今、生きることが辛いと感じる方がいらっしゃると思います。


何にも良いことなんてない

誰も助けてくれない

すべて諦めた

もうただただ疲れた

誰も信じられない、人が怖い

自分が生きていることに何の意味があるの?

疲れたよ、もういい何にもいらない

自分がいなくても誰も困らないよね

ただ毎日空気を吸って吐いて何になるんだろう


生きていることに疲れた


そう言うと決まってどこからでも聞こえてくるのは

生きたくても生きられない人がいるのになんてことを

罰当たりだ

そんなことが言えるなんて幸せだね

よく言えるね


分かってる、分かってるよ

生きたいのに生きられない人がたくさんいるのも…


だけど生きるのに疲れた人もいるんだよ

自分の人生を終わらせるのになんで怒られないといけないの?

なるべく迷惑がかからないようにするから

どうして生きたいは言っていいのに

死にたいとか生きていたくないって言ったらいけないの?


……


もし心当たりのある方の目に留まったら、

少しだけお話しさせてくださいね。


あなたの抱えているもの、考えたり感じていること、思うことを否定したりしません。

考え方は違うかもしれませんが、あなたが間違っているとは申しません、

そして誰かが正しいとも間違っているとも申しません。


それはあなたが感じることだから

あなたにしか分からないことだからです。


でもね、


(ほら出た、でも。はいはいもう十分だよ…)


本当に生きていることが嫌なのでしょうか?


(だからそうだって言ってるじゃん)


あなたが心を痛めたり閉ざしたり、辛い、嫌だと思うことは

生きていることではなく

おきていることではないでしょうか?


(え?)


おきているには2つあります。

1つは意識・肉体的に目を覚ましているほうの起きている

もう1つは物事が起こる・起きるほうの起きている

なのであえてひらがなにしました。


あなたが辟易し、絶望し、辛い・苦しいと感じているのは

起きている出来事や人との関わりではないでしょうか?

意識としてそれを知覚しているあなたの状況や状態に対しての辛さや苦しみではないでしょうか?


寝ていたら、外では何がおきているのか分かりませんね。


かと言って寝ないで起きていても近所の人が何をしているかなど分かりませんが…

少なくとも寝ている間よりは状況・状態を知ろうと思えば知ることはできます。


逆を言えば

寝ていない状態、起きているから感じたくないものとも向き合い続けているのです。

…とも、言えるのではないかと思うのです。

もちろん感じたいものとも向き合い続けています。



もう一度おききします。

あなたが疲れている・辛いと思うのは

生きていることにではなくて、おきていることにではないでしょうか?


もしかしたら、生きることは死よりも辛いのかもしれません。


それでも、

終わったら本当に終わってしまいます。


肉体から魂が離れるその瞬間に

何故そのようなことがあなたの人生に起きたのかすべての意味が、

あなたが愛した人も許せなかった人もその人のすべてが…

その人それぞれがそれまで知らなかった色々なものを抱えていて、

あなたとの関わりにおいて何故そのような形だったのかも

本当にすべてが分かると

「そっか…そうだったんだ……」と納得できる。


それぞれの本当の胸の内を知ることができたことで

あなたのこれまでの考え方が変わったちょうどその時、

あなたと関わりを持った人が現れます。


あなたは思わずその人に声をかけようと腕を伸ばします。

「あ!!」

その時、


触れられない

聞こえない

一生懸命叫ぶように呼んでいるのに気づいてもらえない


自分はここにいるのに、

気づいてもらえず話すことができない


大切な人があなたの写真や使っていたものを見て泣いている


許せない人も、よくよく見ると普段と挙動が違ったり心境が穏やかでない


そのようなことを目の前にして

「やっぱり私はまだ生きる、生きていたい!!」

涙ながらに叫んでも

それが叶うことは難しいと思います…。


仮に何とか息を吹き返しても、

生きることに疲れていたあなたのままとは限りません。


どこか体を痛くしていたり、機能が不十分になっていたり意識が戻らないかもしれません。


私は脅かすつもりはありません。

ただ、切羽詰まっていると

どうしても気がつきにくいところが出てきてしまいます。

だから少しだけ想像を働かせてみましょう。


※画像に宗教的な意味はありません。あくまで想像、イメージです。


「あの、私やっぱり生きたいです…」


「なに、やっぱり生きたい?

