台湾には何度となく足を運んでおりますが、台湾も複雑な歴史を内包しています。
18世紀あたりまでは中国の支配を受け、その後オランダやスペインなどの植民地支配を受けています。19世紀末以降の日本による植民地支配については自国のことなので、日本人は知っていますが意外とオランダやスペインの支配を受けていたという話は知らないような印象があります。
太平洋戦争→日本統治終了後の混乱は、書物を読む限り、
相当だったんではないかと推察されます。
本土の内戦の末、台湾に逃れた国民党と蒋介石。
その後、独裁強行政治を迎え1987年の解除まで、戒厳令が敷かれていました。
私の感覚からすると、1987年なんてつい最近ですよ。
カンボジアでのあの、クメールルージュによる暗黒の支配、
ポルポトによる大虐殺70年代です。
自分の人生のものさし、80㎝の間に
とんでもないことが起こっているわけです。
ISの出来事も、まさに今生きている私の足跡の
平行線のどこかに足跡として残ってるんです。
長いようですが、たかだか100年という時代を切り取っても、
一国には激動の歴史が内包されています。
日本ももちろんそうです。
そんな中で、気になっている報道が、ミャンマーのロヒンギャ問題です。
民主化の女性リーダーアウンサンスー・チーさんの軟禁と軍政の嵐、
ようやく彼女をリーダーとして新しい一歩を踏み込んだミャンマー政府ですが、
浮き彫りになったのは、これまでいろいろな形でもってミャンマー内に
くすぶっていた問題、ロヒンギャ問題。
私も聞いたことはあったのですが、その経緯を知るようになったのは、ここしばらくです。
この問題も、他の国と同様に「宗教」を軸になっている図式のようで、
国民のマジョリティである仏教徒とマイナリティであるイスラム系住民「ロヒンギャ」。
ヨーロッパの宗教戦争、十字軍派遣といった中世の対立の図式が
現代の対立の根っことなって、何百年たってもくすぶっているというのは
宗教と人間の何たるかを暗に示しているのでしょう。
バングラディッシュへの難民の流出も増えているようです。
日本でも「ボートピープル」という言葉が一時期盛んに議論されるようになりましたが、
東南アジア付近で、難民の受け入れを法的に表明しているのは
確か数か国しかなかったのではないでしょうか。
ここのところ、報道では「虐殺」という言葉が目立ってきています。
どのようなことが起こっているのか。
常になる弱者になる子供や女性の境遇が心配です。
ルワンダの二の舞にならないだろうか。
今日はおかげさまでデスクワークに専念できたので
論文の原稿も進みましたが、このようなことが頭に巡ると
集中できなくなります。
日課の神社参りの3つ目の願い。
「世界が透明でありますように」
の想いが強くなります。
今晩はドラゴンフルーツをおつまみに、ビールを飲んで仕事休止しましょう。