NHK天使とジャンプ――ももクリは続く | アンチャンのブログ

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本ブログの読者の方々から、ももクロが主演したNHKのクリスマスドラマ『天使とジャンプ』の挿入歌、「JUMP!!!!!」があまりにも素晴らしいとの熱いご指摘をいくつも受けた。色々と忙しく、やっと遅まきながら視聴することができた。同ドラマは12月24・25日放送。現在はNHKオンデマンド でみることができる。また同曲もiTunes で配信中である(ただし劇中の役柄、Twinkle5名義)。


ドラマの内容はネタバレにもなるし、すでにウィキペディア にも優れたあらすじが出ているので省略する。メジャーデビュー以前からの、ももクロのリアルな活動史を踏まえたアイドルもの。明確に自己言及的であり、彼女らの苦しかった時代に相当するものを描く。そのことで、ももクロの初心、原点に回帰するような内容にもなっている。また現在アイドル等々を目指して努力している若者(さらには同様の大人)にとっては、よい応援ともなるだろう。ビラ配りや草刈り、あかりんの脱退やしおりんの断髪などなど。これでもかといわんばかりに、全編にわたってももクロの現実の逸話が散りばめられる。ももクロ・ファンたちには、たまらない再認の喜びをもたらすだろう。


またたとえば、脱退するメンバー役を演じた飛鳥凛は、かつて実際にももクロに入っていたかもしれない女優である。彼女の歌「Dream Wave」は、ももクロもインディーズ時代にカヴァーしており、その歌詞の内容は、本ドラマともかなり重なる。さらに劇中には、ももクロの妹分で、同じ事務所所属の私立恵比寿中学の最新作、「未確認中学生X」のPVが、しおりんの眺めているテレビ画像として挿入される。このあたりも、なかなか通好みといえる。




とはいえ、本ドラマの内容は、単なるももクロ・ファンの島宇宙的に閉じたオタク性につけ込むものを超えており、広く現代日本のさまざまな側面を映す一般性を備えたものとなっている。たとえば、「アイドルの作り方」についてのメタ的な視点を含むドラマというのも、やや手前味噌的とはいえ、特に『あまちゃん』以降トレンディーなものである。中でも劇中で行われるメガホン・ライブに代表されるような、地下アイドル、ライブ・アイドル、ご当地アイドルの夢、辛さ、頑張りを描く点、あるいはヲタ芸(オタク的なファンの応援)を取り入れている点など、とりわけ『あまちゃん』的ともいえよう。いうまでもなく、地下アイドル、ご当地アイドルのような現象は、ゆるキャラ、B級グルメなどとも合わせて、現代日本を考える上で避けて通れないものとなっている。「やりがいの搾取」「表面性」「単発性」「反知性主義」といった裏面も含めて。


昭和レトロを前面に打ち出したのも今風であった。「火の用心」に代表される地縁性の強調や、ロケ場所の選択にもそれはよく現れている。(全くの余談だが、しおりんがティッシュ配りをする地下鉄丸ノ内線の茗荷谷駅前、窪町東公園内カイザースラウテルン広場は、私も大好きな場所なので、私的にも嬉しかった。そこでのロケの模様は、文京区のサイト に簡単にまとめられている。)


特に、閉鎖された銭湯を再利用したライブに目を付けた点は評価されよう。周知のとおり、吉祥寺・弁天湯の風呂ロックを皮切りに、現在、銭湯でのライブや展覧会などが活発化している。すでに大阪(浪速温泉)や京都(錦湯)などにも波及しているし、東京の目白台では、今回のドラマの「星の湯」(この名前もももクロの事務所スターダスト等を踏まえたもの)ならぬ、「月の湯」という銭湯でライブが行われているらしい。なるほどこのような廃れた施設のアートへの再利用や、本作でも垣間見られる廃墟趣味それ自体は、現在の低成長的な時代にあっては、世界的にみられる傾向にすぎない。だが銭湯こそは、『千と千尋の神隠し』や、大竹伸朗の瀬戸内・直島の「I♥湯」などにも代表されるとおり、特殊日本的な文化遺産として注目されてよいものである。(ちなみに、『千と千尋』のモデルの一つ、道後温泉にはももクロもこの秋に訪れている。)


