『死んだレモン』
(原題:Dead Lemons/後に改題 The Killing Ground)
フィン・ベル 著 創元推理文庫
1ページ目から主人公が絶体絶命!
圧倒的サスペンスは怒涛の結末へ―
【内容(「BOOK」データベースより)】
酒に溺れた末に事故で車いす生活となったフィンは、今まさにニュージーランドの南の果てで崖に宙吊りになっていた。隣家の不気味な三兄弟の長男に殺されかけたのだ。フィンは自分が引っ越してきたコテージに住んでいた少女が失踪した、26年前の未解決事件を調べており、三兄弟の関与を疑っていたのだが…。最後の最後まで読者を翻弄する、ナイオ・マーシュ賞新人賞受賞作。
冒頭、崖から宙づりになっている場面から始まるのでびっくりだ。
主人公は、フィン・ベル37歳。作者と同じ名前というのもインパクトある。
フィンの幼少期は悲惨だったが、その後は事業も成功し順風満帆の人生だった。
傍から見て何も不満もないように見えるフィンだったが、果たして自分らしい生き方だったのか疑問に思っている。
35歳ころから、心にぽっかりと穴が空いたようになった。
妻も友人たちも支えてくれたにも拘らず、自分の問題は自分で解決できると信じていた。
ところがうまくいかず、酒におぼれて、飲酒運転で事故を起こし下半身不随で車いすの生活になった。7か月前のことである。
その後、妻と離婚、友人とも距離を置くようになった。
すべて捨て、家を売り、ニュージーランドの最南端の人里離れたリヴァトンにコテージを買い移り住んだ。5か月前のこと。
彼は銃を手に入れ、いつでも自ら命を絶つ準備はできていた。
ある時、隣の住人と言っても丘の向こうに住むゾイル三兄弟に、共有の電気の件で会いに行った。
三兄弟は豚を解体していた血まみれの手で出てきて、危険を感じさせる不気味な男たちだった。
街の人々は、その兄弟には関わるなとくぎを刺していたのだ。
今現在、崖に頭を下にして車いすごと岩にはさまれ、宙ぶらりんになっているのは、ゾイル家の長男ダレルに突き落とされたのだ。
下に見える崖下には、そのダレルがフィンの銃で撃たれ遺体となって横たわっている。
いったい何が起きたのか。
物語は、現在6月4日の宙ぶらりんから始まるが、どうしてそんな危機に陥ったのか。
現在と5か月前からの過去が交互に語られていく構成になっている。
フィンが買ったこのコテージの前の住人は、エミリー・コッターと言う老婦人で、今は高齢者向けのコミュニティーに住んでいる。
エミリーがなぜコテージを売ったのか?
「もう住んでいられなくなった。ゾイル家がいる限り…」と言った。何があったのか?
後に、フィンはエミリーの娘アリスが26年前に行方不明になっていたことを知る。
失踪してから6週間後に、ゾイル家の敷地内で彼女のDNAの恥骨の破片が発見された。
一度は警察に拘束された兄弟だったが、遺体が見つからないために釈放され、未解決となって今に至っている。
その後、その恥骨に関しての科学検査でなんともおぞましいことが分かった。
そして、アリスがいなくなってから1年後、父親も行方不明になっていた。
ということで、フィンは、自分が買ったコテージにまつわる事件に、首を突っ込み始める。
不思議なタイトルの小説で興味を持った。
読み始めて、すぐにその意味が分かった。
『死んだレモン(Dead Lemons)』とは、移り住んだ小さな町のフィンのセラピストが言った言葉だ。
レモンは見た目や香りはいいけれど、中身は酸っぱい。
英語の俗語で「欠陥品」「騙す」の意味を転じて『人生の落後者』を表している。
71歳のセラピストのベティが言う「あなたは落伍者なの?」と…
よく考えて答えを出すのが次のカウンセリングまでの宿題だと…
彼女は、ズバズバとフィンにきつい言葉で言う。落伍者のままで生きていくのか?それでいいのか?と、問うているのだろう。
なかなか個性的なキャラでこれからのフィンの人生の行く末を左右するような人物のように思えて興味深い。
この小説は珍しいミステリ&サスペンスもので、事件に遭遇したフィンが解決に向けて奔走するのが大きなストーリーだが、それと並行して、フィンの人生の立て直し、つまり再生の物語でもある。
町の住民たちとの交流が、彼を救うのである。
特に、美容院経営のパトリシア、その従兄であるタイが良き友人となっていく。
タイはマオリ族でフィンと同じ車いすの生活である。
タイからマーダーボール(車いすラグビーのことで、かなり荒々しい競技)のチームに誘われ、最初の練習ですっかりフィンは夢中になった。
すべてを忘れて練習をした後、なんと晴れ晴れした気持ちになり、それからマーダーボールは彼の日常となり充実感を覚えるようになっていく。
犯人は最初から分かっていて、逮捕するだけの証拠がないために未解決状態になっていたのを、フィンが証拠を探し出そうとする。
そのために、彼は何度もゾイル兄弟に命を狙われるというサスペンスで、なかなか面白い展開となっている。
この町の住人は、何らかの形で親類縁者ばかりで、フィンをなんだかんだと親切に世話したがる善良な人たちばかり。
フィンの心が徐々に解放されて、明るく前向きになっていく姿が、読者も一緒に嬉しくなっていく。
事件の結末も、あとになれば、伏線がいっぱいあったことに気づかされ、ニュージーランドの歴史も重要な意味があったことに驚く。
まさか、あれが伏線だったとは…と、うかつだった私の頭が情けない。
そして最後の最後でどんでん返しが待っていた。わーぉ、驚いた。
ただ、すこし納得のいかない部分もあったことも確か。
いくつかの点で説明が足りない部分があるけれど、まぁ、これは気にしないことにしよう。
よくできた小説で、流れもよくユーモアもあり、愉しく読み応えのある読み物だった。