パリ in ラブラ日記
Amebaでブログを始めよう!

パリとグルメ 5

国王が先頭にたっていろいろと新しい料理の創造に手を染め、出来あがったものを3人の娘たちに試食させて意見を求めたりしているのだから、臣下がこれを真似ないはずがない。


貴族も貴婦人も新しい料理を作り出すのに熱中したが、おかげで今日のフランス料理のメニューの中には、この当時創作された料理が少なズない。

たとえばルイ15世の愛妾ポンパドゥール夫人は、『ベルヴュ風若鶏のフィレ』、『ポンパドウール風ヒラメのフィレ』などを創り、ネスル侯爵夫人は鳥肉やトリュッフ入りのパイ『ヴォル・オ・ヴァン』を、ヴィルロワ公爵夫人は『若鶏のヴィルロワ風』を、ミルプワ元帥夫人は『ウズラのミルプワ風』を各々創り出している。

男性も女性に負けず頑張り、ロアン公は仔牛のカツレツで、スビーズ元帥は玉ネギのピュレ『ピュレ・スビーズ』で名を後世に残した。


もっとも、多くの場合、これらの料理はおかかえの料理長が考案したものと推測されるんだけどね。

パリとグルメ 4

他の新機軸は、食事のための部屋-つまり食堂-がはじめて設けられたことである。

しかし、これは内輪のごく親密な食事のためのもので、大宴会のような公的な儀式ともなると、女王の控えの間で催されるのだった。


1日で最も重要な食事は夜食であり、二種類のポタージュ、二種類の肉-仔牛と羊-、三種類の焼鳥-鶏、キジ、山ウズラまたは鳩など-、野菜は少量で、アントルメは稀にしか供されなかった。

デザートは果物のコンポート、オレンジや梨といった果物である。


ルイ14世の食事と比較すると、量的にはかなり簡素化されていることが分る。

しかし、すべでの食通の例にもれず、ルイ15世も自分で料理することを好んだ。


オムレツや卵のフライを作るのが上手だったと伝えられているが、特にコーヒーをいれる腕前は自慢の種で、愛妾たちによくいれてやったと記録が残っている。

パリとグルメ 3

プレイボーイとして有名な摂政が愛妾の腕の中で死んでしまったため、ルイ14世の曾孫であるルイ15世の親政が13歳の時にスタートした。

ルイ15世は美男子として有名だが、胃袋の頑健さではとても太陽王におよばなかった。

つまり大食漢ではなくて、美食家であった。


ルイ15世の食生活はというと、朝食は朝の8時頃で、一杯のコーヒーかココアという簡単なもの。

正餐は午後の1時30分頃に始まるが、これは王の日常生活の場である「小部屋(プチ・アパルトマン)」の食事の間に調理場から運ばれてくる。

新機軸としては、はるばる運ばれてきた料理を温め直したり、ものによっては「小部屋」のキッチンで最終的に仕上げられるようになったことがあげられる。