ビザ申請も、いい加減最終段階、入っているでしょう。
・・・というのも、先週、また新たに修正して書類提出したし、
ジミーに手続き早くなる申請もしてもらったし。
ここまでは本当に大変だった。
周りの友人達には、こんな大変なことは全く理解されない。
「結婚していたら、すぐにアメリカ人になれる」そんなことを思っている人も多いけど、とんでもない。
でも、2月から申請を始めてもう10ヶ月。
もう、スムーズにことが運ぶことを願っておこう・・・。
私たちがアメリカに引っ越すことを決め、配偶者ビザの申請を始めたのは今年の2月。
震災の影響で、数ヶ月はステージやショーの仕事が全てキャンセルになって大変だったけど、
うちのスクールには、たくさんのボーカルの生徒さんもいたし、
地元で、チャリティーイベントとして主催した、
SOUL MUSIC FESTIVALも第1回、第2回と大成功だったし・・・。
第1回の模様はこちら
http://www.youtube.com/watch?v=Icu-av9VcWg
半年に1回の割合で、とりあえず小さなライブハウスで数回やって、
後には、1年に1回、地元の文化会館で1000人の一般のお客さんが、
本当の音楽(世界プロのミュージシャン)の音楽に触れることが出来る、
地元活性化のための音楽祭にしていければ、といろんな計画も立てていた。
私はミュージシャンとして仕事をしている立場だから、
都会でライトを浴びてステージに立つことは当たり前で、
帰りが遅くなっても、全然それは当たり前だったけれど、
私の地元はとても田舎で、音楽の好きな人はわざわざ名古屋か大阪まで出向かなければならず、
電車で向かうとなると帰りの時間も気にしなければならないし、
ゆっくりも出来ない。
だから、逆に、地元で出来れば、きっとたくさんの人が見たことも、経験したこともない
すばらしい音楽の時間を共有できるんじゃないかーー
そう思って、私の一つの目標であった「地元中心の音楽祭」の第一歩を
ジミーとともに踏み出したところでありました。
そんなこんなで、まだこれからも、バリバリステージの仕事をジミーとともにしていくつもりだったし、
それまでにもしっかり営業をして、売り込んで来ていたし・・・
こんな雰囲気のところでピアノ演奏もしてきたし・・・
http://www.youtube.com/watch?v=YQHZ_CqRY8E
そろそろ、おつきあいさせてもらってきた音楽業界の方にご挨拶状も出さなくては。
友人や、たくさんの私の生徒さん達にも、きちんと連絡先とかお知らせしなくちゃ。
最初は、年賀状のシーズンまでに、と思っていたけれど
とてもそんな余裕がなかったので、年賀状としてご挨拶させてもらうことにしました。
そんなこんなで、ここ2日間ほどパソコンとにらめっこ。
某芸能事務所さんのタレントさんや、
SKE48のボーカルレッスンを担当させてもらうまでになっていたこともあって、
その辺の業界から、スローに退いて行くのはとてもとてもつらいことでしたけれど・・・
こうやって年賀状にご報告として私の身辺状況と、アメリカの住所なんかを載せると、
私本当に、あと少しでアメリカに行っちゃうんだなー、と実感がわいてきます。
もっともっと、日本でも仕事をしたかった。
だけど、私みたいなタイプは、アメリカでの方が、もっとのびのびできるのかも知れない。
とりあえず、私のアメリカでの目標は
①
「Do you know Masumi? She is Japanese, but she CAN SING!!! You gotta listen her singing!
(ますみって知ってる?彼女は日本人なんだけど、めっちゃ歌えるのよ!あなたも聞いてみなさいよ!)」
と噂になる
②
アメリカ・フィラデルフィアの地方紙に載る。
③
毎年3月~4月に行われる、フィラデルフィアの「ジャズフェスティバル」に出演者としてどこかで参加する。
何度行ってたって、アメリカはやはり異国の地。
ここに移住するのは、やはり不安もいっぱいある。
だけど、なかなか人生、この年齢でこんな風に生活を変えることなんて出来ないし、
1回だけの人生、ちょっと毎日楽しみたい、って思うから、
私はこれでよかったんだと思うし、ジミーについて行くと決めたんだし。
こんな私の人生、いったいどうなりますやら。
でも、絶対、上の3つの目標はかなえるぜっ!
