コメントの補足6
銀行の起源
ゴールドスミスは自分に預けられている金が常に一定量を下回らないことに気付いた。これは、支払いに用いられた金を、受け取った業者がすぐに預けに来ることが原因であった。また、中にはキリのいい単位で金を預け、その預り証をそのまま取引に用いる金所有者も現れた。
ゴールドスミスは、預けられた金を運用しても預金支払い不能にならないことを知り、貸し出し運用を開始した。これが銀行の始まりであり、この過程で生まれた預り証が、現代の紙幣の起源である。紙幣(預り証)は金の預金証書であり、価値の裏づけがなされているから価値を持つことが出来た(金本位制も参照)。
また、貸し出した金も再び預け入れられ再度貸し出しに回ることにより、預り証が大量発行され、貨幣経済成長の原動力となった。このように、預り証を保証する金よりも、預り証の量が多くなることを信用創造と呼び、現代の銀行においても重要な機能である。
wikiより
堂免信義 著「日本を貧困化させる経済学の大間違い」P46より
社会全体において金融資産は無価値である
社会全体としてはいくら大量の金融資産があっても、カネが社会内を右往左往するだけであり、価値を生まずにコストが発生するだけです。
金融資産を持つ個人は・・・働かずにモノを増やすことができます。
しかし社会全体のモノを増やすには誰かが働かなければなりません。
この意味でも、社会全体において金融資産は無価値です。
金融資産は換金可能な抜け殻。
運用益とは他人を働かせて利益を貰うことですから働く人の利益にはなりません。
誰かが働くというのがフロー(新たな付加価値)。
金融資産は換金可能な抜け殻というのがストック。
三面等価

GDPが一年間のフローの合計ということは、そこから金融資産のコストが生じる。
このGDPの中に、取り崩しのコストが含まれているということは、誰かが働いて支払ったものということです。
言い換えれば、誰かが働いた一年間の合計(所得とか儲けとか消費)から、金融資産の利子や取り崩しが行われてるといういうことです。
それこそが、金融資産はそこにはなく、新たな付加価値から生じているという意味なのです。
これらを踏まえた上でもう一度説明してみます。
「ストックを取り崩してフローが増加するか」
フロー=GDP(フローの一年間の合計)
GDP(生産、付加価値を付す)=GDI(分配、所得とか儲け)=GDE(支出、消費)
ストックを取り崩そうとすれば、資産=負債なのだから、すでにそこには無い。
ストック(金融資産と国富、ここでは主に金融資産)
ゴールドスミスは、預けられた金を運用しても預金支払い不能にならないことを知り、貸し出し運用を開始した。
金融資産は投資としてすでに何かしらに消費された後なので、手元には実体はありません。そこには無い。
金融資産は換金可能な抜け殻。
なのです。
フローから債務返済して返すしか無い。
金融資産を持つ個人は・・・働かずにモノを増やすことができます。
しかし社会全体のモノを増やすには誰かが働かなければなりません。
働かずにモノを増やすには、誰かが働く必要があります。
モノを増やす・・・生産。
誰かが働く・・・付加価値を付す行為、労働。
消費される・・・誰かの儲けに。
ストックを取り崩そうとすれば、資産=負債なので、負債も返済してもらわなければ取り崩すことが出来ない。
ですが、債務者が今年の働いた分から債務返済が出来れば可能になる。(ミクロではそれが可能。)
(フローから債務返済して返すしか無い。できなければ債務返済のたらい回しに。)
フローが減った分、消費される。(誰かの儲け)
フロー=GDPなので、消費増にはならない。(ここでそれが債務返済に使用されれば、消費減で信用貨幣は消滅する。)
本来、社会全体が得るはずの儲け分(フロー)が減るので、その分が消費減になる。
そして、払い戻しを受けた分が消費されても、消費が増えたことにならない。
「ストックを取り崩してフローが増加」はなりません。