テレビ報道で取り上げないだけで、長時間労働で労基署から是正勧告されることは、頻繁に行われている。それ自体はめずらしいことではない。そもそもテレビは視聴率につながらない話題は、一切取り扱わない傾向にある。労基署の是正勧告のニュースぐらいでは視聴率が取れないのであろう。
今回の事案は読売新聞のニュースになった例であるが、では、なぜ今回の企業はニュースになってしまったのか。長時間労働の次元がけっこう凄いからではないかと受け止めている。以下に記事を引用して掲載する。
人気洋菓子店「パティシエ エス コヤマ」の運営会社(兵庫県三田市)が、社員らに「過労死ライン」を超える月100時間超の時間外労働をさせていたとして、今年までの3年間に2度にわたって、伊丹労働基準監督署から労働基準法違反で是正勧告を受けていたことがわかった。1度目の勧告を受けた後、改善していなかった。労基署は長時間労働が常態化していたとみている。
勧告は1月14日付と2018年1月15日付。
同社の説明によると、同社は、労使の合意に基づき、時間外労働を「月100時間未満」と定めていた。しかし、18年の是正勧告で、製造や販売などに携わる社員ら約100人のうち、半数超の55人が100時間を超える時間外労働をしていたと認定された。その後も改善しなかったとして、今年1月に2度目の是正勧告を受けたという。
また、同社では、社員ごとに労働時間を定め、固定残業代を支払った上で、所定の労働時間を超えた分を別に支払う仕組みだった。しかし、一部の社員に超過分を払っていなかったという。
同社広報室は取材に事実関係を認め、「1度目の勧告の後、担当した社員が退職し、是正勧告について社内で共有されなかった。今は改善している」と釈明。2度目の勧告に対する改善報告書を現在作成中で、労使協定の内容を見直し、未払い残業代について、労基法に基づき、過去2年分を今後支払うとしている。
同社は、1990年代にテレビのコンテスト番組で活躍した代表取締役の小山進氏(57)が、99年に有限会社として設立。2011年に株式会社化された。小山氏は、世界的なチョコレートの品評会で最高位に輝いたこともある有名パティシエで、ロールケーキ「小山ロール」で知られる。三田市にある店舗のほか、ネットでも販売している。
同社によると、現在の社員と契約社員は計約110人。19年8月期の売上額は約20億円だったが、コロナ禍で20年8月期は約1割落ち込んだという。
小山氏は「手作りへのこだわりが評価され、魅力を感じてやる気のある人材が集まっていた。だからといって法律に違反していいわけではなく、反省している。今後働き方の改善を進める」と話した。
◆時間外労働=労働基準法で定められた「1日8時間週40時間」を超えた労働。労使協定(36協定)を締結すれば「月45時間、年360時間」を上限に認められ、労使が特別条項に合意した場合、年6か月以内に限り「月100時間未満」まで延長できる。ただし、年間720時間を超えてはならない。厚生労働省は、脳や心臓の病気で過労死として労災認定される目安を「発症前1か月に時間外労働がおおむね100時間」としており、「過労死ライン」と呼ばれる。
「パティシエ次々辞める」
「若いパティシエが使い捨てのように扱われ、次々辞めている」。従業員の一人が、読売新聞の取材に同社の労働実態を打ち明けた。
同社の製造部門では「LINE(ライン)」のグループチャットで、出退勤時刻を管理職と共有する仕組みだった。従業員のLINEの履歴によると、従業員は昨年のクリスマス前、午前4時頃から午後9時頃まで働くこともあった。3日しか休みがない月や、時間外労働が200時間を超える月もあり、月の時間外労働が300時間を超える人もいたという。
従業員は「みんな疲弊していたが、会社は『嫌ならやめればいい』という雰囲気で、声を上げられなかった」と言い、心身の調子を崩して入社後数か月で退職する社員もいたという。
従業員は「みんな小山さんに憧れて入社した。ボロボロになっていく姿を見るのはつらい」と訴えた。
「一人前になるまでは修業」の意識根強く
総合サポートユニオン(東京)の池田一慶執行委員の話「社員の意欲を利用して、長時間労働やサービス残業をさせる行為は『やりがい搾取』と呼ばれる。飲食業界は、労使ともに『一人前になるまでは修業』という意識が根強く、違法労働が横行している恐れがある。長時間労働は命にかかわり、意識を変えるべきだ」
今回の事案は、100時間を超える時間外労働があったこと、支払っていた固定残業代に不足があったこと、3年間で2回の是正勧告を受けたことが柱になる。
