブル金沢(OEK) 定期演奏会

秋山和慶指揮

ベートーベン エグモント序曲

ハイドン    時計

ベートーベン バイオリン協奏曲 (Vn 前橋汀子)

を聞いてきました。

 

一言で感想を言えば、    いろいろ「情報量多い」

 

 新型コロナウイルス感染症流行後、私にとってはオーケストラの演奏会には初めて行きました。

 座席の販売制限はしていないとのことでしたが、聴衆はおおむね定員の 1/2~ 1/3 かな。1階席は 3/4くらい埋まっていましたが、2階以上はがらがらでした。聴衆の年齢構成は、普段よりかなり高めだったと思います。普段だと、かならず会場で同僚など知り合いにであうのですが、今回は知った顔はみあたらず、まだ同世代は市中には動いていないのだろうと思います。

 曲目はクラシックの聴衆としては定番中の定番の3曲 こんな時期でなければ、チケット完売でもおかしくなかったと思います。

 

 演奏が始まって、まず初めに思ったことは、「ライブで音をきくことができることはやはり幸せだ」ということ。

録音や配信など、新型コロナ下で様々な試みがされ、ポピュラーではFirst Take とかエキサイティングな動きが生まれたのはよかったとおもいますが、音楽を生の音として聞くことができることの情報量はとても多く、たのしく、幸せだとあらためて感じました。
 秋山和慶さんの指揮は、端正 ジェントルマン。クアラルンプールで聴いた時も(あの時はちょっとした事件がありました)沈着冷静な演奏でしたが、今回も端正。そしてジェントルマンです。
 

 演奏内容ですが、まず「エグモント序曲」 すばらしい。

 今回の、エグモント序曲は管とりわけファゴットがとても印象に残りました。そしてティンパニがなんかよかったです。

 エグモント序曲を普段聞いていても、あまりこのあたりの音のうつくしさを意識したことは無かったのですが、今回は何故か音を自然と追っていました。


 つづく ハイドン 「時計」  すばらしい。

 「時計」も管 フルート オーボエ ファゴット  特にフルートの演奏が、もう繊細優美で素晴らしかったです。

つい、「時計」第2楽章などは刻む弦が目立ちがちですが、今日の演奏は弦にからむフルートが際立っていました。

 

 10年前OEKの演奏を初めて聞いたとき、地元 金沢の人は讃えていたのですが、正直 それほど讃えるほどなのかと思ったことを今ここに告白します。そして、10年たった今、OEKの演奏は素晴らしかったと思います。(正直、いままで、結構避けていました)

 

 さて、チケットを買ったお目当ての ベートーベン バイオリン協奏曲 前橋汀子 Vn について。

 (前橋汀子さんのCDは数枚持っています。演奏好きです。)

 今日は、ドキドキしました。
 第1楽章
 冒頭からしばらく不安定な印象で、分散和音で進行するところが音をしばらく見失ったように、そして、鳴らしてはいけない音が聞こえる、音がとぶ(弓の圧が低くて間の弦で出すおとが飛んだ? 楽譜見ていないのでわからないですが)、ダブルストップが微妙にずれる....  「どうしたんだろう」「調律ずれたのか?」とかもやもや思いました。
 オケの人たちも、やや、弦の人を中心に、怪訝な雰囲気...  

 

  でも、指揮者の秋山和慶さん はジェントルマンです。OEKの演奏はしっかりソリストを支えていました。

 

 少しずつ安定してきたかなと思った、第2楽章もいろいろ不安定さがそこここで気になり、聴いていて入り込めないというか、楽しみ切れないというか、気持ちが「がんばって」という方を向いてしまいよくわからないままにバイオリンソロ部へ。ここのあたりから、落ち着いてきたのか、弓の切れた毛を抜いたあと 第3楽章はやっと安心して聴くことができ、最後は「がんばりましたね」と心の中で思ってしました。

 

 ということで「ドキドキ」しました。

 本日の演奏会は、CDのライブ録音が急遽予定されたらしく、直前(2日前)にプログラムの演奏順序の変更がアナウンスされました。
 その影響もあったのでしょうか。前橋汀子さんでも、不調の時があるんだなと思った、演奏会でした。

 

 なお、アンコール曲 ベートーベンのロマンス第2番 はよかったです。

 

