お久ブリーフ。
今日は疲れてやってきたというよりも感じたことをメモ書きしに来ました。
最近はアニメ鑑賞してたりゲームで発狂してたり某スレに長期滞在してたり。
・・・一応ゲーム作ってたり。・・・一応。

それで、今日はその今後の製作活動と将来の自分が意識・考察すべき不確定な知識などを
忘れていても振り返った時に思い出すように、ということでここにメモ書きですね。


・物語に登場するグループは能力の凹凸を持つメンバーで構成するべき。
当然といえば当然だけれども物語に接する機会が少ないので今更気が付いたこと。
完全無欠みたいなキャラクターを持たせてしまうと会話が作りにくいし、
成長を作り難い。
そして完成度が高くなるに連れ割とテンプレートに嵌り易くなり、
そのやりとりの魅力が薄くなりやすい。
そもそも浮き沈みがないので「どうせ~」が実現するパターンが成立しやすい。
逆に凹凸を作った場合は補い合うこと、「これにこうさせたら~」という役割の交換によるギャップなど物語を膨らませやすい。
というのは制作側だけならず、受け取り側も同じことであり、
個人個人の物語を生むことができる楽しみへ繋がる。
ただし、きっちり確定しておかないとキャラ崩壊を起こしやすい。
これは完成しているキャラというのは憧れに近くなりやすい為、完成したキャラの場合はこうはなりにくい。
つまり、心の中に世界を作っておき、その世界を確立しておかなければキャラが崩壊したりしやすいが、憧れであればそれなりに確立しているので、世界を持つ人の人間性が揺らぐこと以外では崩壊し難い
ということである。
これはラブライブの一期と二期の一挙で二年生組3人を見て感じたことですね。
いい感じに長短を持たせた3人組が補い合う構成でできているように感じましたね。
あとは追記すると「完全キャラ+ボケをかます」という大雑把な設定だけしてしまうとと
その後の話が既存のもののコピーになりやすい、
ということなどは挙げられるんじゃないかなーと。


・物語が大きく揺らぐポイントまでにきっちり前提を確立しておくべき。
局面までに今までなかったような流れを持ち込んでしまうと、
受け取る側からはキャラが変わったとか、シナリオを強引に歪曲させたように映るということ。
要するにきっちりフラグを立ててから物語を急転換させようということ。
特に沈みの急展開である場合は、「そうじゃなかった」が生まれやすく、
「ここまではよかった」と思われてしまいやすい。
「こういう要素のときはこう動く」「けど、更にこういう要素があれば例外である」
と言ったアルゴリズムや心理などに似たものを物語の内で確立させておけば、
「あー、ここでこれが出ちゃうかー」という自然な物語構成が出来る・・・のかなーと思った次第ですね。
これもラブライブ。一期の一挙放送ですね。一部二期でもあったね。
具体的に言うと一期だと11話12話あたりですね。
直球だった主人公が突如ねちねちと捻くれ始める沈みの部分ですね。--------------------------------------------------------------------------
体調が悪いのに無茶して練習
体調が悪化してしまうが無茶して本番へ
本番で倒れる
大会の出場を辞退したと聞いて出れなかったことをとにかく悔やむ
(注意を受けずに無理をした自己崩壊である。単純に出たかったことがわかる。)
友達の声に耳を貸さなくなる
廃校阻止の目標が達成されたと聞く
目標達成と聞き、恰も今までの活動がそれだけの為と転嫁し思い出を否定。
(出たがっていたはずなのに目標の為と転嫁。)
友達が相談してくれなかったことを友達の所為に転嫁。
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強引に物語を延ばす為か既になんとなくあったキャラ設定を
違う方向に強引に確立させる為にできたようなキャラ崩壊のような場面から。
こういうことがあると、せっかく世界に居るキャラが崩壊してキャラのイメージが悪化してしまいキャラの評価が下がるが、実際はそういうことを予測しない世界の持ち主の問題である。
他には今までそういうことがなかったのに沈んだと思ったらいきなり起こった事でもない後付設定で夢を語りだしたら結局論点がずれてて歪曲していて意味不明だとか。
これについてもただ残り時間が短いという枠は何個かあったのだから、そこで出すか、キャラ用の枠として確立させるならもともとこうだったというのを準備しておくべきだったんじゃないかなーなんて。
まあ批判みたいになっているけど、自分が似たような物語の構成になったらこう注意しなくては、という受け取り側と作成側の意思の違いが生まれる要素をピックアップしているだけなので、作品が良くなかったと思っているというよりは部分的に分解して自分に生かそうとしているだけなので悪しからず。


