『アイアン・ハウス』

ジョン ハート 著 ハヤカワ・ミステリ文庫

 

 

2006年『キングの死』でデビューしたジョン・ハート。

 

2009年の3作目『ラスト・チャイルド』も良かったけれど、2007年の2作目『川は静かに流れ』が私の好きな小説のトップスリーに入る作品。

叙情的な文章の重厚感が実にすばらしい作家なのです。

家族の愛、親子の愛、心の動きを静かに描き切り、余韻を残すのがうまい作家です。

 

『川は静かに流れ』 の冒頭を例に挙げると、

「僕という人間を形作った出来事は、すべてその川の近くで起こった。川が見える場所で母を失い、川のほとりで恋に落ちた。父に家から追い出された日の、川のにおいすら覚えている」

といった文章から始まります。

こういう文章がすごく好き。

東野さやかさんの訳がうまいのもあると思います。

 

ミステリに重きを置く人には、受けないかもしれません。

友達にも薦めたところ気に入ってくれて1作目の 『キングの死』を続けて読んだと言っていましたが、やっぱり 『川は静かに流れ』の方を高評価してくれました。

 

たまたま、友達と好みが一緒だったのかもしませんけれどね。

 

 

【内容(「BOOK」データベースより)】

凄腕の殺し屋マイケルは、ガールフレンドのエレナの妊娠を機に、組織を抜けようと誓った。

育ての親であるボスの了承は得たが、その手下のギャングたちは足抜けする彼への殺意を隠さない。

ボスの死期が近く、その影響力は消えつつあったのだ。エレナの周辺に刺客が迫り、さらには、かつて孤児院で共に育ち、その後生き別れとなっていた弟ジュリアンまでが敵のターゲットに!

ミステリ界の新帝王が放つ、緊迫のスリラー。

 

マイケルは作家として成功を収めたジュリアンとの再会を果たす。だが、弟は深く心を病んでいた。

孤児院アイアン・ハウスでの忌まわしい記憶にいまだ取り憑かれているのか。

しかも、ギャングの魔の手が迫るなか、弟を養子にした上院議員の邸宅の敷地で無残な死体が見つかる。

それは孤児院でジュリアンを虐めていた連中の一人の成れの果てだった。

まさか、弟が犯人なのか…。交錯する謎が新たな謎を呼ぶ!著者の新境地。

 

アイアン・ハウス

 

 

 

‟アイアン・ハウス”、それは少年養護施設の名だ。

 

マイケルは生後10か月ほど、ジュリアンは生後数週間、洞窟の奥の川の中で凍りつきそうになっていたところを二人のハンターによって見つけられアイアン・ハウスに預けられた。

ジュリアンは未熟児だったのでひ弱で、マイケルは常に彼を守っていた。

 

ジュリアン9歳の時、上院議員ランドール・ヴェイン夫妻 に引き取られた。

ヴェイン夫人もかつて孤児院で育ち、ある家庭に養女として迎えられたが、妹は病弱だったため引き取られなかった。その4か月後に妹は肺炎で死んだ。

そのため、ヴェイン夫人はマイケルとジュリアン兄弟二人を一緒に迎えたいということだった。

 

ところが、夫人が兄弟と面会するために待っているときに、大変なことが起きていた。

ジュリアンは、いじめっ子のリーダーであるヘネシーをナイフで殺してしまった

ジュリアンを見つけたとき、マイケルはナイフをヘネシーの首から抜いて言う「おれが刺したんだ、ジュリアンじゃない、いいな。」

 

そして、マイケルは罪をかぶり施設から逃走。ジュリアン一人が養子となった。

 

 

 

ホームレスと暮らしている賢い少年の噂を聞いた犯罪組織の大ボス ‟オットー・ケイトリン ” は興味を持ち、彼と言葉を交わした。

なぜ路上生活をしているのかと聞いたところ「おれなりの理由があったから」と答えた。

オットーは言う「男には男の理由があるもんだ」と…

そして14歳の誕生日にマイケルはオットーに引き取られ 凄腕の殺し屋 となっていった。

 