 全体を通してみると、OEKの演奏水準の向上、秋山和慶さんのジェントルマンさ、そして時計でのフルートの美しい演奏と、ファゴットが印象に残った演奏会でした。

 

 情報量多くて、疲れました。

 

 

 

 

 

 

 

後ほど書くつもりですが、
いや、全く ドキドキした。
たぶん、結構、みんなドキドキしたはず。





2021年11月18日

新型コロナウイルス感染症による永いながい空白の時間の後に、2年ぶりに演奏会に出かけてきました。
改装されたばかりの 金沢市アートホール での 「メールブルーコンサート」というタイトルの演奏会。


演奏者は、山田ゆかり Pf. 、平野加奈 Pf. 、多田由実子 Fl. 、ジドレ・オヴシュカイテ Vn. 、池田洋子 Vc. と、金沢在住の演奏家でこの地域で室内楽の演奏を積極的に行っている人たち。

山田ゆかりさんは、管楽器、弦楽器の共演者として安定感ある演奏をいつもしている人。平野加奈さんは、あまり演奏を聴く機会がなかったのですが、以前聞いたときにはもっと聞いてみたいと思っていた人です。多田さんは、「金沢在住フルート演奏者といえば、多田さん!」という感じ。ジドレさんの演奏は今回初めて聞きます。池田さんの演奏は一度何かで聴いたので2度目。

 

プログラムは、フィギュアスケートで使われる音楽を取り上げて

 

1 チャイコフスキー 白鳥のみずうみ より 「情景」

  多田由実子 ジドレ・オヴシュカイテ 池田洋子 山田ゆかり

2 リスト 愛の夢 第3番

  多田由実子 山田ゆかり

3 プッチーニ トゥーランドット より 誰も寝てはならぬ

  池田洋子 山田ゆかり

4 ビゼー カルメン  より ハバネラ

  ジドレ・オヴシュカイテ 山田ゆかり

5 ショパン ノクターン 第20番「遺作」

  山田ゆかり

6 ショパン バラード 第1番

  山田ゆかり

7 ラフマニノフ ピアノ協奏曲第2番 第1楽章

  多田由実子 ジドレ・オヴシュカイテ 池田洋子 平野加奈 山田ゆかり

 

アンコール

 

でした。


感想ですが、まず とにかく山田ゆかりさん について書いておきたいと思います。

「お疲れさまでした。」

全部で弾きどおしでした。

それでも、それなのに、

 

ショパンのバラード 第1番 は、もう一度、いや2度3度聞きたいと思いました。

遺作の途中までは、抑制された感じをうけたのですけれど、中くらいからは「ショパン!」と思いながら聞いていました。
 
バラード第1番でそれなりに力も集中も使ったと思うのですが、それに続けて、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番第1楽章という大物のピアノパートを弾ききった感じ、大いに楽しかったです。
 
ラフマニノフのピアノコンチェルトは、ピアノ譜ではピアノパートとオーケストラパートが載っていますが、今回の演奏会では、Fl. Vn.Vc.はオーケストラ譜のまま演奏するとMCで話していましたので、ピアノ譜のオーケストラパートのまま、オーケストラパート譜をピアノで弾いたら重要な音がかぶるのではないかと心配したのですが、そのあたりは考慮して編曲されていたようです。
 
それでも、ピアノという楽器は優秀で、音量も大きく、また二人のピアニストもピアノをしっかり鳴らして演奏できる人なので、弦楽器やフルートの音量がどうしても負けがちになります。演奏を楽しむこととは別に、演奏を通じて、コンチェルトのソロ楽器を演奏するソリストのパワーの大きさを改めて感じました。(自分に > バイオリン「しっかり」弾かないと、こりゃ駄目だわ 反省)

リスト 愛の夢 第3番

プッチーニ トゥーランドット より 誰も寝てはならぬ
ビゼー カルメン  より ハバネラ
 
は、いずれも、よく耳にする、だれでも親しみのある選曲にしたのだと想像しますが、それぞれの演奏家さんの表現が出ていて、おもしろかったです。
 
できることなら、それぞれ演奏家さんによる、それぞれの楽器のより定番(?)の、例えば イベールのピエスとか、コダーイのソナタ8番とか、イザイの5番とかを聴いてみたい気がしました。いつの日か、聴ける機会があるといいなぁと思いました。(勝手な希望です。)
 

