今年3月22日に公開された映画「四月になれば彼女は」を、5月1日になって見に行き、その後繰り返して、計3回見てきました。一言で云えばはまったというやつです。なので、よかったところとか、思いつくままにだらだら書いてみます。
強調したいのは、何気ない音楽で伏線を仕込んでいたり、映像も音楽もかなりしっかり作られた映画だという点です。
ストーリーを極簡単に書いてしまうとこんな感じ。
「藤代(主人公)が大学生の頃であったころ、写真部の後輩である春という女性と恋人になり世界各地の風景を写真に撮りに旅に行く計画をしていたものの、結局かなうことなく別れた。その後、藤代は大学を卒業し、医者になり、患者として現れた弥生という女性と恋人となり婚約するが、結婚式が近づいたある日弥生は失踪する。失踪する前に、藤代宛に春からかつて計画した世界各地を旅し、撮影した写真とともに、過去を振り返り現在の思いをつづる手紙が、旅先から届く。藤代は弥生を探し、そして自分と弥生の関係性を振り返るが、そのような時に、春がなくなったという報せが藤代に届く。春が亡くなった施設へ藤代が行き、遺品のカメラを渡される。そのカメラの中に残されたフィルムにはカメラに向かってほほ笑む弥生の姿が写されていた。」
映画のよかった点を、端的に書いてしまえば、「映像の美しさ」「音楽の美しさ」そして、これらと映画のメッセージとの間の考えられた「作りこみ」の3点でした。
特にこの「作りこみ」が細かいくて、映画の脚本演出などが練られたものだということがわかります。
「映像の美しさ」これは冒頭のウユニ塩湖のシーンでの立体的な透明感がある映像やブラックサンドビーチでの直上からの空撮は圧巻の美しさといっていいのではないでしょうか。このほかも、橋の上で藤代と春が写真を撮っているシーン、桜の木のシーン他、美しいシーンが続きます。
「音楽の美しさ」サウンドトラックに収録されている "End of trip" や "Like a mirror"は、春の旅の映像や様々な場面で使われますが、とても印象的です。
サウンドトラック以外にも使われている音楽がいくつかありますが、いずれも印象的です。
3点目の「映画のメッセージ」との映像と音楽の関係の「作りこみ」の例を一つしめすとすれば、映画の冒頭の方に出てくる弥生と藤代が結婚式場の下見をするシーンを取り上げたいと思います。
弥生と藤代が結婚式場のチャペルに案内されるシーンで、背景に「Blessed be the God and Father」(Samuel Sebastian Wesley作曲)という英国国教会で使われる聖歌が流れます。このシーンでは、チャペルには聖歌隊がいるわけでもなく、この曲は式場のBGMとして流されている設定でもないことがシーンの切り替えでも音楽が続けて流れていることからわかります。では、なぜ、このシーンでこの曲が流れているのか。
この聖歌の歌詞には次のような部分が続きます。
「あなたを召された方が聖なるお方であるように、
すべての行いにおいて聖なる者となりなさい。
この世での滞在の間、恐れをもって時を過ごしなさい。
純粋な心から熱心に互いに愛し合いなさい。
互いに愛し合いなさい。
純粋な心から熱心に互いに愛し合いなさい。
新しく生まれたのです、 腐る種ではなく、
腐らない種によって、 神の言葉によって。」
映画の中で投げかけられたメッセージは何だったのだろうかを後で振り返ると、
映画の予告動画でも繰り返し使われた失踪した弥生が残した問いかけ「愛を終わらせない方法は何でしょう?」といえるでしょう。
弥生は、愛を失うことを「恐れる」ために、愛されることを避けていました。
この問いに対する失踪前の弥生の答えは「手に入れないこと」でした。
藤代と弥生二人の関係が変わってしまった理由は「愛することを怠った」でした。
しかし、映画の最後での答えは「熱心に愛し合うこと」
ただしく愛を失うことを「恐れ」、そして「熱心に愛し合うこと」
この答えは、結婚式場のシーンでBGMのように流されていた音楽の中に、示されていたのです。
わたくしにとっては、春と藤代が朝日を撮影に行きお互いの気持ちを確かめた公園の高台は、何度も行った公園の一角だったり、弥生が勤める動物園もそのそばだったり、春と藤代が雨の中写真を撮っていたガード下は何度もあるいた場所だったりと、身近な場所だったことも、ハマった理由かもしれません。また、藤代の職業も私の職業とかぶってますし。春が最期にいた施設のロケ地は、何気に行ったことある海岸だったし....
発売予定のブルーレイディスクを予約しましたので、また、見直して、楽しみたいと思います。
あ、それから、聖歌の翻訳部分ですけれど、もちろん聖歌なので、本当は関連する聖書の部分があります。
新約聖書ペテロの第1の手紙1章
17 あなたがたは、人をそれぞれのしわざに応じて、公平にさばくかたを、父と呼んでいるからには、地上に宿っている間を、おそれの心をもって過ごすべきである。
22 あなたがたは、真理に従うことによって、たましいをきよめ、偽りのない兄弟愛をいだくに至ったのであるから、互に心から熱く愛し合いなさい。
というのに対応するのですが、それはそれで。

















