『幻の女』〔新訳版〕
ウイリアム・アイリッシュ 著 ハヤカワ・ミステリ文庫
1942年出版の『幻の女』はミステリの<古典中の古典>といわれ、あまりにも有名な小説です。
ミステリ好きな人は、必ず読んでいると言っても過言ではないですが、なぜか私は読んでいません。
この古典を読まずしてミステリを語るなかれと言われそうなので、遅ればせながら読むことにしました。
2015年の新訳版にしました。
【内容(「BOOK」データベースより)】
妻と喧嘩し、あてもなく街をさまよっていた男は、風変りな帽子をかぶった見ず知らずの女に出会う。彼は気晴らしにその女を誘って食事をし、劇場でショーを観て、酒を飲んで別れた。その後、帰宅した男を待っていたのは、絞殺された妻の死体と刑事たちだった!迫りくる死刑執行の時。彼のアリバイを証明するたった一人の目撃者“幻の女”はいったいどこにいるのか?最新訳で贈るサスペンスの不朽の名作。
上記の内容にあるとおり、スコット・ヘンダースン は妻と喧嘩して興奮状態で外出。
バーで知り合った女性としばし行動を共にしたが、家に帰ると刑事がいて、妻がヘンダースンのネクタイで絞殺されていた。彼は逮捕される。
死刑判決 を受け、アリバイを証明してくれるのは、その女一人。
構成は、章題として「死刑執行日の百五十日前」からはじまり、カウントダウン していきます。
後半は「執行日六日前」「五日前」「三日前」と、どんどん迫っていき「執行時」となり、「執行日後のある日」の23章で終わる。
どんどん執行日が迫っていくカウントダウンに手に汗握る展開となり、幻の女が見つかるのかどうか。
その息もつかせぬ展開が醍醐味の小説だ。
最初にバーで女と会ったが、バーテンダーは男一人で飲んでいたという。
次のレストランでも、ウエイターはヘンダースン一人だったという。
乗ったタクシーの運転手も、彼一人だったと証言。
ヘンダースンの女性の印象については、パンプキンのような派手なオレンジ色の帽子以外は、あまりにも平凡で、お互い名前は明かさなかったし、髪の色も目の色も何もかも特徴を言うことができなかった。
物語は、非常にシンプルなもので、最近のミステリのように複雑に作りすぎず、とても読みやすく、しかも主人公のスコット・ヘンダースンの死刑執行が日に日に迫る緊迫感は、静かに進行していくにも拘らずハラハラドキドキさせてくれる。
幻の女を探しだす探偵役はふたり。それが誰かは、読んだ人だけの特典として、ここでは伏せておきたい。
この小説がミステリの原点であり、今現在まで語り継がれる名作であるのかがわかる。
派手に読者を驚かすような作風ではなく、正攻法で進行していく過程は、これが本来のミステリのあるべき姿であると思わされる。
実は、中盤あたりで犯人は推理できていたが、だからと言ってつまらなくなるということはなく、時間に迫られて幻の女を見つける過程は、実に読者をひきつけるうまい進行になっているので面白く読めた。
そして、最後に何重もの驚きが待っているのは圧巻である。
最近、あまりにも奇をてらった小説が多くなってきて、久々にミステリの本来の面白さに触れて愉しめたのがうれしかった。