・深く切り込めば全員が自己中心でナルシスト
随分ざっくり言ったけど正確には多くの人がそうなんじゃないかなって思ったこと。
記事で一番不確定な要素として。
というのもスレッドに滞在すると見えてくるものがある。
文脈や語尾や特徴・・・。それで個人が分かるとかそういうことではないです。
それは、「スレッドを使う人間としてのスキル」でしかないため、おおよそスレッドを使う上でしか生きません。
今回はそうじゃないです。どういう気持ちで書き込んでいるのか、
・・・いいえ、その人が気が付いていないかもしれない根本的な元となる概念の捉え方についてですね
自分をお客様と思って自分中心で要求や命令をしてみたり
なんてことはよくありますよね。
しかし、逆に言うと
「頭がおかしい」「間違っている」「勘違い野郎」「常識がない」
これは何ですか?ということですね。
要するに「あなたは常識はありますか?」という質問はどういう意味なのだろうか。
まず私が「あなたは常識はありますか?」率直に聞いた時に半数より多いくらいの人が肯定の反応を示すと思う。
そして、討論中に「あなたは常識はありますか?」なんて聞いたらどうだろうか。
おそらくほぼ全員が肯定するだろう。
つまり何が言いたいかと言うと、
「自分の尺度から人間は物事を図る習性が身に付いている」
つまり、「根本にあるものは主観」であり、「根本は自己中心」だということである。
それが冷静さを失い、増しては自分の正当性を相手に理解してもらおうとしているとなると、
そもそも「自分の正当性」なんて状態で既に自分が正しいということが確立してしまっているわけで、どうやって見ても相手よりは常識を持っているという心理が本能的に出ているわけである。
そもそも、何が常識なのか決定する要素がまず個人によって異なる。
礼儀や宗教、人によっては多数決や個人個人が楽しめることなんて場合だってあるし、
後者を間違っていると判断している僕が正しい証拠もない。
そもそもこの問題にはおそらく「正しい」なんてものはない。
これは人格形成の時点で決まりかかっていることであるため、そうだという風にうわべで理解させても、本質的に自身が理解していない事が殆ど。
ただ、「言われたからこう」という考え方が確立しているため、「何故、こういわれたのか?」ということを考える人は少ない。
故に本質的に理解していない事に気が付く人も少ない。
その面では
「僕はこの世界に必要な人間なのか」「僕は生まれてこなくても良かったんじゃないか」
という問題に答えが出ないといったことは別に問題がない。
むしろ本質に迫った結果を更に本質に迫れば長く連なりが続いていくわけだから、どこかで「こういわれた」が登場するか、答えが出ないのが普通である。
その、こういわれたをかなり低いラインまで減らした場合、仮にそうすることを人格形成の部分から出来るのであれば、また見えてくる常識は違うものになるはずだろう。
つまり、あくまでも人格形成の時点で一人ひとり違った世界観と常識を備えており、それが自身の「何が常識なのか」を判断する要素を元に間違っているかどうかを判断する為、本来自分が常識がないとは思わない
ということである。
仮に「ご飯はスプーンで食べるもの」「同じ年齢層の多くがそうしているから」という子供の中の常識があったとしても、「多くの子供がそうしているから」という尺度から見れば間違っていないが、おそらくこの記事を読んでいるだろうご飯を箸で食べる場合もあると考えている一同からすれば、「大人は毎回そうしているわけではない」という決定する要素を持っているために食い違う。
そこで出る答えが、「箸を使う場面もある」「お前は子供だ」というようなものになるわけである。
これを子供が受け取った時に、「子供じゃない」とか「みんなそうしてる」とか「スプーンで食べるもの」という答えが出る。
というかこの子供が反発するという行為でさえ、根拠付けが非常に雑であったにしても子供に世界観が既に存在することを示しているし、「じゃあ箸を使ってみる」というアンサーがあることを考えると常識が変わろうとしている時に成長することが分かる。
つまり、自分が常識を持っていると判断した段階で、成長は大きく減衰するということも伺える。
自分が中心であればあるほど、取り入れることができるチャンスを溝に捨てることになるし、成長しないで発展の途中で滞在する時間が長くなるということだ。
そのロックとアンロックの周期の中で、いかに取り入れるチャンスを逃さずに、かつ根拠付けをしっかりできたもののみを取り入れるといったことができるか、これが成長率なのではないだろうか。
まとめると、
◆安易に相手の常識を疑ってしまうと、実は自分の方が常識がないと多くの人に映ってしまうこともある
◆「常識(はい・いいえ・その他)」は個人によって「根拠付けを行う要素(教え・宗教・多数決など)」と「内容(出来事やものなど)」が違う。
◆自分の正しさを説く場合はきちんと根拠付けを行っておかないと、本来反対側にいる人のアンロックを解くことはできない。
◆それらを決めているのはあくまでも根本に存在する自分の尺度であり、客観ではなく既に常識として取り込んだ自分の常識であることが多い。