ももクロ主演のドラマとしてみると、おそらく今回はいっそう忙しいスケジュールを縫って撮られたということもあってか、以前の『ももドラ』の方が丁寧な演技といえるのかも知れない。だが、今回は脇役陣が本当に素晴らしい。またストーリーも、飛鳥凛がその後どうなるのかといった粗さはあるものの、いかにもクリスマスらしいファンタジー的なものであり、その楽しさが多くをカバーしてくれる。


個人的には何よりも、リーダーかなこお得意のエビ反りジャンプを、〈天使のジャンプ〉として再解釈した点にうならされた(エビ反りジャンプは、通常はももクロの看板曲「怪盗少女」の要に出てくる振り)。つまりエビ反りジャンプは、ここでは(かなこがそこから降りてきた)天上への、超越性への飛翔だというわけである。のみならず、かなこは翼の折れた堕天使なので、そのジャンプは地上的なものにならざるをえないとされる――そしてそれを肯定する(!)。つまりまたしても、地上における天上、此岸における彼岸、日常の中の超越、あるいは凡夫即極、即身成仏という、典型的にももクロ的なモチーフが前面に出ているのである。そしてそれが、ドラマ末尾のエビ反りジャンプへと収斂する。見事だ。先のシングル『GOUNN 』のテーマにかけていうならば、エビ反りジャンプするかなことは、地上、現世、ないし末世のただ中に敢えて現出し、あくまで内世界的な形で濁世の内に踏み留まりながらも、しかし仏(如来)になろうと修行する、「菩薩」の姿そのものなのである。


しかも「天使〈が〉ジャンプ」でも「天使〈の〉ジャンプ」でもなく、「天使〈と〉ジャンプ」という歌詞やドラマのタイトルが付けられていることからすれば、そのかなこに導かれて、メンバーたち、周囲の観客たち、さらにはわたしたち日本人一般までもがまた、みずからがもっているはずの「見えない翼」(仏性)を羽ばたかせ、前向きに頑張ってほしいというメッセージが込められているのかもしれない。(なお劇中のかなこは「かなえ」を演ずる。この名前も、明らかに「かなこ」と「(夢を)かなえる」とをかけたものだろう。)


さてその音楽である。「Chai Maxx」や「D'の純情」など、ももクロに数々の名曲を提供している横山克氏が全体を担当。さすがに多くの映画、ドラマの音楽を手がけるクラッシック出身の名手だけあって、クオリティーはおしなべて非常に高い。劇中には、「TwinkleWink」と「JUMP!!!!!」という、ももクロの歌う二曲のオリジナル曲も挿入される。前者は、まだ弱々しく嘘っぽい、大人に「やらされている」だけのアイドルソングという設定。後者は、解散の危機を乗り越えた後、劇中のメンバーが自分たちで作った、草の根的・自発的で、(ストーリー中の)リアルに基づく力強い音楽という設定になっている。いってみれば前者は単に即自的だが、後者はその否定を経た、弁証法的な止揚である(このような構造自体、あまりに予定調和的でリアリティを欠くという批判はありうる。しかしそれなしではドラマが成立しない)。前者はすでに秋のツアーやももクリでも披露されていたが、後者は今回初めて披露された。


この後者、「JUMP!!!!!」は、読者の方々のご指摘どおり、相当によい曲に仕上がっているとおもう。もちろん素人が作ったというストーリー上の設定からして、冒険的な転調やリズム変化のようなことは行えないという限界はある。しかしその限界を逆手に取り、上手く利用している。歌詞もそれまでのストーリー全体を要約し、メンバー各自の役柄を示すようなもの。そのストーリー自体がリアルなももクロを踏まえているのだから、結局、二重の自己言及、二重の入れ子構造、二重にメタ的なアイドル・ソングということになろうか。


かなこのアカペラ独唱による静かなイントロに続いて、突然モップや銭湯の盥をパーカッションに使った勢いのある音楽が始まる。この部分は、明らかにイギリスのパーカッション団体、STOMPの舞台を意識したものであろう。日常的なもの(the commonplace)を場当たり的にブリコラージュして変容(transfiguration)する、いかにも低成長時代の手作り感を、巧みに醸し出している。しかもそれが昭和レトロにもなっているのである。