オットーには、ステヴァン という息子がいるが、これが見かけだけを気にする浅はかな男で、オットーはマイケルの度量・賢さに実の息子以上に目をかける。

オットーは息子にも話したことのないことをマイケルにだけには何でも話せた。

ステヴァンはマイケルに嫉妬 することになる。

 

マイケルは33歳になっていた。

今オットーは癌であと数日持つかどうかの状態。

マイケルは、エレナという大事な女性ができて彼女は妊娠中。

その8日前、それを機に組織を抜けたいとオットーに相談した。

オットーは 「貴重な人生がどんなものかはわかっている。短いんだ!」

組織を抜けて思い通りの人生を歩め と言い、その見返りにおれを死なせてくれと頼んだのだ。

すでにモルヒネは効かなくなっていて、一時も生きてはいたくない様子だった。

マイケルは苦慮の末、これは自分にしかできないことだと理解し願いをかなえた。

 

そして、足抜けを許さない組織幹部で残酷の権化、サディストでマイケルが知る中でも最も危険な男ジミーとオットーの息子ステヴァンに追われる身となった。

 

マイケルはエレナの勤めているレストランに急ぐ。

レストラン近くまで来た時、レストランが大爆発。

エレナは運よく外出していて難を免れていた。

ステヴァンとジミーに追いかけられ、マイケルは銃を撃ちながらエレナを連れて逃げた。

エレナはマイケルが銃を手慣れた扱いで撃っているのを目の当たりにして慄いた。

 

マイケルは、エレナに詰問され、自分の出生からどういう人生を歩んだのが語り始めた。

 

ステヴァンとジミーはエレナの友人も殺し、次はマイケルの弟ジュリアンを手にかけようとしていた。

 

 

 

マイケルはジュリアンの無事を確認するため、エリナと共に 上院議員の家を訪ねた。ジュリアンとは23年ぶり。

 

ジュリアンはその 3日前から 精神状態が最悪で心が壊れかかっていた。

3日前に何があったのか誰も分からない。

 

そして、殺人事件が起きる。

敷地内の湖から3体の死体が発見された。

子どもの頃アイアン・ハウスでジュリアンを虐めていた3人だった。

ジュリアンが殺人を犯したのか?

 

エリナは数々の出来事に恐ろしくなり、マイケルが引き留めるのもきかず故郷の父親のところに帰りたいと出て行った。

 

ところが、屋敷を出てから途中でジミーに誘拐され拷問される。

 

マイケルはエリナを救出し、ジュリアンを守ることができるのか。

 

 

 

読了

 

この小説はストーリーが実に面白い。

 

アイアン・ハウスがストーリーの要となって絡み合っていく。

 

後半、人物紹介欄に出てこない登場人物が出てくる。

すでに亡くなっている人も含めて、この謎の人物たちが何者なのか。

 

複雑そうに一瞬思えるが、実はこのストーリーは素直な流れになっているので読みやすい。

 

ジョン・ハートの作品は家族愛のテーマが多く、今回の中心は 兄弟愛 だ。

涙するシーンも何度か…

 

わたしは、この作家の2作目 『川は静かに流れ』 が一番好きで、叙情的な文章が特に気に入っていると冒頭に書いたけれど、この 『アイアン・ハウス』 は、ちょっと趣が違っていた。

 

今までの作品のような重厚さは脇に置かれて、謎解きに重きを置くミステリ色も希薄な印象を受ける。

でも、冒険アクション・サスペンス・バイオレンスが混在した内容で、スピーディーさ は 作品中一番。ノン・ストップストーリーなので高揚感が最高。

 

そしてマイケルの人物造形が孤高の殺し屋といった、頼もしく魅力的な男性だ。

 

ジュリアンを引き取り育てた ヴェイン夫人の秘密 も読みどころ。

 

下巻の中盤からページ捲る手も、もどかしくなるのは請け合い。

 

最後はあっさりとした終わり方。でもそれがかえって余韻を残した。

 

文句なく、楽しめる小説だった。

 

 

‟ジョン・ハート” の著作はシリーズ物ではなく単発ものなので、どれから読んでも問題ない。

それなので、シリーズのように最初から読まないと人物造形や流れをつかめないということはない。

時間を空けても前作の内容の記憶を必要としないため、気が向いたらいつでも手に取ることができるのがうれしい。