先日紹介したこちら



シズコさん/佐野 洋子

痴呆の母と、娘の話。

と書いてしまえばそれまでなのですが

母の過去と

自分の生き方を重ねていて

しごく胸がつまる物語でした。



あたしも、

両親を見捨てる身なのではないか?と

思うことが多々あります。

あたしが岡山に嫁ぐことで、両親はやはり自分たちの将来に

不安が生まれるのだろうな、と。

両親には両親の生き方があって

あたしにはあたしの生き方があると思っていても

やはり、親は、

子どもにしてもらいたいことがあるのではと思います。


あたしが東京で一人ぐらしを始めたときも

あんなに出てけ、出てけ、と言っていたのに

「なんで今東京で暮らすんだ」

「東京でどうして働くんだ」

と、今まで言ってきたことと逆のことを言われて

あたしは猛反発した記憶があります。


あのやりとりをまたするのでしょうね。

いや、あのときよりも激しいかもしれない。

言動は少なくとも、きっと

気持ちのぶつかりが大きい気がします。


でもね、でもね、

すべて、両親が健在だからこその悩み。

健康で、会話ができる両親だからこその悩み。

幸せ者なんですよね。

その幸せが、イヤで・・なんてワガママなんですよ。


今年に入って、周囲が淡々と入籍していく中で

自分が取り残されているようなカンカクすら生まれた時もあります。

「あたしはあたし、向こうは向こう」

と、わかっていても

「あたしはどうしてこんなにぐるぐるしているんだろう」

「あたしのやろうとしてるコトは、そんなにもいけないことなのか?」

などなど。


きっとね、その都度、確かめられているんだろうと思います。

相方への思い、愛娘への思い、

そして、自分自身の思い。


それは、ぐるぐるしながらも、変わらない。

整理されて、余計なものはそぎ落とされて

確かなものだけが残っていきます。







もうすこし、もうすこし、です。