怪談「赤い星の白い女」 | 「らくがきらぼんば 」ヨガインストラクターらぼんばの日常の一コマの絵日記、音日記。

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「らぼんば」ことヨガインストラクター桧山芳臣の日常の一コマの絵日記、音日記。
   

火星が地球に大接近しているらしく、赤い星がぼんやりと空に光っている。

 

そんな星の光を感じながら歩いていると、同じように赤い星を見ながら歩いたあの日の事を思い出した。

 

 

もう随分前のことになる。

 

 

   ****

 

 

どのくらい前の事なのかも定かではない。ぼくはまだ20代そこそこで、今のぼくとは随分違っていた頃だ。

髪の毛の量も違っていたし、ヒゲもはやしておらず、顔はつるんとして、そして、今とは違う彼女と付き合っていた。

 

当時付き合っていた彼女は参宮橋に住んでいて、よく新宿や原宿でデートをした。

そこから歩いて彼女の住む部屋まで歩いて帰った。

 

ぼく彼女と手を繋いで時々キスをしながら歩いた。

空を見上げると赤い星が光っていた。

 

そんな夜だった。

 

彼女の家の前まで一緒に歩きキスをして別れ、ぼくは京王線の初台まで歩いて自宅まで戻った。

当時の初台駅はまだ地下ではなかった。

 

 

空にはまだ赤い星が浮かんでいた。

 

自宅までの道を時々空を見上げながら歩いていていた。

誰もいないと思っていた暗い道の向こうから駅に向かって人が歩いてくる気配を感じた。

 

住宅街の夜の道は家路を急ぐ人がいるだけで、こんな時間に駅に向かう人はまずいない。

 

駅に向かうにしてはのんびり歩いている風情だった。

徐々に近づいて来るその人は痩せた女性だった。

 

長い髪でうつむいて歩いているので顔は見えないが、若くもないが中年とも言えない年齢のように見えた。

夏の夜、Tシャツに短パンのぼく。

その女性は白いブラウスに同じく白いカーディガンを羽織って、そして同じく白い長いスカートを履いていた。

スカートは長くて暗い道だったせいか脚も履き物も見えなかった。

 

すれ違う際に目が合ったような気がした。

長い髪で目が見えたのかどうかも覚えていない。

目があったと思ったその時に彼女は何か呟いた。

 

ぼくに声をかけたというよりひとり言をつぶやいた感じだった。

通り過ぎて振り返るとその女性も振り返ったいた。

また、何かつぶやいた。

 

ぼくはそのまま歩きまた振り返るとその女性の姿はもうなかった。

 

 

別の日、彼女と参宮橋まで歩いて、一人で初台まで歩いて京王線に乗った。

 

人影まばらな車両には数人の人が座っている程度だった。

 

ぼくは座って一旦目を閉じて、そして目を開けると車両の様子が少し変わっている感じがした。

誰も居なかった向かいの座席には人が座っていた。

 

赤い星を見ながら帰ったあの夜に自宅近くですれ違ったあの女性だった。

 

なぜ、その女性だと確信したかというと髪もきている服もあの夜と全く同じだったからだ。

そして、あの夜と同じように目と目が合った。

そんな気がした。

 

彼女はまた何かひとり言をつぶやいていた。

 

何を言っているか聞き取れなかった。

 

ぼくは目を閉じて、自分の駅までそのまま過ごした。

 

降りるときに向かいの座席にはその女性の姿はなかった。

 

 

駅からうちまで約10分ほど、暗い住宅街の道を歩く。

空にはやはり赤い星が光っていた。

もうすぐ家に着く頃、彼女が向こうから歩いて来るのが見えた。

 

あの女性だ。

 

先ほど同じ車両に乗り向かいの座席に座り、降りるときにはもういなかったあの女性が歩いてきた。

 

秋になるにはもう少しかかる残暑の夜だったが、ぼくは背中に鳥肌が立つのを覚えた。

 

同じ電車に乗って違う駅で降りた人がここを歩くわけがない。

別人と思いたかったが、確実に同じ女性だという確信があった。

それでも歩き続けすれ違うときにやはり目と目が合った。

 

その瞬間に彼女はまた何かつぶやいた。

 

どんな言葉を発したのか聞き取れないまま、ぼくは足早に家へと急いだ。

 

 

 

これだけの出来事なら、しばらくすれば忘れししまうような些細な出来事だろう。

事実ぼくもそんなことがあったことは記憶から全く消えていた。

 

火星大接近の日まで…。

 

 

   ****

 

ぼくはそれから数は少ないけど何人かの女の子と付き合い、結婚して郊外に家を買った。

以前住んでいた場所からは縁もゆかりもない土地に住んでいる。

 

仕事もいくつか変わったが相変わらず帰宅は夜遅くなるのが常だった。

 

仕事上の付き合いで飲んだ帰り、家までの道をいつもよりゆっくりと歩いていた。

通い慣れた家までの道、目をつぶっていても帰れるだろう。

小さな児童公園の角を曲がって街灯が少なくなる道。

建てた時期の違う一戸建てが並ぶ道を歩いているのはぼくだけだ。

家々の明かりは灯っているが家の中からの音は聞こえない。

生活音のしない描き割のような家が並んでいる。

何回か角を曲がると我が家にたどり着く。

 

空には赤い星がぼんやりと光っている。

 

LEDの街灯があるところだけがやけにギラギラと明るい。角に地域のゴミ集積所がある。

角を曲がってネコをたくさん飼ってる家がある。

サルスベリが夜の空にピンクの花を咲かせている。

 

離れたところからガリガリと何かを引きずる音が聞こえた。

無音の世界にその音がやけに響く。

 

キャリーケースを転がす音のようだ。

そのキャリケースを引きずっているのはあの時のあの女性だった。

白いブラウスに同じく白いカーディガンを羽織って、そして同じく白い長いスカートを履き、スカートは長くて脚も履き物も見えない。

 

あれから何年も何十年も経っているのに、彼女には時間が存在しなかったように、同じ髪、同じ服、全く同じ存在感。

人は歳をとるとたいていのことには驚かなくなる。

感覚が麻痺して来るのか、彼女を見てもそれほどの衝撃は感じなかった。

 

ただ、熱帯夜の続く夏の夜にしてはやけに涼しく感じた。

 

すれ違いざまに目と目が合った。

あの時と同じように彼女は何か独り言をつぶやいた。

なんと言っているかは、わからなかった。

 

少しだけ足早に帰って、風呂に入ってはを磨いて寝る頃にはそんなことも忘れてしまい、いつものように眠りについた。

ベッドで横に寝ている妻が何か寝言を言った。