『幻夏』
太田 愛 著 角川文庫
『幻夏』は三部作『犯罪者』『幻夏』『天上の葦』の2作目。
太田愛のデビュー作『犯罪者』は完成度の高い素晴らしい小説でした。
この3部作は3人の男が毎回主要登場人物となり、1作目は繁藤修司、2作目は相馬亮介、3作目は鑓水七雄がストーリーの中心になっています。
【内容(「BOOK」データベースより)】
毎日が黄金に輝いていた12歳の夏、少年は川辺の流木に奇妙な印を残して忽然と姿を消した。23年後、刑事となった相馬は、少女失踪事件の現場で同じ印を発見する。相馬の胸に消えた親友の言葉が蘇る。「俺の父親、ヒトゴロシなんだ」あの夏、本当は何が起こっていたのか。今、何が起ころうとしているのか。人が犯した罪は、正しく裁かれ、正しく償われるのか?司法の信を問う傑作ミステリ。日本推理作家協会賞候補作。
1作目でフリーライターだった 鑓水七雄 は、今は興信所をしている。
そこで調査員のアルバイトをしているのが、1作目で主役だった 繁藤修司 で今20歳。
鑓水にある依頼が入った。
23年前に行方不明になった子どもを探してほしいという母親からの依頼。
23年も経ってなぜ今になってなのか不審には思ったが、鑓水と繁藤は調査を開始。
一方、12歳の少女が失踪 した事件があり、応援要員として駆り出された深大署交通課の 相馬亮介(1作目では深大寺署の刑事課。体のいい左遷。)が目撃情報から不審な車を洗っていた。
少女が消えた現場を調べていたところ、少女が目撃されていた白木蓮の木に、ガラスか何か硬いもので刻んだような印を見つけた。
//=|
<スラッシュ、スラッシュ、イコール、バーティガルバー>か?
相馬は驚いた。
23年前、12歳だったころ、友達の 水沢尚 という少年が失踪した時にも、川辺の現場にあった流木に同じ印を見ていたのだ。
相馬は、事件の捜査をしている刑事にその話をしたが、23年も前のことと何の関係があるのかと一蹴された。
水沢尚が言った「俺の父親、ヒトゴロシなんだ」という言葉を相馬は忘れられないでいた。
32年前、尚が3つ。父親は女性の撲殺を自白して刑務所に。
父親は8年後出所したが、その後真犯人が分かり 冤罪とされた。
冤罪がニュースで取り上げられた直後、父親は石段坂から転落死した。
相馬は、鑓水と繁藤が、23年前失踪した尚の捜索を依頼されたことを知り、その尚は自分の友達であり、今自分がかかわっている12歳少女失踪事件と何らかの関係があるのではと感じていることを彼らに話した。
お互いの情報交換を約束した。
その後、「//=|」の印が刻まれた拉致殺人事件が3件あることが分かった。
いずれも失踪の後、遺体が見つかっている。
8年前、4年前、昨年に起きた事件で被害者は子どもではなく大人であった。
相馬、鑓水、繁藤の調査は、複雑に展開していくことになる。
作者太田愛は『相棒』の脚本家だったので、構成がとても巧みで読者は引き込まれるように読むことになる。
今回も、相馬・鑓水・修司3人の個性が際立っている。
伏線がどんどん回収され、尚の父親の死と尚の失踪、のちにわかった3つの拉致殺人事件、そして12歳の少女の誘拐事件が全部つながった。
伏線が回収されるごとにつらい気持ちになっていく。
毎章には エピグラフ があり、このストーリーとどんな関係があるのか意味が分からなかったので適当に読んでいたが、それが後半になって、すべてのエピグラフには共通の深い意味 があったことが解る。
また、尚を探してくれと母親からの依頼に、鑓水がなぜこんな小さな興信所に頼みに来たのか不思議だったが、それも 鑓水でなければならなかった ことが解る。
これも、伏線であった。
あの「//=|」が何を意味していたのか知った時は驚いた。
なるほど、すでにそれは伏線としてあったのだ。
1作、2作ともに社会派ミステリーで、1作目は 企業の闇、2作目は 司法の闇 を描いていて、今回は 冤罪 がテーマになっている。
自分が誤認逮捕され、騙されるようにして自供させられ刑を言い渡されたら、どうやって冤罪を晴らすことができるか。
裁判で冤罪を晴らすのは至難の業である。
日本でも何十年も前の事件が冤罪だったとニュースを知るにつけ、検察側の証拠捏造もあながちあり得ないとは言えないのではないかと思ってしまう。
取り調べの全過程を録画して可視化することが義務化され、2019年6月に施行されたけれど全部の事件に関してではないみたいだ。
作者は、良く調べ上げて司法の歪みを描いているので、なかなか心に訴える小説に仕上がっている。
冒頭の序章では、相馬が水沢尚・拓の兄弟と友達になり、基地と呼んでいた場所で遊んだひと夏の情景 からはじまった。
そして、終章でまたその ひと夏の思い出 が書かれてひっそりと終わる。
法格言にある
『十人の真犯人を逃すとも一人の無辜を罰するなかれ』
あまりに重すぎる
読み終わり、ただただ せつない