まだ尺度についての考察がありませんでした。
憧れとはなんでしょうか?
自分がこうなれたらいいなあというものですね。
「~が~で」と言った具体性が伴う場合が多いです。
それは自分と憧れの対象の差分に当たりますね。
つまり自分が憧れに至るうえで排除する必要がある劣等感に当たります。
この「排除する必要がある劣等感」が尺度ですね。
なんでその要素が排除すべきであるのか、なんでこうなりたいのか、
これを決めているのが「理想」であり、自分の中の常識に一番近い人になるわけですね。
そしてその常識を目指すうえでその常識が揺らいだり、理想となる人が変わってくるわけです。
つまり自分に対して足し算や引き算をする能力を身に着けており、そうすることで完成する自分を予想する能力を人間はもっています。
(ただし、結果としてそうなるかは別であり、正しい式を作れるかどうかは別である。)
そしてそれはあくまでも、自分→理想であり、自分が中心の計算になりますし、式を立てる上で理想となった自分は個人の中の常識に匹敵する存在であり、自分がその理想になる元となるモノである前提になっているわけですね。
5という数値を作るうえで一番簡単な道は5に1をかけること。
それは自分がもともとその理想であったら何もしないでも理想になれたという式ですね。
4に1引いて2足した。
これが自分の短所を除いて必要なものを足した式ですね。これだと自分が4の位置に居ることになります。
おそらくこれを表すには2次元や3次元の足し算引き算の方が軸と特性を当てはめられる為いいのでしょうが、わかりにくくなるので一次元で勘弁してください。(苦手であることもあり)
ここを要約すると
◆理想を決めているのは自分の中の常識で、その中でより優れた存在と認識しているもの。
◆理想の設定したときにおおよその自分との差分を即時に判断する能力を人間はもっている
◆即時に差分を判断できるということはその理想に自分がなる素質を持っていると根本で判断している。
◆相手を理解すれば常識と更に合致したり違いを感じたり、相手に常識を上書きされるということもよく起こる。
◆理想は確実に実在しているとは限らず、近い存在を更に付け足したものであったり、長所と感じた場所の結合体であったり、全くの空想であったりする。(≒正義)

「理想」という存在は、現段階のその人の「常識」から外れていない、その人の最強の存在である。
しかし、「常識」や「人間らしさ」の評価とは、
多くの場合において、
「理想」を構成できる「自分」と「相手」を比較した、と錯覚しているだけであり、
実際は「理想」と「相手」を比較しただけの「自分」と「相手」を比較したものではない。
つまり、「自分」と「相手」の位置付けを行っていない。(「ブーメラン」の概念)
そして、その「理想」も「常識」も自分の「尺度」と「判断要素」によるのもので、
それが必ずしも「多数の支持」に繋がるとは限らない。
そして、必ずしも「多数の支持」が根拠付けによって確立された「常識」とは限らない。


・勝ち組と負け組を決めていく要素
勝ち組と負け組を決める要素は、上で取り上げた尺度や根拠付けによる判断によって
理由のある引き出しを増やすことはもちろんだが、モチベーションなどの他の概念も存在する。
人間は立ち止まるのが大好きである。
そして、その立ち止まっていることに気が付くかどうか、ここで既に重要な要素がある。
「なんでこんなことをしているのか」「これは何のためになるのだろうか」
この根拠付けをしっかり行うようにしていれば、日常の無駄に気が付くことにつながる。
例えばさっきのスレの長期滞在がそれにあたる。
スレの長期滞在は人間の性質を理解することができる長所があるが、
もしかしたら他にももっと楽しくもっと効率的な方法があるのかもしれない。
もっとも私は掲示板では人間の本性が通常のコミュニケーションよりも見えやすいと思っているため、
非常に効率的であると思っているのだが、引き出しが多く無い為他と比較することはできない。
そして、これの非常に時間が無駄であると感じる場面はやはり対立が発生した時である。
さくさくと進めばいいのだが、ロックが強すぎる者が議論の中心に居る場合は一向に進行せず、
更には互いに一方的に意見を言う様子を嗅ぎ付けた者が一人また一人と増え、
同じ議論を掘り返したりしてはまた繰り返す。
これを説明したり、再度議論をすることはおおよそ何も得られることが無い為非常に時間の無駄である。
そもそもさっきの「常識」のように、双方が間違っていると思っていないから対立が起こるのであって、
それをロックしていたら、そもそも進行する可能性も限りなく薄い。
その時間を金やスキルアップに繋げていたら、もしかしたら別の道を進むことができた、
といった局面にぶち当たる可能性だってあろう。
そこに気が付いていたら、と後悔した時には既に遅いということである。
僕ももう20年も生きて、そういうことも何度もあったけれども、それはこれからもだろう。
立ち止まることは悪くない。
整理したり呼吸を入れることは大事だ。
しかし、それと無駄な場所に労力を投資する行為は別であることを間違えてはならない。
無駄をカットし、必要であることであれば極力、
収支計算として相応の収入の為の労力のチャージとして考える必要がある。
チャージに向いていないのであれば無駄であるので、なるべく早くよりよいチャージを見つけて切り替えるべきであろう。
これは非常に難しい。
人間の怠惰の心は人間の最大の強敵であるのだから。
そしてこの収支計算の時点で既に自分に甘い計算をしてしまうと、得られるパラメーターは高く望むことができない。
「ちょっとだけちょっとだけ」それが「違う道へ進むチャンスを逃す」ことに繋がり、
一度チャンスを逃すと、難易度が違えど収支計算とスケジュール管理と怠惰の心から、
またチャンスを逃す可能性も全然ある。
失敗したことによってより怠惰の心が強くなることもあるため、この連なりを断ち切る決断力と行動力が必要であり、
それを身に付けたときには負け犬ではなくなっているのではないだろうか。
それができないと時間だけがどんどん過ぎていき、
何もできずに何にもなれずに人生が終わってしまうのではないだろうか。
それが気が付くのがいつか、それに向かって走れるのがいつか、
これが遅ければ遅いほど負け犬から脱出できる可能性とチャンスも少ない
これを常に意識することが大事なのではないだろうか。
そして収支計算と怠惰に対してはライバルシップを強く持ち、負けないという気持ちが大事なのではないだろうか。

