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ふつうの暮らしの幸せ〜おおきにありがとう〜

基本ひとりごと。
心ころころズッコケながら、生きづらさ解消を模索中。

私には1人だけ親友がいました。

保育園〜高校卒業まで、ずっと一緒にいました。


高校を卒業してから、

私は毒父から逃げるように、わざと遠い関東の大学に進学しました。

それでも親友とは連絡を取ってました。


大学を卒業しても、実家には絶対に戻りたくない!

超就職氷河期でしたから、準社員とアルバイトのWワークで働いていました。


でも摂食障害が酷く、1人ではどうにもできず結局実家に帰ることに。


あのまま東京のマンションにいたら、孤独死してた。ギッリギリ危機一髪。


東京から戻って来た私を見て、周囲は驚いていました。

あまりにも痩せこけているから。


早速病院へ。今通院している病院です。

初診で「即入院」と言われましたが、私は断固拒否。

毎日点滴に来るのとラコールをちゃんと飲むという約束で入院回避。


だんだん動けるようになった私は、数年ぶりに親友と会いました。


親友は痩せこけた私を見て、涙を流してくれました。


でも、摂食真っ最中は自分の考えに固執、周囲の意見は絶対に聞かない。


何度か親友と連絡や会ったりしてた中、親友も私を負担に感じてきたのでしょう。

とにかく自己中、我儘ですからね。


ある時、親友を完全に呆れさせてしまう言葉を言ってしまいました。


親友が「◯◯ちゃん(私)なら、あと10kg太っても全然大丈夫だよ」って。


私は「うん。今はこれでいいの。

でも50歳とかのオバサンになったら、体型とかどうでもよくなるから、

その時は好きなもん沢山食べて太るの」


親友は「なんやそれ💢」とキレ気味に呆れ果てていました。


その後、親友から「会いたくない。ちょっと距離を置きたい」との連絡があり、

私達は一切連絡を取らなくなりました。


実際に彼女は、私といることが凄くコンプレックスだったと言いました。


きっと私からもっと早く離れたかったでしょうが、 

心優しい彼女はずっと私と一緒にいてくれたのですね。


そして、摂食障害での私の言動が決定打となったのでしょう。


私は少しショックだったけど、

当時は頭イカれてたので「ま、仕方ないよね」くらいにしか思いませんでした。


数年前、小学校の同窓会の連絡が来て、皆とLINEで繋がった時、

彼女のほうから私にLINEをくれました。


私は返事をしたけど勇気が出ず、彼女とはそれっきり。

同窓会にも行ってません。


自分のことしか考えられず、沢山傷つけて本当にごめんね…


彼女は今は結婚して、お子さんもいてお母さんになっています。

私は精神障害者になってしまいました。