パソコンを立ち上げるのが面倒なのでケイタイからだだ打ちします(←だらだら打つを勝手に略・笑)


水谷先生のドラマ
最後までは見られなかったのですが
(我が家では基本父親がチャンネル権を持ちます)
見ながら水谷先生そのものよりも
自分自身への自問自答に意識が向いていました


十年前
わたしはとにかく非行少年と向き合いたい、一心でとあるボランティア活動を四年間続けました
そこに待っていたのは
自分が思い描く自分と現実の自分との差

非行少年と向き合うたびに自分の内面が嫌というほど自分の表面に出てきて
その内面と自己理想との恐ろしい狭間、矛盾
そして社会や法律というルール

学生という社会的身分をもってしても、その狭間をあたしは越えられず
まして夢を叶える力などすっかりなくなってしまいました

大学のときにしたカウンセリング実習で被験者を泣かせてしまったこと
自分がカウンセリングをされて初めて感じたあの息がつまりそうなほどの閉塞感や違和感

四年生の夏に保育士の資格試験に落ちたことで『これは保育士ではなくあの夢へ向かっていけということなの?』と思ったこともありましたが、やはり当時のあたしにはあの狭間を超える勇気はなくぼんやりと描いた道を進んでいきました


初めて強い夢を描いて、10年経った今
あたしの根底にあるものは基本、変わらないのだと思えるようになりました
ひとへの優しさ。
ひとへのおもいやり。
ひとをみつめること。

そういったことを大事にしていきたいのだと思います

もちろんわたしも人間ですから苦手なひとはいます
けど苦手という意識を受容する意志は持っていたい
みんなをすべて愛せるところまではまだいかないから
せめて自分を意識して相手と向き合っていきたいです


最近、自分の慣れた世界しか我が身をおいていないので
自分を甘やかしている気がしてなりません

相方じゃないけど
この世のことはまずやってみて、続けなきゃ意味がないのです