これは広告に出ていたある同人誌の試し読みの部分を読んでいて意識すべきと思ったことですね。
ざっくりとしか覚えてないけれど、
人間は奮い立って怠けてを繰り返し、
どうあるべきかどうすべきかどうなるべきかを見つけた時には既に生命力がなくなっていて、
力がなくなったために、奮い立つ元気がなくなり知識も経験も生かせずに朽ちる。
といった感じのもの。
つまり若いうちは体力はあるが、知識や経験がなく、目標も見えないために怠けることが多いが、
折角目標を見つけて動こうとしても今度は体力が無い為に何も変えることができない。
そうして何もできずに人生が終わる。
多分その通りだと思います。話聞いたりそこまで人生経験してないからわからないけど、
大人がいろいろやれっていうのはそういうことだと思います。
これをどこで抜けることができるか?
目標を早く見付ける事じゃないかなーって私は思いました。


・わたしはなぜプログラマーになりたいのだろうか?
これはアニメを見てふと思ったことですね。
後はさっきの目標の話も関係しているでしょうか。
「将来の夢」とはなんだろうか、ということですね。
「将来の夢」という言葉は結果を意味しているように感じるが、
本当にそうであろうか
ということですね。
どんなことにしても経過も必要になるのではないかと。
将来の夢を追いかける、というのは好きで好きで仕方がないから、
時には苦痛であろうと努力し続けることだろう。
それをどのような形であろうが形として表現した時に付く評価が
その将来へ進むことができるかを決定するからこそ、
その努力を怠らないし結果に拘る。
つまり形を作るためには経過も必要不可欠であり、
そのような経過を自分は辿っているのだろうか
ということです。
そう考えると私はプログラマーに心からなりたいと思っているわけでもないのかもしれないが、
だとしたら何になりたいのか、ということもわからない。
そもそもなんでプログラムをやるのか、ということを考えるべきであろうか。
楽しいからである。
しかし、他にもっと楽しいことがあると思っているし、それは理由としては成立しないだろうか。
モノを作りたい。
これは本質かもしれないが、これは作ってなんだっていうのだろうか。
おそらく自分の努力を形にして評価を貰いたいのが本心かもしれない。
評価を貰えるというのは他人が自分の作品に対して時間を割き、
その割いた時間がどういった時間だったのかということを聞くことができるチャンスである。
そして、楽しんでもらえるチャンスである。
それは努力してよかったと思えるものであるだろうし、また頑張ろうと思えるものであろう。
しかし、逆を言うと他の人の時間を無駄にしてしまう可能性もある。
私もそうだが、無駄になるかもしれないと思うゲームはやらない。
果たしてやってもらえるものが作れるかもわからない。
それはやって良かったと思う対価が付いてこない可能性もある。
極論からすると私がプログラマーとして就職したい理由は、技術を学びたいからなのかもしれない。
そして、他の人の「作って」という要望に応え、褒められることに、そして必要とされることにあるのかもしれない。
そして中でもPCゲームやコンシューマーのものを作りたい・やりたい。
それだけなのかもしれない。
実際は勉強をしたいからなのかな、と振り返って思っているこの頃でした。
ただ、そういう人間を欲しいと思う企業はあるのだろうか・・・?
その本質と向き合うのが就職試験なのではないだろうか。
まだ自分の本質の理解と、本質の企業に必要である根拠付けと、そもそもの企業に必要である本質がないというのはどうしたものだろうか・・・。




さて、今日の深夜に夜行バスで東京に出発します。
勿論就職試験ですね。
夜行バスは長いので、きっちり本質の探りに対しての自己研究をしたいと思います。
最後の長文は某開発会社からの内定を断った件も影響していますが、
今受けている会社が本当に行きたい会社なのか、もう受かっている会社でいいのか、
これを8月になってから真剣に悩んでいたんですよね
ここ最近になっておおよその作品審査の結果が出て、
内定予定連絡が1件
内定辞退が1件
最終選考が1件
2次選考が1件
作品審査待ちが3件
というところですね
もう今更申し込もうとも思っていないわけですが、本当にここからやりたいことを選べるのかわからなくなってたんですよね
第一志望は選考から落ちて、
今2次選考まで進んでいる会社は第二志望ですが、社風は非常に好きなのですが、技術力の追及ができる保証がなく不安だったりして、
そこで本心は自分が技術力を学べればいいのかなと思う場所もあり・・・。


まあバスが長いのでそこで考えますわ(2回目


3・4時間書いてたわ・・・(驚愕
実は私、こうみえても17歳の就活生☆
金曜日に学校で就活状況調査が行われると聞いて慌てていろいろ調べてみてるよ!