分かった、それなら早々に転生できるように取り計らおう。」

神か仏か閻魔大王か…誰かが言います。


しかし、あなたの望みはおそらくこうでしょう。

「いや、そうではなくて…

ここで自分がこの道を選んでこうなったから、

今度はこの時選ばなかったこっちの道を選ぼうと思う!!

だからこの時に戻すか、もう一度私…◯◯として生まれるようにしてほしい!!」



それに対して

「同じ人物の体験は一度限りでもうできない。

◯◯という人間は先ほど自分で幕を下ろしたではないか。

だから別人別世界の真新しい人生で生きるのだよ。」

と言われて驚いてしまいます。





「さ、転生の準備に取り掛かるから君はもういきなさい。
お~い案内係この人を急ぎ連れて行ってあげなさい。
はい、では次の人どうぞ…」

神か仏か閻魔大王か…誰かが言うと、


案内係がスマートに「◯◯様、こちらへどうぞ」とエスコートしてくれます。


「いや、違う、そうじゃなくて人生を一からやり直したいんだ!!

それがムリなら転生なんてしなくて良い、やだ!!」



と必死に懇願しても魂の状態のあなたはその空間から出ると一瞬でそれも忘れて

全く別の人物としての転生の準備に入ります。


…ということに、もしもなったらどうでしょう?




生きているから辛い。

終わらせたら、終わったら、楽になる。


おきているから辛い。

眠れないから辛いけど、安心してぐっすり眠れたら

目が覚めて全然違う所にいてあなたを知る人は誰もいなくて、

あなたが知っている人も誰もいない。

あなたが今の肉体のあなたのまま、心機一転。

そんな世界なら

生きていても辛い…だけではないかも?という気がしませんか。


人間、眠れないと頭や心が沈んでしまうのです。

辛い時、苦しい時、悲しい時、孤独に耐えられない時…なかなか眠れないでしょう。

逆にあまりにも楽しかった時や楽しみなことが待っている時も、

なかなか眠れないし眠りたくないと思うでしょう。


今はいったん全部わきに置いて、

近くにあるのが嫌ならクローゼットにでも入れて視界から退場させましょう。


大丈夫です、見張りがちゃんといますから、

あなたは安全です。

誰も何も訪ねてくることはないので、安心してください。

何も考えずにただすべてを空っぽにしてしばしゆっくり寝てくださいね。

あなたがご自身で起き上がるか、

一定時間が経ったら声をかけますので、

それまでしばしおやすみなさい。


おきているから辛い。

眠れないから辛いけど、安心してぐっすり眠れたら

目が覚めて全然違う所にいてあなたを知る人は誰もいなくて、

あなたが知っている人も誰もいない。


あなたが今の肉体のあなたのまま、心機一転。


そんな世界なら

生きていても辛い…だけではないかも?という気がしませんか。


もし、あなたが今感じている痛みや苦しみ、辛さ…

それを少しでも誰かに分かってほしいと思うなら

必ずあなたに寄り添う人はいます。


中にはあなたの必死な助けてという呼び声に驚いて、

どのようにすれば良いのか分からず戸惑ってしまう人もいるかもしれませんが、

必ず応えてくれる人がいます。

今見渡す中にいなくても、

あなたが移動したり誰か〜と呼んでいるその直後に

向こうから「どうしたの?」と誰かが現れるかもしれません。

先のことは分からないから、どのような形でかは分かりませんが…


あなたがあなたでいられる場所が、人が、行うことが…

必ずあります。


だから、

少し考えてみてください。


生きていることも起きていることもすべて意味がある、

意味はあるけど意味も理由もたいそうなものでなくて小さなことで良いのだと。


寝るのが好きなら、起きているからこそ寝ることができる。

起きて頭がはっきりとしている状態を知らなければ寝ることの気持ちよさも分からない。

だから起きて寝て、また起きてまた寝て生きてるんだよ。

寝て起きるのか、起きて寝るのかは知らんけど。


おそらく、それくらいで十分なんです。


こんだけ人間がいるのですもの。

色んな人がいるし、いて良いんです。


あなたが今見ている世界は、ピントが近すぎるだけかもしれません。



何だこりゃ?


どんなに美しいものも、拡大しすぎたら全容が分からず

全体的に見た時やより際立つアングルでのその美しさを知ることができません。




ね?


では今度はちゃんと慎重にピントを合わせて、




距離も調節したら…





何が見えてきましたか?


😊