3年間で2度となると是正勧告事案でも、多くはないであろうと推測する。最初の是正勧告で改善していなかったことも汚点になった。真実はわからないが、最初の是正勧告では一端、改善したのかもしれない。その後で再び長時間労働になったのかもしれない。ここはわからない。
ただ、2018年の是正勧告では100人のうち55人が100時間を超える時間外労働の実態にあったことは、相当目立ってしまったのは事実である。55人と半数を超えること、時間外労働のレベルが100時間を超えるという過労死認定水準であることは、どうしようもない状況であったとしかいえない。
今年に2度目の是正勧告の際には、行政機関から長時間労働の常態化とみられてもいたしかたない。ただ、労基署の残業代の支払いや是正勧告レベルでは、この洋菓子店に対する顧客の購買心理・行動には影響はしないと思われる。お客は、労基署絡みの出来事があったからといって、この洋菓子店の消費を買い控えしたりはしない。食べたいという思いに影響がない領域の問題である。
同社の広報室は、最初の是正勧告後に担当者が退職し、是正勧告について社内で共有されなかったと話している。しかし、あくまでも一般的は話であるが、労基署から是正勧告を受けたことは、経営陣だけが押さえて、社内で共有はしないところが多い。同社の考えはどうだったのかは記事からは不明である。労務対策上は、共有化するのが望ましいと言える。ぜひ、取り組んでほしい。
労使協定を見直し2年分の未払い残業代を支払うとコメントしているが、未払い残業代の支払い義務は、法律上の義務なので、労使協定の内容は関係ない。また、労使協定を見直すことはあまり関係ない。
長時間労働をどのように少なくしていくかを対策しない限り、長時間労働が発生していくことになる。残業代という金銭を適法に支払うことと問題は別である。長時間労働は、安全配慮義務、健康配慮義務の話である。過労死、その他長時間労働に起因する疾病を発症した従業員が出てからでは取り返しがつかない。固定残業代のテーマは法的なリスクを含めて別な機会に書きたいと思う。
もし、そうなれば労災問題もやってくる。長時間労働の付けは大きい。果たして、従業員は病気を発症したりはしていなのであろうか。記事ではそこまでは記載はないが、不安にはある。従業員もかなり疲弊しながら働いていたようであるから、健康的な不安を抱きながらの就労だったのであろうと推察する。
「労働時間なんか短くできないないよ。無理だよ」こうした話は一般的によく登場する。小職も幾度も言われたことがある。行政機関は、何を言っても「改善してください」としか言わない。それはもっともである。とにかく、理屈抜きで、労働時間を短くしなければならないのである。電通事件が反面教師であると心してほしい。
読売新聞が従業員の1人に取材しているコメントをみると、時間外労働200時間、300時間との話も言っている。もしそうであったならば、過労死の領域であったことになる。会社の「嫌ならやめればいい」は、そこそこ登場する話ではあるが、労務対応になっていない。よくない。従業員は声を上げられなくなる。風通しの悪い職場であり、自分の意見や考えを言えない社風を作ってしまう。
社内の職種を問わず、入社した従業員が辞めていく職場は、従業員が如実に感じ取れるほどの相応の労務リスクが実在していることを物語っている。経営陣はそこに向き合わないといけなかった。
お客がいて、業務が多忙で、売り上げも利益も相応にあがることは間違いない。しかし、だから、忙しいまま労働せよは成り立たないし、社会では通らない。企業都合の押し付け労働になる。
記事を読むと、パティシエに希望を抱く従業員は、修行の意識も強いから、従業員も長時間労働を修行の一形態として辛坊していたことも考えられる。職人の世界感がある。
しかし、従業員がそのような認識でも、経営陣は、そこに合わせて職場を運用してはいけない。客観的な尺度が求められる。そうでなければ、主観的には、時間に関係なく、忙しいのだから、8時間労働も何も関係ないとの方向に傾くことになってしまう。
すべての事実はわからないが、従業員が倒れたり、病気になったりしていなかったのならば、幸いである。法律の規定がどうではなく、企業として、従業員の健康管理を第一に、そして、長時間労働をさせないでも、経営が成り立つ労務体制。労務の仕組みを構築することに懸命になってほしいと切に願う。
【特定社会保険労務士 亀岡 亜己雄】