そこで、目にした「内々定」。
実は、内々定という言葉に触れたのは今回が初めてではない。
ここで特筆すべき「内々定」の出会いは、とある会社説明会のことであろうか。

初旬に行われていたものだったと思うその説明会において、
抗議担当の方の発言に、こういったものがある。

 「選考を通過した生徒さんには、
   安心して学業に専念していただきたいので、
     当社は会社の業績などを理由に内定を取り消す、
       『内々定』の採用はやっておりません。」

ここから、私の「内々定」に対する認識は
「企業が自由に採用決定を取り消すことができる期間がある」
という認識となっていたが、これを気に改めて調べてみることにした。


まず、ここで重要になってくるのが、
「経団連の『採用選考に関する企業の倫理憲章』」 だ。

これによると、

(1)広報活動の開始
インターネット等を通じた不特定多数向けの情報発信以外の広報活動については、卒業・修了学年前年の12月1日以降に開始する。それより前は、大学が行う学内セミナー等への参加も自粛する。また、広報活動の実施にあたっては、学事日程に十分配慮する。
(2)選考活動の開始
面接等実質的な選考活動については、卒業・修了学年の4月1日以降に開始する。

12月1日以降の広報活動の実施にあたっては、当該活動への参加の有無がその後の選考に影響しないものであることを学生に明示する。

正式な内定日は、卒業・修了学年の10月1日以降とする。


というものがある。
16卒就活生から後ろ倒しになるあれである。

つまり、
「正式な内定日は、10月1日以降」なのだ。
では、なぜそれ以前に内定が出るのだろうか。
実は、内定といった言葉には実質二つの意味が存在するようになってしまったからだ。

内定(ないてい)
・内々で決まることの意。
・就職活動における始期付解約権留保付労働契約の通称。


そう、主に日常で使われる「内定」は内々(うちうち)での決定のことだ。
つまり、これは口約束でしかなく、本来の意味の「内定」とは異なる。
実は、これが「内々定」というものらしいのだ。

中には誓約書などによる約束するケースもあるようではあるが、
「10月の前に言われる内定とは、『内定を出すつもりです』という内々定」であり、
それ以降であれば、
「4月になったら働いてもらいます。ただし、何事もない今のあなたであれば」
というものらしい。
つまり、誓約書などがないのであれば、
会社側が内定を取り消そうが、受験者が辞退しようが、
正確には問題がない

らしい。
そもそも、決定することがおかしいことであり、
ただの口約束でしかないので、実体がなく、成立していないものであり、
取り消すとか辞退するとかという表現にも当てはまらないようだ。

つまり、誓約書を書いていても、本来は10月以降にならなければ、
社員としての登録などの行為は不可能であり、
そもそも誓約書を書いていないのであれば、
無視して別の企業の採用試験を受けてもいいということらしい。

ただ、逆を返すと、10月以前の「内定」という表現は
実際は「内々定」でしかないので、
全部が取り消されてしまっても、ルール上は問題がないので、
より多くの内定を取るべきであることは変わらないだろう。

また、内定式により、正式な内定となるのも重要だろうか。

後はルールとしては、
4月以前の説明会は宣伝でしかないので、採用に左右したらいけないとか、
そもそも選考はやったらいけないとか、いっぱいルール違反があるから、
正しいルールを見極めようということかな。
仮に内定、もとい内々定後、誓約書を書いたうえでキャンセルをしたとし、
保険などの賠償が求められた場合、
正式にはしてはいけない処理をしているか、嘘の可能性もあるので、
そこらへんも注意していきたい。

まとめ
内定 :来年4月から何もなければ勤務する約束。10月から。
内々定:9月までは口約束なので、その実体がない口約束の「内定」のこと。


後は後日、学校の就職センターにて質問してみようと思うので、
誤認識があれば、新規記事にて追記いたします。

あと、どうでもいいんですが、多分ブログをそのうち移転します。


参考資料
http://www.social-lunch.jp/s2/column/6243695493906432
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%85%E5%AE%9A
http://www.keidanren.or.jp/journal/times/2013/0718_04.html
https://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/2011/015.html
http://www.jinji-support.com/enter/naitei.html


これについては近々別枠で発表しますが、この場を借りて選考配信とさせていただきます。
夢ってすっごく中二臭いと思う。
けど、人間の創作能力の根源ってその中二臭さにあるんだと思う。
どんな内容でもやっぱりアイディアはアイディア。
つまらない内容であっても、磨きをかければ多少は意味が出てくるはず。
その世界観を個人の世界として隠蔽して腐らせるのは、
クリエイターがやっていいことではないと思ったので書きます。




これは、勢力間の分裂を中心とした戦いの物語である。

仕事が終わり、何時もと変わらぬ川沿いの帰り道。
今後のことを思うとあまり明るくはなく、
最近は地面を長め歩くことが増えていた。
そうして、ふと気が付いた時、私は私の知らない場所にいた。
薄暗く、黒い霧がかかり、大きな岩があったのを覚えている。
正確にはそれしか見えるものがなかったのかもしれない。
そうした空気の中、その岩は特別に目立っていた気がする。
いや、違う。正確には
その岩がどうしても気になって仕方がなくなっている、
というのが正しかったのかもしれない。
この圧力・・・。怖い。逃げ出したい、怖い、怖い、・・・。
この岩は、この上ない歪んだ感情を与えていた。
もちろん、脚が震えていたし、石から離れられない不思議な感覚で逃げることはできなかった。
しかし、この歪んだ感情が何だったのだろう。私は単純な恐怖ではなかったのではないかと思っている。
そもそも、この怖さはこの黒い霧と見知らぬ場所に来てしまった事にあるのかもしれないし、
負の感情であったと断言することも出来ない。
単に威厳に威圧されているような感覚だった気さえする。
そこにいた私は、その感情に拘束され、長い時間動くことを許されずにいた。