金沢市アートホールは、室内楽のホールとしてはかなり良いところだとおもいます。あまり金沢市では室内楽の演奏会が無くて、もったいない。クラシックの室内楽の演奏会に来る客数も少ないのも現実なので、室内楽の聴衆がもっと厚くなるといいなと思います。


演奏会の予定を教えてくれた、演奏者の某さん ありがとうございました (^^)


ブログ書いて、さらにこんなこと書くのもなんですが、音楽を聴いた感想を言葉にするのって、無理ですね。音楽の何物も表現していないし。書いても空疎だし。

 

☆☆☆ 一言でいえば   「でも、書きたくなるような演奏だったのですよ。」  です。 ☆☆☆

 

来週は ベートーベン バイオリン協奏曲 (前橋汀子 Vn ) 

再来週は ブ サン=サーンス ヴァイオリン・ソナタ第1番 ブラームス ヴァイオリン・ソナタ第3番  (坂口昌優 Vn)

と、永い休眠から抜けて、続けて聴きに行くつもりです。

 

(ブログに演奏会感想を書くのも久しぶりです。 この間、Wigmore とか St. Maarin-in-the-Fieldsとか、国内でも何度か聴きに行っていますが、省略ということで)

 

 出張で、イギリスに行ってきました。今回はLondonには泊まらない予定だったので、恒例化している夜のクラシックリサイタル(コンサート)巡りは無しの予定でした。行先は、ambridge 郊外の田舎の研究所。中の宿泊施設で、朝食から夕食まで3食付きの合宿生活で、周囲にはひなびた村があるだけ。
 ところが、帰り道が予定より速くヒースローに到着することがわかり、移動途中でロンドンの夜のコンサートを検索、オンラインでLondon Symphonic Orchestraのチケット残り数枚を発見、まだ実は行ったことのないバービカンホールへ、ヒースローのホテルに荷物を置いて、直ちに向かいました。時間節約のためにヒースローエキスプレスを使用しりして、何をやっているんだか(自分)


 
 

2016年日金沢市アートホールで、坂口昌優(さかぐちまゆ)ヴァイオリンリサイタルがあり聞きに行ってきました。

金沢で坂口昌優さんというひとがバイオリンを演奏していることを時々目にしていましたが、実際に演奏を聴いたことはありませんでした。他方、東京などで活動するPas de troisというグループの案内を見たことがあり、そこに坂口さんというバイオリニストがいることはうっすら記憶に残っていました。

 週末急きょ金沢にとどまることになったときに、知人が今回のリサイタルの案内をFBにアップロードしていて、この坂口さんと坂口さんが同一人物と気づき、プログラムも興味があり、聞きに行ってきました。

 

曲目

1 クライスラー コレルリの主題による変奏曲

2  W.A.モーツアルト バイオリン・ソナタ28番 ホ短調 K.304

3 イザイ 無伴奏バイオリン・ソナタ 第5番

4 イザイ 無伴奏バイオリン・ソナタ 第3番

5 フランク バイオリン・ソナタ イ長調

アンコール

山本正美作曲 皇后陛下作詞 ねむの木の子守歌

Vn. 坂口昌優 Pf. 鶴見彩

 

会場となった金沢市アートホールは、308席の多目的ホールですが、室内楽の演奏会をするのには適した場所で、かつて南紫音がデビュー直後のツアーで金沢に来た時にも使用したホールです。

 クラシック、室内楽では、このホールが満席になることはあまりないと思うのですが(南紫音の時は席は1/3程度しかはいっていませんでした)、今回は後部座席はほぼ満席、前部座席も空席が少しと、多くの聴衆を迎えてのリサイタルになりました。地元、石川県期待の気鋭演奏家であり、また関係の人も多く聞きに来ていたのかもしれません。坂口さんにとって、今回のリサイタルは、ベルギー留学から帰国後初のリサイタルだそうで、今まで学んできたことを表現し、これからの演奏活動の出発点とするという位置づけを持たせているように、演奏の途中でお話をされていたように記憶しています。

  クライスラー コレルリの主題による変奏曲 は、緊張されていたのか、若干不安定な印象が受けるところもありましたが、モーツアルトのバイオリン・ソナタ28番でピアノとバイオリンの対話をする演奏を通して、のびやかな演奏になっていくように思いました。

 モーツアルトのバイオリン・ソナタでは、鶴見彩さんのピアノ演奏と坂口昌優さんのバイオリン演奏がお互いに控えめに相手と「対話」するかのような安定した一体感のある曲を作り出していたと感じました。