・・・というのも、先週、また新たに修正して書類提出したし、
ジミーに手続き早くなる申請もしてもらったし。
ここまでは本当に大変だった。
周りの友人達には、こんな大変なことは全く理解されない。
「結婚していたら、すぐにアメリカ人になれる」そんなことを思っている人も多いけど、とんでもない。
でも、2月から申請を始めてもう10ヶ月。
もう、スムーズにことが運ぶことを願っておこう・・・。
私たちがアメリカに引っ越すことを決め、配偶者ビザの申請を始めたのは今年の2月。
震災の影響で、数ヶ月はステージやショーの仕事が全てキャンセルになって大変だったけど、
うちのスクールには、たくさんのボーカルの生徒さんもいたし、
地元で、チャリティーイベントとして主催した、
SOUL MUSIC FESTIVALも第1回、第2回と大成功だったし・・・。
第1回の模様はこちら
http://www.youtube.com/watch?v=Icu-av9VcWg
半年に1回の割合で、とりあえず小さなライブハウスで数回やって、
後には、1年に1回、地元の文化会館で1000人の一般のお客さんが、
本当の音楽(世界プロのミュージシャン)の音楽に触れることが出来る、
地元活性化のための音楽祭にしていければ、といろんな計画も立てていた。
私はミュージシャンとして仕事をしている立場だから、
都会でライトを浴びてステージに立つことは当たり前で、
帰りが遅くなっても、全然それは当たり前だったけれど、
私の地元はとても田舎で、音楽の好きな人はわざわざ名古屋か大阪まで出向かなければならず、
電車で向かうとなると帰りの時間も気にしなければならないし、
ゆっくりも出来ない。
だから、逆に、地元で出来れば、きっとたくさんの人が見たことも、経験したこともない
すばらしい音楽の時間を共有できるんじゃないかーー
そう思って、私の一つの目標であった「地元中心の音楽祭」の第一歩を
ジミーとともに踏み出したところでありました。
そんなこんなで、まだこれからも、バリバリステージの仕事をジミーとともにしていくつもりだったし、
それまでにもしっかり営業をして、売り込んで来ていたし・・・
こんな雰囲気のところでピアノ演奏もしてきたし・・・
http://www.youtube.com/watch?v=YQHZ_CqRY8E
そろそろ、おつきあいさせてもらってきた音楽業界の方にご挨拶状も出さなくては。
友人や、たくさんの私の生徒さん達にも、きちんと連絡先とかお知らせしなくちゃ。
最初は、年賀状のシーズンまでに、と思っていたけれど
とてもそんな余裕がなかったので、年賀状としてご挨拶させてもらうことにしました。
そんなこんなで、ここ2日間ほどパソコンとにらめっこ。
某芸能事務所さんのタレントさんや、
SKE48のボーカルレッスンを担当させてもらうまでになっていたこともあって、
その辺の業界から、スローに退いて行くのはとてもとてもつらいことでしたけれど・・・
こうやって年賀状にご報告として私の身辺状況と、アメリカの住所なんかを載せると、
私本当に、あと少しでアメリカに行っちゃうんだなー、と実感がわいてきます。
もっともっと、日本でも仕事をしたかった。
だけど、私みたいなタイプは、アメリカでの方が、もっとのびのびできるのかも知れない。
とりあえず、私のアメリカでの目標は
①
「Do you know Masumi? She is Japanese, but she CAN SING!!! You gotta listen her singing!
(ますみって知ってる?彼女は日本人なんだけど、めっちゃ歌えるのよ!あなたも聞いてみなさいよ!)」
と噂になる
②
アメリカ・フィラデルフィアの地方紙に載る。
③
毎年3月~4月に行われる、フィラデルフィアの「ジャズフェスティバル」に出演者としてどこかで参加する。
何度行ってたって、アメリカはやはり異国の地。
ここに移住するのは、やはり不安もいっぱいある。
だけど、なかなか人生、この年齢でこんな風に生活を変えることなんて出来ないし、
1回だけの人生、ちょっと毎日楽しみたい、って思うから、
私はこれでよかったんだと思うし、ジミーについて行くと決めたんだし。
こんな私の人生、いったいどうなりますやら。
でも、絶対、上の3つの目標はかなえるぜっ!