「お前はその現実から逃げたくて仕方がないのだろう。」
割と短い時間に感じてはいたが、どれくらいの時間がたっただろう。
どこからともなく声が聞こえてきた。
大きく低く、威厳溢れる男性の声である。
「私がお前の望みを叶える手伝いをしてやろう。ここは一つ、私に委ねて見ないかね。」
その声は私に質問を投げかけてきた。
いや、引け腰にあった私にとっては強要を迫ってきていたも同然である。
私はより冷静さを失ってしまい、どのように逃げるかを必死に考えていた。
結果としては、焦れば焦るほど興奮が加速するだけだった。
最終的に私は限界を超えて興奮してしまったのか、
酷く意識が朦朧としてしまい、その質問はどうでも良く思えてしまった。
「この返答はどうでもいいんだ。機嫌を取ってここを凌いだら急いで後ろ側に走るぞ。」
僕による僕たちの会議は結論に至った。
そうしている間に十分程は硬直していたのではないだろうか。
不思議なことにその間相手の追撃はなかった。
「はっ・・・、はい・・・」
興奮によって呼吸が乱れていたこともあって、ふにゃふにゃだったが、
きっと相手にはいいえとかには聞こえてなかったと思う。
「ふむ・・・」
私の返答を受け止めた相手からの第一声だった。
しかし、私は音を認知し、相手が「ふ」と発した時には既に後ろに逃げていた。
脚には自信がある、勝った。
朦朧としている中、私はそう思ったのだが脚が重い。
いいや、脚が沈んでいくような感覚である。
原因は過度の興奮による過呼吸か、緊張による疲労か、そもそも仕事で疲れているのか
一瞬は必死に答えを探したが、すぐにどうでもいいことだと分かり、考えるのをやめた。
同時に立っているのがやっとになってしまい、走るのをやめた。
そして、全てを諦めた。
私は諦めないことは得意だが、反面無駄な努力をすぐに見極めて諦める能力に関しては非常に自信がある。
それは恐怖の上でも変わったことではなかった。
前回、最良であると思われた選択肢で失敗している以上、
今後の選択肢において凌ぐことが出来る保証もなく、
そんな保証もないことをやって、また失敗した時の更なる状態悪化のリスクを考えると
相手の言うとおりにする以外の有効な選択肢はどう頑張っても思いつかなかった。
頭が回らない中、本能的に選択肢を決定し、
今後どうなってしまい、その後どうするのかという議論に僕による僕たちの会議が進もうとした時、
相手はそれを許さなかった。
「どうするんだね!」
さっきよりも強く、バチバチと電気を纏ったような声が私を貫いた。
走った所為なのか、肺が苦しい。
さっきから不思議だった。
過度の緊張状態の中でこんな意識が薄れることは、幾ら疲れていても普段はないし、
逆に意識が薄れているのに過度の緊張をする筈もない。
そもそも脚が震えていたが、そこまで緊張していたのか、
脚は震えてなかったのではないか、
もしかしてこの霧には何か効果があるのではないか、
色々考えようとしたが、またそれを許さない。
体が解けるように熱く、痛い。
しかも外から押しつぶされそうな感覚がある。
そんな中、薄っすらと相手に応答した。
「おねがい・・・します・・・。」
そして、この空間において私の体に何らかの力が加わっているに違いないことを確信してはいた。
しかし、仮にそうだとしても私にはどうにもできないことはわかっていた。
それは正しかった。
そもそも、苦しかったから薄っすらとしか応答できなかったわけではない。
その痛さや苦しさはどうでもよく思えるほど意識が薄れていた。
そう、もはや全てがどうでもいいのだ。
そう思った後のことは、今でも正確に思い出すことが出来ない。
ただ、痛くて苦しかったということ、相手の言うとおりにしてここを凌ごうとした感覚は今でも覚えている。
どうだっただろうか、正確には相手に無心の状態を作るように要求され、
手を水をすくうようにして、それを胸の位置から上に掲げたようなことをしたような・・・。
やはり正確には思い出すことが出来ない。
しかし、目が覚めたときは、自分の家にいた。