 ここで、演奏される曲の雰囲気が変わり、本日の主題であるベルギーゆかりの作曲家による作品の演奏にかわります。

 イザイ 無伴奏バイオリン・ソナタ 第5番、 第3番 坂口さんは、十二分に曲を消化して、それぞれの曲を、緊張感高く、優雅さを鮮烈に描き出し、引き込まれる演奏でした。

 フランク バイオリン・ソナタ イ長調 優美で繊細かつ力づよいこの曲を、曇りを見せることない演奏で楽しみました。第4楽章の中ほどで、少し気のせいか緊張がゆるんだ瞬間があったのでしょうか… 

  坂口さんの演奏を聴いていて、頭に浮かんだ印象は「物語」でした。

 今回、坂口さんが、それぞれの作品を、ひとつづつ、丁寧に物語として語っているかのような、そんな気持ちにいつの間にかなりながら、分離された立体的な音の構造を楽しみました。今回演奏されたイザイの作品、そしてフランクの作品もまた、技巧的な要素を多く含んでいたり、大きな構成を持っています。特にイザイの作品の演奏を聴くと、演奏家によってはVirtuosicな表現をなんとなくでも織り込んでしまっている感を受けることもしばしばありますが、坂口さんの今日の演奏は丁寧ストイック、理解をしながら、技術的部門も飲み込みながらそれらから自由というような印象も受け、素直な人の言葉の語りのようなつもりになって聞いたのかもしれません。

  ピアノの鶴見彩さんの演奏に、ぜひ触れておきたいと思います。モーツアルトのソナタ、フランクのソナタでの演奏は、坂口さんの演奏と相まって、これらの作品を立体的に構築していると感じました。フランクのソナタでは、曲の性質や今回のリサイタルの性質を考えられて、少し控えめな演奏をされたのかもしれないと感じました。技術に裏付けられた演奏を楽しみました。

  今週9月9日には東京・南麻布セントレホールで同プログラムのリサイタルが、日墺文化協会の主催で行われます。(クライスラーはオーストリア出身)こちらではさらに充実した演奏となることと思い、さらなるご成功をお祈りします。

 (感想を書いていない演奏会から)

 しばらく、聞いた演奏会の感想を書いていませんでした。この間、石上真由子さんのコルンゴルト(カフェモンタージュ)、谷本華子さんのラヴェル バイオリンソナタ第1番 第2番 フォーレ バイオリンソナタ 第1番(カフェモンタージュ)、黒川侑さん、青木恵音さんのリサイタル(石田屋 gamadan)他を聞いています。ここに名前を出した演奏はいずれも素晴らしい演奏で、その時間をその場所で過ごし、その場で生まれてそして去っていく音楽の魅力を心に刻んだ演奏でした。ですので、時間もたった今、感想として書くのもためらわれますので、この項で名前だけ記すことにします。


楽譜の間に、古いはがきが一枚挟まっていた。 「古楽器による バロック音楽の夕べ ROI SOLEIL 王朝のエスプリ」 プロムジクス神奈川第36回定期演奏会  朝倉蒼生,三宅春恵(Sop.)、 及川真理子(Cem.) 大竹尚之(Rec.),   志水 哲雄, 宇田川貞夫、神戸愉樹美(Vdg.) とても懐かしい名前  そして、現在もご活躍の演奏家たち、亡くなった演奏家の名前もある。 消印は1983年  演奏者と聞き手の 距離がとても近かったこと... 
プロムジクス神奈川公演はがき1983mask

朝倉蒼生さんは、2013年9月4日逝去
三宅春恵さんは、2005年12月9日逝去
及川真理子さんも亡くなった。お嬢様はチェンバロの及川 れいねさん

大竹尚之さんは、現在も演奏活動をされ、後進の指導をしている。
志水哲雄さんは、昭和音楽大学を今年定年退職
神戸愉樹美さんも、現在も演奏活動をされ、後進の指導をしている。


現在は、もう、この時の演奏者の指導を受けた人が、演奏活動の中心になっている。
当時、私は高校生だったので、同世代程度の人が演奏活動の中心と思えば、それも当然の時の流れかもしれない。そして、現在はさらにもう一つ下の世代の人が演奏活動を始めている。

演奏を聞いたのはそれほど前ではないような気がしたが、30年以上前のことになる。