幼い頃から野心的な子供だった。
昭和某年に東京で生を授かった私。
開業医の祖父を持ち、東京で上品にシティーガールとして育つ…
…ハズが、
どう言うわけだか、母親の勝手な理由から、
ある日突然、母親の実家の 福島県いわき市に
連行されたのである。
おそらく、私が天真爛漫になったのは
家庭環境が一因しているに違いない。
生後3ヶ月で旅行で香港に連れ出されたり、
価値もわからないうちから、ディオールやら
イブサンローランの服を着せられ育ったのである…
それも・・・
・・・田舎の地方都市で。
時は昭和である。 そんな時代に保守的な田舎で、
別居婚をしていた両親。父はもっぱら東京か海外にいたのであるが、
田舎者にならないようにと、物心つくかつかないかの頃から、
ピアノ、バイオリン、テニス、ゴルフ、英会話、書道、琴を叩き込まれ、
方言も話せない私は、間違いなく学校で浮いた存在であった。
自分で言うのもおこがましいが、
スポーツも勉強もよくできた。
…しかし、とはいえ、順風満帆に行かないのが学校生活である。
えぇ、私は間も無く標的となったのである。
…それも、あろうことか、クラスの担任によってである。
小学生の担任の先生の影響力が子供達に及ばないわけもなく、 追いつめられ、私はとうとう登校拒否に陥るのである。
心配そうに見守る親と祖父・・・
・・・しかし、私はしぶとかった。
その時から、片田舎から這い上がってやろうという、
全く個人的な挑戦が始まったのである。
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