私、マンガの“ONE PEICE”が好きでアニメで見ているのですが、数年前、親にはまだアニメなんか見てるのと言われました(泣)
そんなことを言っている親御さん!!!違うんです
“ONE PEICE”には、学ぶべきことや考えさせることがたくさん詰まっているんです!!
今日も、ちょっと印象に残っている場面を見て、泣きながら考えていました
それは、チョッパーというキャラクターの師匠ともいえる存在のヒルルクが死の寸前に発した言葉だったのですが
「人はいつ死ぬと思う? 心臓をピストルで撃たれたとき? 違う! 不治の病に冒されたとき? 違う!猛毒キノコのスープを飲んだとき? 違う! 人に忘れられた時さ 俺が消えても俺の夢は叶う」
そのあとに、「国も同じだろうか?」という問いかけにヒルルクは「受け継ぐものがいりゃあな」と答えます
詳しくは、マンガかアニメで見てほしいのですが、この場面を見て考えさせられたのは、人間における“本当の死”とは、何かということだった
このヒルルクにとっての死は、医学的な死は本当の意味での死ではなく、自分の意志が忘れ去られた時初めてその人の死であり、受け継ぐものがいれば、永遠に生き続けるという考えだと私なりに解釈した
自分も医学的な死は人間にとっては死と捉えるには、不十分であるという考えです
私にとって本当の死は、“執着”がなくなった瞬間、人間にとっての死ではないかと考える
生きることに対する執念、成し遂げたい夢に対する執念、守りたい人がいるという執念 色々あると思います
どんなことでも良いのですが、何かに強い想いを持ってさいいれば人間何かしら行動するし、死に直面した時絶対死んでなるものかという心の持ち方ができると思うのです
ただ、これは一人一人が考え方が違うと思うので、1つの意見として聞いてください
皆さんはどのように考えますか?
では、最後に気になる言葉を…
「執着する何ものもないといった虚無の心では人間はなかなか死ねないのではないか。執着するものがあるから死にきれないということは、執着するものがあるから死ねるということである。深く執着するものがある者は、死後自分の帰ってゆくべきところを持っている。それだから死に対する準備というのは、どこまでも執着するものを作るということである。」
by 三木清「人生論ノート」