夢だったかと思ったが、やはりそれは違う。
一度岩の前で目が覚め、続きの話を聞いたような気がしたのだが、
ふと我に返り、まず時計を確認したところ、普段の帰宅時間と変わりなかったことが強く印象に残っている。
まず、意識を失ったこと、そもそも霧に包まれたことも現実ではなかったのかもしれないとも思える。
確かに時計を見て驚いた。
これは間違いがなかった。
つまり、霧に包まれた光景を見たことも、おそらく本当ではあったが、
時間軸には存在しないか、妄想として存在したかのどちらかだろう。
しかし、結論が出るまでは非常に早かった。
理由は横で寝ている女の子だ。
そもそも、僕の寝ている場所はいつものベッドではない。
地面に敷いた布団だ。
ベッドでは女の子が寝ていたのだ。
もう一度言う。
ベットでは女の子が寝ていたのだ。
これですっかり一度目が覚めてからのことを思い出した。
あの後、一度岩の前で目が覚め、辺りを見渡すと白い霧に包まれた明るい場所になっており、
気を失う前のことを振り返り、焦りを覚えたところだったが、
私は私の生命の一部を既に亡くなっていたこの女の子に譲ったことで、
この子と一緒に生活することになったことを告げられたのだ。
雰囲気も昨日とは一変しており、平静を戻すことは容易だったのだが、
それにしてもこのロリっ娘・・・じゃなくてロ・・・女の子がすっごい懐っこくてかわいいなあと思っていたところで、
気が付いたら、普通の帰り道にいて、夢だったのかと時間を確認したら、
まったく時間が進んでおらず、再び何時もどおり帰ろうとしたところ、気が付いたことがあった。
岩は見慣れない光景ではなかったということ。
正確にはいつも携帯を見たり、地面を見たり、妄想しながら帰っていたため、
そこに岩があることに気が付かなかったというのが正しい。
そして、その岩の後ろから、その女の子が飛び出してきたが、不思議とあまり驚かなかった。
あまり話すことはなかったが、あっという間に家について、すぐに寝たんだったような気がしなくもなかった。
そして、大事なことが幾つかあった。
まずはしっかりすること。
しっかりしないと、女の子に生命を吸い尽くされるような形で全て奪われてしまうかららしい。
最悪、二人とも消滅してしまうそうだ。
いやー、完全に吸い尽くされて自分が死んでも、この女の子が生き返るならそれでもいいやーとか思っちゃうわー。
次は他の人間からはこの子が見えないこと。
迂闊に話しかけると独り言を言ってるように見られるということらしい。
近くにいるならテレパシーのようなイメージで話しかければお互いに分かるから、喋る必要もないとのことだ。
いやー、これじゃあ僕がえっちぃ想像したらもしかしたらばれちゃいますなー参ったなあー。
3つ目は、常に近くにいないと、女の子に譲っている生命が尽きた時点で女の子が消滅してしまうこと。
また、また岩のところに来れば治せるのだが、私の生命の設定が女の子に譲るように設定されているので、
近くにいないと消耗が加速すること。
ようするに携帯電話の電波と電池の関係のもののようだ。
もちろん、生命が尽きたら私も消滅してしまうらしい。
そして、声の主は女の子を消滅させたら設定は直してくれないらしい。
消滅させるなら、お前も消滅しろということらしい。
最後だが、暫くしたらもう一度岩の前に来ることということ。
その暫くはそのうちわかることらしい。


という感じ。
ここまでは割りと夢の中では大雑把だったから、かなり後付設定。
ようするに夢では
岩の前(帰り道でもなんでもないが通りかかった?)で岩に注意が惹かれ、
そこで神秘的な光景が発生し、気が付いたら隣に女の子がいた。
女の子は僕の生命を吸って生きている。
という感じだった。

かなりその神秘的の部分が曖昧だったから、
歪曲させようとしたらあら不思議、
朦朧としているのか緊張しているのか分からなくなってしまった!!!!
もし復刻版が出るならこの辺は緊張設定はもっと少なくなると思います。
そして、ここで切り上げた理由は、この時点で世界観がブログオリジナルになってしまったこと。
ネタバレになるが、夢では家に帰っていない。
そもそも現実から逃げたいとか勢力の分裂は今後の物語にて、
「こういう話だったんじゃね」
っていうのを勝手に推測して追加しているに過ぎないですが、
岩の前からそのまま敵対勢力に向かっていきます。

ただ、夢に出てきたロリっ娘がめっちゃかわいかったのは本当で、
この後もずっとすりすりだったんですよね。
それと、こんな流れだったらゲーム一本作れる気がするなーって書いてて思いましたね。
テレパシーも後付で、夢では普通に話してたので。
後は、さっきも書いたけどすぐに勢力に向かっていくので、
同棲生活?とかはなかったので。

ここからは多分今後続きは書かないと思いますが、
簡易版のあらすじを簡潔まで書きます

岩出発から

見渡すと回りは想像と未来と現実とか重なった赤っぽい世界だった。
赤くなった川には道があって、女の子は嫌がる僕を必死にこっちに進める。
僕は勇者になった。
僕と同じくらいのカメを木で殴って倒したり、
魚に食われて痛かったけどそれを倒したり、
実は魚とかの中には生命だけの存在を食べるものをいると知って(ここからほかのひとには見えない設定誕生)、
それから女の子守ったり。
で、岩が全然見えないくらいまで進むと、
縦長の白いクリスタル(テイルズオブデスティニー2のコープスリバイバー参照)がある中腹?
みたいな場所にたどり着く。
そこで女の子から、生命をほぼ全部譲るようにお願いされる。
それは、こういう場所じゃないとできないらしい。
そして、それだけ譲ると逆に僕が肉体がなくなってしまうらしい(ここから吸い尽くされた設定誕生)
しかし、女の子がすっごい深刻な顔をして、すっごい本気でお願いしていて、
本気ですっごく困ってそうだったので、言われたとおりに提供、
僕の肉体が消滅してしまってそのまま冒険を続けることになる。
女の子はすっごい嬉しそうだけど、岩を女の子が離れた時点で、
僕は生命を受け取る側になっていて、僕が生命を渡す側ではなくなっていること、
僕は生きていない扱いになることに気が付いた。
これは深刻で、彼女の笑顔もあって結構怖かった。
けど、迂闊に聞いたら本当に僕に体を返してくれないような気がしたから、
彼女が言うように冒険を進めた。
しかも、割とすぐに役割分担をすることになってひとりになってしまった。

