カーテンを開けると
一面うっすらと白かった。
予報どおり雪が降ったようだ。
雪の解けたぐちゃぐちゃ道を
西へ向かった。
着いた場所は、
昨年10月まで住んでいた場所。
三年経った今も、
どうしても、土に戻してあげられない
君のカケラを、
君と共に過ごした『地』に、
そっと帰しにきた。
リラの木の足元に
静かに、さよならした。
君の可愛い
おひげを・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
今朝、スマホに見知らぬ番号通知があった。
いぶかしく、出てみると、
少し年配の男性の声で、
「もしもし、○○です。」と。
ん??○○さん?
少し考えていると、
「□□さんですよね?」(私の名字)
はい、そうですが・・・
と、その時、記憶の片隅に、
でんでんの闘病中に、よく利用していた
タクシー会社の運転手さんの顔が浮かんだ。
当時、アプリ配信で同じタクシー会社を利用し、
その会社からランダムに運転手さん達が
お迎えに来て下さっていた。
何故この運転手さんが記憶にあるかと言うと、
長く利用している内に、
ずいぶん親切にして下さったから。
内容はうろ覚えだか、
前職は公務員をされていたと言う事、
愛犬家で保護犬を飼われていた事、
よく、ご家族のお話もされていて、
その方のご自宅が、当時私のアパートと近所。
ピシッと髪を整え、
いつもシワのないワイシャツ姿だった。
息子さんが、動物医療関係の職にあり(道外で)
当時、「不治の病」で毎日のように
病院へ通う私とでんでんを見るに見かねたのか、
「息子に良い先生(情報)を紹介してもらえるように伝えてみるから」的な経緯で連絡先を交換した流れ・・・だったように、思う。
ほんの、ささいなやり取りではあったが、
そのお心遣いに、
その方の勤勉さと、優しさが
伝わってきた。
その後、でんでんも亡くなり、
タクシーに乗る頻度も減った
ある時、
その方から、ショートメールで
脳の病気を患い仕事を辞め、
入院している、という内容が
最後のやり取り、だったように記憶している。
そして、今朝の着信に至るのである。
でんでんが亡くなり早三年。
正直、親しくしていた訳ではないので、
その電話に一瞬、身構えた。
「ちょっとお会いして話たい事がある」
「今日は仕事ですか?」
「今からお迎えに伺っていいですか?」
と、矢継ぎ早に話された。
それを聞き、
良くない「便り」だと言う事は
やみくもに、理解できた・・・
私自身、深呼吸してから、
その方に、順序だてた、ご挨拶をした。
すると、
「最近、立て続けに三度、財布を落としてしまい、8万円貸して欲しい・・・こんな事をお願いできる筋ではないが、女房には言えなくて・・・」と。
悲しい、でも
せつない、でも
腹立たしい、でも
例えようがなく、
言い様のない、気持ちが
ぐるぐると、心の中で渦巻いて、
「赤の他人」さまの
人生の背景を想像し、なんとも
やるせなくなった。
同時に、この場合100%
お金をお貸しする、義理はなくとも、
嘘をついてでも、親しくない人間に
お金の無心をせざる得なかった
切羽詰まった状況の人に
断りの言葉を投げかけた
あべこべな罪悪感が
あと味悪く、
電話を切ったあとに、延々と残った・・・
生きていくって・・・
・・・お金って
人と人の繋がりって・・・
コロナの影響で失業率もあがり
これからもっともっと
大変な時代に向かうのだろう
大切なものって・・・
幸せ・・・って
・・・なんなのだろう
『明日は我が身かも知れない』
窮地の人が救われる
日本で、世の中であって欲しい