全体はももクロ、というかそもそもアイドルには珍しいフォービートのマーチ風ジャズ。特にしおりんが盥を叩く部分など、あのスウィングガールズもコピーした、ベニー・グッドマンの「シング・シング・シング 」を彷彿とさせる。さらに後半になるにつれ、打ち込みだろうが、ウォーキングベースもいっそう長く現れるようになる。私の記憶する限り、ウォーキングベースは、ももクロでは従来「だってあーりん」の中間部でしか使われていなかったようにおもうのだが。またごく一部、つまりあーりんの歌う「ウィンク・アンド・キックだ!」の「キ」部分に、ブルーノート(7b)が用いられているのものジャズらしい。


とりわけ個人的に好きなのは、バックがフルで入ってくる、「ほらできるじゃん~」「似合っているじゃん~」等の箇所におけるペダルである。ペダルとは、上部の和音が変化するのにたいし、ベースが同じまま続く手法。クラッシックの用語ではオルゲルプンクトという。「JUMP!!!!!」のこの箇所では、和音がIV-V7と動くのにたいし、ベースはIVの根音(Bb)のまま続くのである。横山氏はこのIVのペダルが好きなのか、やはりももクロの珠玉の名曲、「空のカーテン」でも効果的に多用している(「チクタク」の後のところなどもう二小節長くやってほしいほど)。「JUMP!!!!!」は、こうした盛り上がる手法、さらにはベースのクリシェ(半音下降)や、ポリリズム(「不思議だね何だってできそうな気がする」の箇所)といった、やや高度な手法をバッキングにさりげなく用いながらも、あくまでドラマの設定に合わせて、素人でも(詩とメロディーは)作れそうな、いかにも普通のアイドルソング的な枠内で仕上げている。脱帽である。


もちろんこれらの個々の手法自体は、特に新しくも斬新でもない。ペダルやクリシェなど、文字どおり陳腐ですらある。全体としては、たとえばモー娘。の「ザ☆ピース 」(2001年)のPVが強く想起された(「ザ☆ピース」自体、今みても実に素晴らしいが)。ドラマそのものも、昭和を含めた、過去のものの明示的・非明示的な引用を積み重ねたものにすぎない。どこかで聴いたこと、みたことのあるレトロ性、既視感、既聴感。だが全体としては、ももクロの魅力を最大限引き出すよう練り上げられている。要するに、オリジナル(独創的)というよりも、ウエルメイド(高完成度)なのである。


この曲「JUMP!!!!!」が将来、ももクロのライブで実際に用いられるのか否かはもちろんわからない。ストーリーに密着しすぎている点からすると、やや使いにくいのは確かであろう。ただもしもライブで用いられた場合には、特に前半部で、STOMPや三宅裕司のスーパー・エキセントリックシアター、あるいはミュージカルばりの演出が可能となるはずである。少なくとも可能性としては。そうした、さまざまに補填される可能性を秘めた「空所」「不確定箇所」を多く含む点でも、ポテンシャルの高い曲だとおもう。


さらに以上のドラマの他にも、フジテレビNEXTで、ももクロの生番組クリスマス特集、「もうひとつの、ももいろクリスマス」があった。これはダウンタウンももクロバンドをごく小編成にしたものをバックに、ももクロとゲストたちが歌う、きわめてアンプラグドなスタジオライブ。ドラムの代わりにカホーン等のパーカス。しかもベースすらない(いくつかの曲では、せめてウッドベースぐらいは入れてもよいように感じたが)。坂崎幸之助のお台場フォーク村の延長版といった性格のものである。


これが予想外にいい番組だった。伊勢正三以下、大物特別ゲストが続々登場。ぶっつけ本番やハプニングもあり、ももクロの歌は正直かなりめちゃくちゃだった。だが、それが現場性というか、アンプラグドな雰囲気に支えられ、かえってよく聞こえてしまう。ももクロは一貫して、ライブと同じ例の強いアクセントを付けた発音に終始していた。これは少なくとも将来的にはもう少し器用になってほしいとおもわざるをえないし、今回も特に他の歌手とのコラボの際には、相当な違和感を醸し出していたのだが、しかしその違和感が、こういう状況ではかえってプラスに働いてしまう。ダンスにしても、狭いスタジオの中の、さらに狭い空隙で踊るのだが、それがかえって巧みさを際立たせ、また「近さ」を感じさせ好ましい。ぜひ一般に再視聴できるようになることを望みたい。