※イメージ(現在左下)

彼女がもしもこのまま自分が生き返ろうとしてるなら僕はここで死ぬんだなっていうのは分かったけど、
どうしようもないのは分かっていたのでそのまま独りで探索することにした。
僕の役目は鍵を探すことだった。
彼女は本拠地の特定と進路の確保をするとか。
僕が宝箱をひたすら開けて、深い水の場所で引き返したら彼女と合流。
場所を見つけたらしい。
しかし、やはり鍵がかかっているようで探す必要があるとか。
深い水の先には机のようなものを中心にした水浸しの空間があり、
宝箱があった。
鍵はここにあった。
最初はあちこちに散らばっておいてあるのかと思ったけど、
探ってみると、列のようにほぼ一周宝箱が並んでいて、
かぎ以外にも何かあるかもと思い、
頭以外全てを水に浸けて一周した時に思い出した。
肉体がなくても生命を食べる魚の話だ。
結局ほぼ全部空っぽで、食われることもなかった。
来た方向と反対方向には、随分昔と思われる宮城郡利府町の光景が浮かんでいた。
なお、物語の中では利府町とされてはいたが、おそらく全然利府町は関係ない光景。
覚えている店はGooというゲームショップ。
おそらく利府町には存在しなかった。
後他にも特徴的な店が3個ほどあったはずだが、Gooがどっかの子会社で、
傍に親会社があってそこからゲームを仕入れてるけど無駄だよねって話をしていたが、
その会社の名前も覚えてないが、おそらくそんな会社知らないので、他の店も架空の可能性が高い。
ちなみにそのうちの一つは「笑」という感じが入った2文字の店。
カラオケかゲーセンかレジャー施設かなんかだった気がする。
どうでもいいけどね。
で、帰りは来た道の横にあった山沿いの道へ。
(そこで親会社の話)
山の上にはなんか店があって、そこで息抜きしてから本拠地へ。
本拠地は別の山の山奥にあって鍵を使ってあける。

ぶっちゃけここで終わりにしたいけどまだ続きがあるので続き

悪党は少年ジャンプの登場キャラクターたちだった。
僕たちが到着して後に、援護隊が到着。
特に攻撃する様子が見えない対抗勢力を見て、
辺りを見回す。
高場に名簿があり、いっぱいのジャンプキャラの顔写真と名前が。
空白、×、△、○が付いた枠があり、
×が援護隊にいるので、戦力表かなにかだったのだろう。
ちなみにジャンプは見ないけど、剣心は援護軍にいて×がついてたよ!
本拠地隊は4人くらいいてゆうゆうはくしょのひえーとうらめしゆうすけがいたね。
他は忘れた。
まあそれはどうでもいいんだけど、僕は肉体がなかったからほぼなんもやってなかったけど、
戦いが長引いて、お互いに消耗してきたところで、
女の子が昇華的な何かでいきなり成人女性くらいまで急成長して輝きながら敵勢力を消滅させた。
そんときにありがとうっていってくれたけど、そのまま消えていっちゃった。
これで戦いは終わって、DBのごくうが復興を開始、
女の子の祖母?よく考えると女の子はなくなってから随分たってるらしい
と話したり、暫くそこでゆっくりさせてもらって終了。
ちなみに家はその山からいける空中の世界のような場所にあったらしいけど、
地上から見た山周辺の空には普通の景色が広がっていたとおもう。

おそらく影響を強く受けているのは「ひえーはこんなこと言わない」ってやつ。
あとはテイルズオブデスティニーシリーズ。
コープスリバイバーと空中都市ダイクロフトなど。
確かに最近テイルズ放送してないなあって昨日思ったりもしたので。

後は終盤は曖昧。
確かごくうが復興したっていうやり方が俺たちが中にいるプレハブぶん投げて住宅街を作ったりしてたきがする。
その随分離れたところで女の子のおうち見つけて、なんだか、
「そうしてもいいとおもうなら、そうすればいいんじゃない」
って軽蔑の念を含むような説教をされたきがする。
他は楽しく団欒して寝泊りって感じだったと思うけどここで終了

そういや、生命返してもらってないで昇華していったけど、
僕その後どうなったんだろ。
あと、再設計するなら、対立勢力がこの子の父親で確定かな?
で、岩の声が祖父。
だとすると、やっぱ昇華した後に岩まで連れて行ってあげたいね。
ちなみに家に女性2、3人しかいなかったのもぴったりあう。
空の上の都市も未来だからっておかしい気がするね。



以上、夢でした。
P.S. いやー、女の子欲しいね。